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陰謀だらけの魔法合戦(私立クリスティ学園シリーズ 魔法使いの生徒会編6)  作者: 月森琴美


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4/12

 9月2日の朝。

 帝は桜木の下で茉理を待ちながら、かなりご機嫌ななめだった。

 理由はただ一つ。

 昨日の午後、生徒会メンバー全員が集まって会議をしたのだが、終わったあと直樹に言われたのだ。

 彼の脳裏に、昨日の出来事がよみがえる。

「全員放課後は忙しくなるぞ。体育祭まで絶対に休むなよ。ああ、それと帝」

「なんだ」

「お前、後野さんを下校時間に毎日家までわざわざ電車で送ってるだろう。それを控えてもらいたい」

「なっ」

 帝は顔を真っ赤にして怒鳴った。

「俺が俺の女を送って何が悪いっ」

「別に家まで送るのをやめろというわけじゃない。ただ電車と徒歩だと時間がかかる。お前の車を使え。そして後野さんを送ったら、速攻で生徒会室に瞬間移動してくれ。時間が惜しい」

「俺達は高みの見物じゃなかったのか」

「ある程度はね。でもいくらなんでも実行委員長だけにまかせられない案件もある。例えば」

「例えば、何ですか」

 英司が会話に入ってくる。

 直樹は、にやりと笑んだ。

「全校生徒分、耳栓の準備だ」

「み、みみせんって……」

 英司はがばっと円卓に突っ伏す。

「あれ、またやるんすか」

「ああ。そうらしいな」

「いい加減もうやめて欲しいんですけど」

「無理だな」

 きっぱりと言われ、英司は更に力を落として円卓にべたーっと張り付いた。

 雅人はよしよしと英司の頭を撫でる。

「僕達だってやめて欲しいけど、難しいよね。さすがに学園理事の一人をどうにかするなんてさ」

 先輩たちのやり取りを聞いて、斎も一体何に耳栓がいるのか思い出し、白い顔を更に白くさせた。

『あれをまたやるんだ……』

 斎の思念でのつぶやきに、英司はすかさず反応する。

「そっか。斎は初等部で見てるよな。あの凄まじい騒音攻撃」

『中等部でも体育祭でやるんですか』

「そうなんだよ。ちなみに高等部でも出没するからさ。もうあきらめるしかないっつーか」

『そうですか』

 それはもうきついですね、と斎は遠い目をしながら言った。

「流石に耳栓の準備を実行委員長にやらせるのは可哀想だしな。何しろ理事の一人に喧嘩を売るような行為だ」

「そんなまねして許されるのって、クリスティ一族代表の僕らぐらいしかいないでしょ。というわけで一緒にがんばろうね、み、か、ど」

「そんなのお前らだけで十分だろう」

 円卓をダンっと叩きながら、彼は言い放つ。

「俺は予定通りにあいつを」

「駄目駄目。君にはもっと重要なお仕事があるの」

 雅人は帝の目の前に持っていた薔薇の花をずずいっと突き出す。

「招待状の用意をしないといけないんだよ」

「招待状。ああ、あれですね」

 英司は納得してうなずいた。

 帝も思い出して顔を盛大にしかめる。

 首をかしげている斎に、英司が説明した。

「中等部の体育祭には初等部と違って、外部からお客様をたくさん呼ぶんだよ。父兄だけじゃなくて、近隣の有力な一族の代表や著名な魔族たちをね」

『そうなんですか』

「ほら、中三は魔族社会では成人だろ。将来のために、えらい人たちに若手魔族の実力を披露する場でもあるんだ。中三の最終種目、旗取り合戦は知ってるよな」

『はい』

 斎はうなずいた。

 それは体育祭の最後を飾るにふさわしい種目で、魔法を使って互いの陣地のクラス旗を奪い合う激しい合戦だ。

 5つあるクラスの対抗戦で、校庭に設けられた各クラスの陣地に魔法で防御壁や砦を築き、旗を立てて守る。

 守ると同時に魔獣を償還し、相手の陣地を襲わせて旗を取ってこさせるのだ。

 5つのクラス旗を獲得した組が優勝する。

 人を直接攻撃して怪我を負わせたり陣地内を壊すようなもの以外どんな魔法も使用可能とされ、魔法使いの腕を競うにはもってこいの競技になっていた。

「うちは名目上、生徒の自主性を重んじる校風を自負している。そのため体育祭も裏で理事やら教職員が動いているが、表向き生徒会主催の生徒たちの自主的なスポーツの祭典という事になっていてな」

