終章
静かに夜は更けていく。
良い子はベッドでお休みの時間だが、こんな夜更けの校舎の屋上に人影があった。
赤い髪の少年と黒髪の少年。
金髪の少年と黒眼鏡をかけた少年。
後者は少年というより、もうそろそろ青年と呼んでしまいたいぐらい大人びている。
魔族の年齢では15歳が成人のため、彼らは魔族の間では大人とみなされていた。
「今日は、本当に二人ともお疲れ様」
薔薇の花を片手に、金髪を揺らしながら雅人は微笑む。
「お前達、今回は正直かなり派手にやってくれたな。小賢しいその頭だけはほめてやる」
黒眼鏡のひびは、まだ直していないようだ。
直樹の言葉に含みを感じて、瑠衣はいーっと舌を出す。
「眼鏡先輩は、怜にしてやられたんだっけ。あー可哀想に」
「うるさい。その無駄口、くっつけてやろうか。最高に良い接着剤を作ったんで、お前を試作モニターにしてやろう」
「うわあっ、やめてよ、もう。あんたの作る物ってろくな物ないじゃないか」
瑠衣は顔をしかめて拒んだ。
「で、二人ともどうする? 結論は出たのかな」
雅人の質問に、二人は一瞬顔を見合わせる。
そして代表で怜が答えた。
「先輩たちの依頼を受けます」
「俺達で姫姉ちゃんを守ってやるぜ。あんたたちからもな」
瑠衣は勢いよく言葉を放つ。
雅人は満足そうに微笑んだ。
「良く言ってくれたね。君達が引き受けてくれて嬉しいよ。茉理姫をちゃんと守ってあげて欲しい。一族ではなく、君達は聖魔巫女の意志を優先するんだ。いいね」
「はーい」
「もちろんです」
直樹も、ほっと表情を緩める。
「これで後顧の憂いは、一つ無くなったな」
「本当にね。これから先の未来で、何が起こるかわからないしね」
雅人の言葉に、双子は顔をしかめた。
「嫌な話だよな。何か一族の未来がお先真っ暗みたいじゃないか」
瑠衣がそう言うと、怜は肯定する。
「話だけじゃなくて、実際そうなんだろ。だから僕達に聖魔巫女の護衛を頼んだ」
怜はじっと直樹を見つめた。
「今回の件、随分強引に事を進めましたね」
「お前達と王様たちのゲームのことか」
「何言ってるんですか、違うでしょう」
怜は無表情のまま続ける。
「藤家断罪の事ですよ。どうせあれって、あんたたちが仕掛けたんだろ? ま、おそらく総帥の指示があったと思うけど」
「ふうん、どうしてそう思うの?」
雅人は、指で薔薇の花を玩びながら問う。
「やり方がね、自然なようで不自然なんですよ。今まで口だけでまったく動かなかった藤家が重い腰をあげて、突然野望を実行し始めた。あれって何かのきっかけがないと無理なはずです。藤家だってそこまで馬鹿じゃない」
「……」
「で、あんたたちは知っていながら藤家野望を未然に防がず、むしろ放置した。さらに体育祭でわざわざ負けて、衆目の目に藤家をさらす。途中で防ごうと思えば防げただろうに、あんたたちは一切それをしていない。それで思ったんだ。ああ、これはもしかして計画の一環じゃないかって」
「へえ、随分愉快な話だね」
「ずっとあの藤ゆり子は雷導様に執着し、孫の代になってもかわらぬ野望で、今度は孫娘まで使って雷導様を誘惑しようとうるさくつきまとってきた。正直うんざりして、もうあの家つぶしてしまえ、と言いたくなる気持ちはわかります」
巷では、あの咲子とかいう子を雷導様が気に入ってるなんて噂が流れてましたけど、本当は違いますよね、と怜は続けた。
「近づいたあの子を側に置いた理由は利用するため。あの子のおねだりだと称して、目障りな勢力はすべて無慈悲なやり方で一掃した。全部あの子がねだったからだと、ねだってもいない事まで彼女のせいにした。違いますか」
「そんな面白い事やってたんだ、おじいさまは」
雅人は声を立てて笑う。
「ここ数年、一族の邪魔者は藤咲子のおねだりで抹消された。粛清された者の恨みはすべてクリスティ一族ではなく藤家へ向かう。わざと寵愛した振りをして噂を流し、裏では徹底的に利用する。実に雷導様らしいやり方だ」
「確かにおじいさまならそうするだろうね」
「そろそろ粛清も出来たので、用済みになった藤家を始末するようにあなた方に命じた、今回の藤家のお家騒動の真相はそんなものでしょうね」
雅人は軽く笑って答えない。
怜はかまわず続けた。
「で、どういう手を使ったか想像はつきますが、あなたたちは体育祭を利用して、藤家を始末する算段をつけることにした。わざと藤家をあおって騒動を起こさせ、それを理由に藤家を断罪する。表向きはクリスティ一族――帝様が被害者で藤家が加害者となるようにし、それを苦渋の決断で断罪するシナリオを作成、実行した。もし失敗したら自分達の企みごとが大切な帝様の名に傷をつけることがないよう、わざと帝様をはずし、彼の目を他へ向けさせるために別なイベントを用意して、僕達を使ったというわけだ」
「やれやれ、相変わらずよく頭がまわるな」
満足そうな笑みを浮かべて、直樹は褒める。
「状況を見極め、分析して真実にたどりつく。その頭脳は及第点だ。俺達さえ上回る事が出来るかもしれん。これで安心して、俺達も一族の宿命に立ち向かう事が出来るというものだ」
「もうすでに上回っているよーだ。俺達一族の中で一番変身魔法だって得意だもんね」
