第三話 反抗期と暗黒物質
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「――おい、起きろ、兄貴」
翌朝。シュウマは聞き覚えのある声のモーニングコールで目を覚ました。まだ重たい瞼をなんとか開けながらあたりを見渡すと……そこには、エプロンを着けた黒髪の大和撫子が立っていた。清楚な印象を与える艷やかな黒髪に、どこか幼さを感じさせる小さく整った顔。そしてシュウマより二回りほど小さい身長――
「どこ見てんだ、この変態兄貴」
「朝から心を抉る発言は止めてくれ、美咲」
そして、この蓮っ葉な荒い口調。朝から見た目にそぐわぬ毒舌を披露してくるこの少女は、シュウマの妹である。彼女はシュウマの被っている布団を引っ剥がすと、寝転がったままのシュウマを蹴飛ばした。
「げふっ……おい、なんで蹴るんだよ」
「兄貴がいつまで経っても布団から出ないからだ」
「いいだろ別に。朝飯には間に合うように起きるつもりだったし」
「もう出来てるぞ、ノロマ」
「はいはい……悪うございましたー」
取り付く島もない妹に悪態をつきながら、シュウマは朝の支度を始めた。
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「……ところで、兄貴」
「なんだ?」
朝食時。無言で食事を取っていた妹が話しかけてきたので、シュウマはすすっていた味噌汁をちゃぶ台に置いて言葉を返す。シュウマが話を聞く態勢になったのを見て、妹はどこか控えめに言葉を紡ぐ。
「兄貴って、と、友達とかいるのか……?」
「友達?いや、いるけど……」
「その……女友達、とか」
「女友達?……まぁ、何人か話す女子はいるけど、そこまで仲良くはないな」
「……っ!」
「それがどうかしたか?ていうか、美咲がそんな事聞くなんて珍しいな。なんかあったのか?」
「うるせえっ!○ね!」
「なんで!?」
妹はシュウマに突然罵声を浴びせると、そっぽを向いて手元の納豆を乱暴にほぐし始めた。その鬼気迫る気配に、シュウマは何も言えなくなり……その後、会話が続くことはなかった。
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学校に着いたシュウマは、クラスメイトと今朝の出来事について話をしていた。
「……という事があってさ。すっげぇ気まずかったというか……」
「ふーん。でもまぁ、妹ちゃんってまだ中学生だろ?そんくらいの年頃なら、気難しくて当たり前じゃね?」
「芝田君の言う通りだよ。僕の妹もよく喚いたりするし、暴れてものを壊したりするし……」
「影山の妹はまだ赤ん坊だろ」
「あはは、バレちゃったか」
シュウマの悩みもそっちのけで、漫才みたいなやり取りを始めるクラスメイト。人選を間違えたか、とも思ったが、このクラスでぶっちぎりでマシなのがこの二人しかいなかったのだ。まぁそもそも、家族関連のプライベートな悩みなんて、まともに相談に乗ってくれる人間は少ないと思うが。
「でもさ、いくらなんでも直球で「うるせぇ○ね」は酷いと思わないか?」
「別に、男子グループならあいさつ代わりみたいなもんじゃねぇの?」
「芝田君……笑えないよ……」
「じゃあ影山は言ったことないのか?」
「んー…………一回だけ。親に」
「「マジかよ」」
温厚そうに見えるクラスメイトの意外な一面に、シュウマともう一人のクラスメイトは身を引かせた。眠れる獅子は、割と身近に潜んでいたようだ。
「影山って、結構強かだよな……」
「あはは、夏野君も中々だと思うよ」
「だな。夏野ってなんか地味なのに、真顔でとんでもねぇ事言ったりするもんな」
「お前ら、俺の事そんな風に思ってたのかよ……」
クラスメイトの辛辣な評価に、シュウマはわざとらしく肩を落とすのだった。
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――その日の昼。いつもの場所に行くと、すっかり見慣れた人物が昼食を取っている姿が見えた。
「……もう驚きませんよ」
「あ、夏野君。こんにちは」
見慣れた人物――もとい、霧谷レイカ。彼女はシュウマの姿を確認すると、無表情でこちらに手招きをしてきた。シュウマはそれを見て、同じく無表情で返す。
「いや、隣には座りませんけど」
「えっ……」
「当たり前でしょう。俺はここに一人で昼飯を食いに来たんですよ」
わざわざ「一人で」の部分を強調しながら言うと、レイカはふむ、と顎に手を当ててこう言った。
「思春期の子供は気難しいものだ、と母は言っていました。もしかして、夏野君もそれに当てはまるのでしょうか」
「いや思春期拗らせてるわけじゃねぇよ」
思わず素を出しながら言うと、レイカは食事の手を止めて何やら考え始めた。シュウマは「静かな所で一人で食いたい」とレイカに会った時に言ったはずなのだが……
「もしや……家庭の事情で?」
「いや家庭の事情でボッチ飯って、どんだけ寂しいやつなんですか。絶対悪影響でしかないでしょ」
「ボッチにならないと殺される……とか」