 直樹が眼鏡のフレームをくいっと上げながら、話に加わる。

「だからそういうおえらいさんをご招待するのは、表向き生徒会長って事にするんだよねえ。僕達にお客様を選ぶ権利はないのにさ」

 雅人が薔薇の香りを堪能しながら、皮肉を混ぜた言葉を乗せた。

「早い話が帝の印が必要だってこと。いやあ、久しぶりに生徒会長らしいお仕事だね、帝」

 君しか出来ないスペシャル業務だよ、がんばってね、とウインクされ、帝は盛大に顔をしかめる。

「やかましい。思ってもいない事を口にするなっ」

 どうせ横で高みの見物決め込む気だろう、と彼は腹いせに指先から電撃を発し、雅人の持つ薔薇を破壊した。

「しかたないだろう。お前だけがしてたわけじゃない。歴代生徒会長が全員やっていた事だ。あきらめるんだな」

「くっ……」

 帝は拳を握り締め、悔しそうな顔で椅子に座りなおす。

「わかった。だがあいつをちゃんと送ってからだ。これは譲れない」

「はいはい。君が唯一彼氏としてやってる事だもんね。尊重しないと」

 雅人の言葉に、帝は更に腹を立てた。

「何だと。貴様、俺があいつの交際相手としてまともじゃないとでも言いたいのか」

「もしかして自覚なかったの? それは失礼」

 自分のことはよくわからないものだしね、とまったく悪びれない態度で言われ、帝の機嫌は最高に悪くなる。

『なあ、斎。雅人先輩のあの発言って、さっき俺が言ったことへの八つ当たりだよな』

 こっそりと英司が斎に思念でぐちった。

『思ってたより気にしてたんですね。英司先輩に嫌われた事』

『ええっ、そっちの方か? いや、俺はただ単に自分が迷惑野郎だって言われた事に傷ついた方かと思ったんだけどさ』

『ここは雅人先輩に、ちゃんと嫌ってませんとお伝えしといた方がいいですよ。でないといつまでも帝先輩に八つ当たりをやめませんから』

『そうかなあ。別に俺に嫌われたって、あの人びくともしないと思うぜ。へたに絡むと面倒だからスルーってことで』

『……』

 斎は小さく心の中でため息をつき、会話を終わらせた。

 そんなこんなでやっと解散したのだが、帝は何度も直樹に体育祭が終わるまでの辛抱だと懇々と言われ続けたのだった。



(くそっ。直樹の奴)

 帝は葉の落ちた寂しい桜木の前で、悶々と心でぐちる。

 何しろこれから会う茉理に、しばらく車で下校したいと言わねばならない。

 そしておそらくそう言ったあとの彼女の反応が予想出来た。

(絶対断られるぞ。あいつはまったく遠慮ばかりしやがって)

 もう少し我侭を言って欲しいと思うが、茉理はむしろ彼と距離を置こうとするばかり。本当につきあってるのかと疑いたくなるくらいだ。

(最初は顔見知りの後輩にしといてくれ、とか言ってたしな)

 美奈子が喜んだように積極的にすればするほど、彼女は顔をしかめて拒絶する。

(嫌々俺とつきあってるとしか思えん。俺のどこが気に入らないというんだ)

 彼女に心から気に入ってもらいたい、自分を見て欲しいと思う心は、すでに恋心が芽生えている状態なのだが、その手の経験ゼロの彼はまったく気がついていなかった。

 やはり自分の事は、自分ではよく見えないものらしい。

 だからこそ人は、人生に相手を求めるのだろう。




 やってきた茉理に話をすると、予想通り丁寧に断られた。

「朝、こうして校門まで一緒に行くだけで十分ですよ」

 生徒会のお仕事、がんばってください、と笑顔で言われ、帝は物足りなさの残る心を必死に隠す。

 彼のなけなしの自尊心がそうさせたのだ。

 ここで俺は寂しいからもっとかまって欲しいなんて、俺様気質の態度で言えるわけもない。

 実際頭ではわかっていた。

 これから体育祭まで生徒会は多忙である。

 これまではほぼ雑務は英司に押し付け、重要案件は直樹に委ねて、彼自身はそこまで関わらなくても良かったのだが、体育祭やあとに控える文化祭はそうもいかない。

 校内の生徒だけでなく、外部の魔族たちが関わってくる。

 まだ学生の身とはいえ、帝も来年は成人だ。

 一族の中には成人と同時に帝がクリスティ家総帥の座に就任するのでは、とまことしやかにささやく者たちがいることも知っている。

(現総帥も歳だしな)

 帝は茉理と廊下で別れて、しばし物思いにふけった。

 本来ならとっくに帝の父が総帥の椅子に座り、祖父は引退しているのが正しい位置関係なのだが、自分の父親が家を捨てて出奔し、行方不明となったことで高齢の祖父がまだ引退出来ずにいる。

