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婚約破棄された悪役令嬢ですが、国が回らなくなったので第二王子に引き取られました  作者: リリア・ノワール


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第4話 誰も知らない支点

 朝の鐘が鳴る少し前。

 王城の中庭は、まだ人影がまばらだった。


 レティシアは外套を羽織り、石畳を歩いていた。

 昨夜の執務の疲れは残っているが、足取りはいつもと変わらない。


 ――今日も、やることは多い。


 地方魔法炉の修正案が通ったことで、次は周辺領の物流調整が必要になる。

 炉が安定すれば、今度は供給過多が起きる可能性がある。


 誰にも頼まれていない。

 それでも、放置すればいずれ問題になる。


「レティシア様」


 控えめな声に呼び止められた。


 振り返ると、そこにいたのは騎士団の下級士官だった。

 まだ若く、どこか緊張した面持ちをしている。


「何か、ご用でしょうか」


「は、はい。あの……こちらを」


 差し出されたのは、輸送計画の草案だった。

 本来なら、騎士団内で処理されるはずのものだ。


「上からは、このまま通せと言われたのですが……どうしても違和感があって」


 レティシアは書類を受け取り、ざっと目を通す。

 数行で、問題点が見えた。


「……この経路では、雨季に入った途端に詰まります」


「ですよね!?」


 思わず、士官の声が大きくなる。


「で、ですが……指示は、殿下からで……」


 言葉の先を、レティシアは察した。


「修正案を出しましょう」


「え?」


「殿下の方針を尊重した形で。こちらで整えます」


 士官は、一瞬言葉を失ったあと、深く頭を下げた。


「ありがとうございます……!」


 レティシアは、ただ頷いただけだった。


 *


 昼過ぎ。

 第一王子の執務室では、珍しく声が荒れていた。


「なぜ、報告が上がってこない!」


 エドワードの声に、文官たちが身を縮める。


「物流計画の件ですが……現場から修正案が」


「修正?」


 眉をひそめる。


「俺は、この案で問題ないと言ったはずだ」


「ですが、雨季の影響を考慮すると――」


「余計な心配だ」


 一蹴する言葉。


 その瞬間、リリアが口を開いた。


「でも殿下、もしものことがあったら大変ですし……」


 柔らかく、しかし確実に。


「現場の方が不安に思っているなら、少し見直してもいいのでは?」


 エドワードは一瞬考え込み、やがて頷いた。


「……そうだな。リリアの言う通りだ」


 結果、修正案は通った。


 誰が整えたものか、確認されることはなかった。


 *


 夕方。

 小さな補助執務室で、レティシアは机に向かっていた。


 今日だけで、三件。

 魔法炉、物流、騎士団配置。


 どれも致命的ではない。

 だが、積み重なれば国を傾かせる。


「……支点、か」


 ふと、口から漏れた言葉。


 歯車は、目立つ部分だけで回っているわけではない。

 中心に近い、静かな場所にこそ、力は集まる。


 自分は、その一つに過ぎない。

 そう思えば、少しだけ楽だった。


 扉の外で、再び足音が止まる。


 今度は、はっきりと。


 数秒の沈黙の後、ノックが響いた。


「……どうぞ」


 扉が開く。


 そこに立っていたのは、見覚えのある青年だった。

 第二王子、アレクシス・ヴァンデル。


 静かな眼差しで、室内を見渡す。


「失礼する」


「……殿下」


 レティシアは立ち上がり、礼を取ろうとした。


「そのままでいい」


 短く制される。


 アレクシスは、机の上に積まれた書類に目を留めた。

 魔法炉、物流、騎士団。


「随分と、幅広い」


 それだけ言って、彼はレティシアを見た。


「君が整えたのか」


 疑問形だったが、答えは求めていない声音だった。


 レティシアは、一拍置いてから答える。


「……必要でしたので」


「そうか」


 それだけで、会話は終わった。


 だが、アレクシスは立ち去らない。


 静かな沈黙が流れる。


 やがて、彼は言った。


「この国は、危うい」


 唐突な言葉だった。


「支えが、どこにあるのかを理解していない」


 レティシアは、何も言えなかった。


「君は」


 一瞬、言葉を探すように視線を落とし、


「……疲れていないか」


 その問いに、レティシアは少しだけ驚いた。


「いいえ」


 即答だった。


 それ以外の答えを、持っていなかった。


 アレクシスは、それ以上踏み込まなかった。


「そうか」


 そう言って、踵を返す。


 扉の前で、彼は一度だけ立ち止まった。


「無理はするな」


 それだけを残し、去っていった。


 レティシアは、しばらくその場に立ち尽くしていた。


 胸の奥に、ほんの小さな違和感が残る。


 ――今のは。


 気遣いだったのか。

 それとも、別の何かか。


 答えは、まだ出ない。


 だが確かに、

 初めて誰かが、

 「支点」を見ていた。



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