「脅されてるわけでもないんですよ」
「クラスに前世の恋人がいて気まずかったり……」
「急にファンタジー要素出てきた」
生憎、シュウマは恋愛面に関しては頓珍漢なので、その線は限りなく低いと思う。というか元カノとかじゃなくて前世の恋人というのもなんかもの悲しい。――その後もそんなやり取りを続けていると、何故かレイカが無表情でサムズアップした。
「夏野君は強い人間ですね」
「なんで急に慰めるんですか」
「大丈夫、私は夏野君の味方です」
「あの先生、そんな反応をされると俺が本当に寂しいやつみたいになるんでやめてください」
シュウマにそう言われて、素直にサムズアップを止めるレイカ。しかし何故かチラチラとこちらに視線を向けてくるので――シュウマは仕方なく、レイカの隣に座った。弁当を開いて食べ始めると、レイカはおずおずとした様子で口を開いた。
「……夏野君は、いつも一人でお昼を食べていたんですか?」
「いえ、たまにクラスの奴らと食べたりしますよ。まぁ皆他の人との先約があったりするんで、そんときは一人で食べてます」
「そうなんですね」
レイカは端的に相槌を打つと、自分の弁当の中身――これまた真っ黒な物体だった――を口に運んだ。それを見て、シュウマは「うわっ」と顔をしかめた。
「なんですか、その謎の物体Xは」
「コロッケです」
「普通のコロッケは食べるときにそんな異音しないんですよ」
バリ、ボリ……という咀嚼音が聞こえて、シュウマは自分の耳を疑った。一体どう料理すれば、コロッケから石みたいな音が鳴るのだろうか。
「昨日のコロッケが大変美味でしたので、その味を再現したいな、と思ったのです」
「……めっちゃ真っ黒ですね」
「火加減を間違えました。中はまだ黒くない部分が多いんですよ。ほら」
「ほら、と言われましても」
箸で比較的無事なコロッケの中身をほぐして見せてくるレイカに、シュウマは呆れたような表情を向ける。そんな表情をしていると、レイカはどこか不満げな声色でこう言った。
「夏野君、人は失敗する生き物なのです。何度も失敗を積み重ねて、試行錯誤を繰り返し、成長を続ける……いわば私のこれも、その成長過程の一部に過ぎないのです」
「はぁ、なるほど」
「私は教師。こうして実際に生徒に自分の成長している様子を見せることで、失敗することの意義を教えているんです」
「俺しか見てないじゃないですか」
シュウマがそう言うと、レイカは視線を逸らして弁当を食べ始めた。どうやら反論材料がなくなったらしい。そんなレイカの横顔を見ながら、シュウマは思った。
(……霧谷先生がムキになるなんて、珍しいもんが見れたな)
普段感情を出さないレイカが、無表情ながらも「反発」した。そんな姿が珍しくて、シュウマは思わず口角をあげながらレイカを見ていた。
「……よければ、妹にコツとか聞いてきましょうか?」
「え?」
「毎回そんな弁当ばっか食べてると、いつか病気になりますよ。今のうちに改善しておいた方がいいんじゃないですか」
シュウマがぶっきらぼうにそう言うと、レイカはほんの僅か、目を見開いた。
「よろしいのですか?妹様の手を煩わせるなんて……」
「別にあいつも、それくらいなら気にしませんよ。まぁ問題は、俺に話してくれるかどうか……ですけどね」
「……そういえば今朝、妹様と喧嘩した、と話していましたね」
「え、なんで知ってるんですか」
「丁度一限目は数学でしたので。あれほど大きな声で話していれば、耳に入ってきます」
今度はシュウマが目を見開く番だった。シュウマの席は、丁度教室の真ん中にあり、会話をすれば教卓からもまぁまぁ聞こえる。今朝は一段と騒がしいからといって、聞こえるように声量を若干大きくしたのが仇となったようだ。
「すみません、盗み聞きするつもりはなかったのです」
「いや、別にいいですけど……」
レイカが深々と頭を下げてきたので、シュウマは素直に謝罪を受け取った。ここ数日の付き合いで理解したが、レイカはかなり誠実な性格だ。謝罪するべき時はしっかりと自分の非を認め、称賛する時は自分の語彙を最大限に用いて褒める。加えて、他人の不利益より自分の不利益を優先するような人間だ。
(……変わってるな)
裏の顔を持つシュウマには、彼女は少し眩しく見えた。シュウマも表の顔ではレイカのように振る舞うが、そこにレイカのような誠実さはなかった。シュウマのしていることは、ただの真似事に過ぎないのだから。
「……ま、妹とはいつも喧嘩ばかりなんで。霧谷先生が気にすることじゃありません」
「ですが、そこまでしてもらう義理は――」
「んな寂しい事言わないでくださいよ。人の善意は素直に受け取っとくもんですよ」
「む、確かにそうですね……では、お願いします」
「はいはーい」
レイカが頷いてくれたのを見て、シュウマはほんの少しだけ口角をあげながらあえて雑に返事をした。こんな風に軽く接していれば、言葉に重みが乗ることはない。
(……俺はこれでいいんだよ、これで)
シュウマは人当たりのいい表情を浮かべながら、心の内で燃え上がる小さな炎に水をぶっかけた。