 XX市の本邸から病気療養のためと称して、北にあるI県の山奥に広大な別邸をかまえ、雷導は暮らしていた。

 帝がまだ赤子の頃、彼を大和にまかせて祖父も出て行ったのだ。

 父だけでなく、彼は祖父にも会ったことはない。

 一度も正式な跡取りの孫を見ることも、赤子だった彼を抱くこともなかったと、邸に古くから仕える使用人たちがささやいているのを聞いたのはいつだったか。

 彼の教育係である大和に、一度だけ問うた。

『おじいさまは僕のことが嫌いなの?』と。

 その時の大和の返事は、あまりにもはっきりしていた。

『はい。雷導様はあなたがお嫌いです』

 その後、祖父である前に雷導はクリスティ一族の総帥であるから、決しておじいさまなどど親しく呼んではいけないと厳しく注意される。

『あなたと雷導様は、総帥と一族直系の血を引く跡取りであるという関係でしかありません。親子の情などというものは一切ないということを、よく知っておくことです』

 絶対に余計な期待をしないように、それがあなたの将来のためである、と何度も聞かされ、子ども心に辛くてどうしようもなかったことを覚えていた。

『僕に家族はいないの? 一緒にいてくれる人はいないの?』

 辛くて、寂しくて、心細くて。

 幼い帝は、何度も寝台の上で震えた。

 そのたびに大和に厳しく鞭で打ち据えられる。

『またですか。そのような弱い心でどうします』

『やめて! 痛いっ、痛いよーっ』

『いいですか、あなたは誰よりも強くならなければいけません。そのためには感情などという弱い心は捨てなさい。必要なのは怒りと憎しみ、圧倒的な力です』

『ううっ……ぐすっ、誰か、たす、けて……』

『そんな風に泣いたって誰もあなたを助けにはきませんよ。世界は無情です。誰もあなたを好きにはならず、むしろ消えればいいと思っている』

『やだ、やだよっ』

『そんな世界が憎いでしょう。ならば破壊すればいいのです。あなたが強くなって力を手に入れ、あなたの望む世界に変えればいい。それでこそ王者。生きる資格があるのです』

『そんなのやだ……僕は壊したくないよ。だってみんな痛いって、やめてって言ってる』

『木や草が? 犬や猫、魔獣がですか。馬鹿馬鹿しい。そんなの弱者のたわごとです。聞く必要もないおろかな願いです』

『でも嫌だよ、壊すのは。何にもしてないじゃない。ただそこにいるだけなのに』

『我が君、あなたは優しすぎる。その心は魔族の長にとってマイナスにしかなりません。他人を見る目を養いなさい。他人はあなたを甘い言葉で利用しようとして近づいてくるだけの存在です。決して気を許したり、自分の心を渡してはなりません。むしろ彼らを蔑み、利用できてこそあなたは完璧な魔族の王になれるのです』

『そんなのやだーっ……やだよ……ぐすっ』

『もっと折檻が足らないようですね。では』

『いやあああーっ、痛いっ、痛いよーっ、やめてーっ』

『泣いてもこの鞭は止まりませんよ。止めたければあなたがわたしより強くなれば良いだけのことです。ほら、もっと味わいなさい。この鞭の痛みを体中に刻んで後悔するのです。あなたが悪かったと。そんな弱い自分自身を憎みなさい。嫌悪するのです』

『やあああーっ、いやあああーっ』

『まだまだもっと食らいなさい。こんなもので死にはしない。ふふっ、泣き叫ぶあなたの姿、何と惨めであわれで愛おしいことか。そらっ』

『ああああっ』

 ぼろぼろになり、毎日泣いていた。

 あの頃の小さな自分は、なんて惨めで愚かで何も出来ない存在だったことだろう。

(だが今は違う)

 帝は頭の中から過去の幻想を振り払い、瞳に力を宿す。

(大和の教えは厳しかったが、俺はあいつから王者に必要な心と強い魔術を教わった)

 誰にも心を許さず、他人はすべて利用するべき存在である。

 信頼などすれば裏切られた時に痛手を受けるのだから、最初からすべてを信じなければ良いのだ。

 人は強者に屈服する。

 愛や友情、信頼や団結など、一人では何も出来ない弱者で小物の連中が必死に寄り集まってむなしい抵抗をしているだけの心だと、そう大和に教えられた。

 そんなものは圧倒的力の前には何の効力も持たない。無力なのだと。

(外部の魔族たちは、この俺を値踏みしている。この先、自分達が頭を下げるに値する魔法使いなのかどうかを)

 彼らの目が直接彼の方に向く機会の一つとなる体育祭や文化祭。

 帝だけでなく他の魔族の生徒たちの中でも活躍した者は、その後彼らの中で優秀だと賞賛される可能性は高い。

(まあ、まずはその生意気な小学生のガキ2人か)

 帝の事を認めていない反抗的な思い上がった二人を叩きのめして服従させる事。

(茉理を見つけろ、か。たわいもない課題だな)

 彼の行く道の障害にすらならないだろう。

 自分の戦闘能力は自他共に最強だと自負するレベルにまでなっている。

(さっさと茉理を確保して、なまいきな二人に圧倒的力の差を見せ付けねば。さて、何をして遊んでやるか)

 彼の頭の中に、敗者となった少年二人が惨めに這いつくばって彼に許しを請う場面が描き出される。

 にやりと笑うと、不適な笑みを浮かべ、帝は教室に入っていった。

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