瑠衣は得意そうに鼻を指でこすった。
「そういえばお前達、雅人以外成功しなかったアレが出来るらしいな」
「ああ、アレですか」
「楽勝だぜ」
「今、ここで見せてもらってもいいか。どの程度のものか確かめておきたい」
「やだよ。第二の分家の秘術をあんたに披露する必要あるの?」
「俺はこれでも第三の分家代表だ。第三の分家が代々請け負っている役割があるのを知ってるだろう。一族のすべてを詳細に記録し、保管することだ」
「黒歴史を代々記録して管理なんて、心の底まで真っ黒になりそうな役割ですね。同情しますよ」
怜は半分揶揄を込めて言った。
「見たくもないものを見て、目をそらさず詳細に記録する。未来の子孫たちが進む道で、少しでも役立つために」
「大丈夫だから見せてやるといいよ」
雅人は微笑んで、了承の意を示す。
「はいはい。わかりましたっと」
そう言うと、瑠衣は口の中ですばやく呪を唱えた。
怜も同時に呪文を唱える。
すぐに二人の姿が変化した。
外見は一見何も変わらない。
だが纏う魔力のオーラが変わる。
そしてその瞳の色と口元も。
数秒後、二人の姿は先ほどまでより異様な輝きを放っていた。
夜の闇に光る真っ赤な瞳と口元からこぼれる左右二本の鋭い牙。
若干伸びた爪と、異様なほどドス黒くなった肌。
人間の姿をしてはいるが、完全に怪物――伝説の吸血鬼が二体、そこには存在していた。
「ほう、流石だな。これは確かに完璧だ」
直樹は二人を賞賛する。
「第二の分家が代々研究してきた究極の変身魔法、自らを吸血鬼に変化させる術か。本物としか思えない」
「外見だけじゃなくて、中身も完璧だよ。人の血は吸わないけどね」
雅人は説明を加えた。
「この状態の時はたとえ本物に血を吸われても大丈夫だ。しっかり理性を保っているから、心を支配されたり、服従することもない。日の光の下でも戦える」
「戦力として頼もしいな。吸血鬼に襲われても問題ない戦士とは」
「まだ僕とこの二人しか出来ないんだけどね。変身魔法の究極まで極めた先に、この姿は存在する。他にも姿だけなら精霊とか魔獣にだって変化できるよ」
「流石だな」
「一族の紋章を失った僕達分家は、紋章を捨てる時に本家に対し、誓いを立てた。必ず紋章がなくても、一族の宿敵である吸血鬼に対抗出来る魔法を作り上げると。聖魔巫女のいない世界で、全く新しい魔法を生成することは難しいけど、今まで伝えられてきた魔法を組み合わせ、応用して様々な性質を持つ魔術に変化させることは出来る」
「第二の分家は炎属性の他に変化の魔法に長けていたからな。その魔法を究極にまで高めて出来たのがこれか」
「そうだよ。もっとも僕を含めて成功したのは三人だけだっていうのが、ちょっと悲しいけど」
雅人はそう言うと、すっと薔薇の花を上にかざす。
それを合図に二人は変身魔法を解き、元の姿に戻った。
「ねえ、第三の分家にもあるんだろ。吸血鬼対策の秘術が」
見せてよ、と瑠衣がねだる。
「俺達だけ見せるなんて超ずるい。ねえ、見せてよー、見せてってば」
「いいだろう。だが見たところでどうしようもないと思うぞ」
そう言うと、直樹は呪をとなえる。
「ほら、完成だ」
「は? なんだよそれ。全然変わってないじゃないか」
確かに直樹の体に変化はない。
瑠衣はぶうぶう文句を言い、怜はすっと目を細めた。
「血の成分が……違う?」
彼のつぶやきに、直樹は流石だなと笑う。
「今、俺の血は吸血鬼をも悶絶させる猛毒になっている。これの効果はすごいぞ。始祖の吸血鬼さえ、動かなくすることが出来る」
「確かに凄いですね。吸血鬼の食物は血。それを猛毒にすることが出来れば、彼らに血を吸われることで彼らを退治出来る」
怜は素直に賞賛した。
「ちぇっ、つまんないの。もっと凄い発明品とか出てくると思ったのに」
瑠衣はまだ文句を言う。
「ぶつぶつ言ってられるのも今のうちだ。この魔法、お前達にも伝授してやる。しっかり修行してマスターしておけ。いざというとき便利だぞ」
「えっ、ほんとに教えてくれるの?」
「やります」
瑠衣の機嫌はたちまち直り、怜はすぐにやる気を見せた。
「ところで君たち、なんでまた最後に体を張って、あんな小芝居をしたの? 攻撃魔法が出来ないなんて嘘じゃない。帝の電撃、君達なら軽く防げたし、斎君の檻だってその気になればいつでも壊せた」
「途中で気付いて、話を合わせてくださってありがとうございます」
怜は薄く口元に笑みを浮かべる。
「今後のためにですよ。いつかあの人たちとやりあうなら、少しでも誤認させておけば油断してくれるでしょ」
「俺達が補助魔法しか出来ないって侮ってるところに、華麗で威力満点の攻撃魔法ぶちかましたときの、王様の顔って見ものじゃない。今からワクワクしてくるよ、その瞬間を思うとさ」
「やれやれ。もう悪戯第二段発動か」
生徒会役員になったら、少しは自重してくれよと直樹がつぶやくと、怜は更に笑みを深める。
「冗談じゃないですね。僕達、生徒会には入りませんよ」
「はあ? 君たち、約束破るつもりなの。それはちょっといただけないな」
雅人は少し本気で鋭いまなざしを投げる。
「おイタが過ぎると、僕も目こぼし出来なくなるよ」
「別に破るつもりはありません。でもおそらく先輩たちの依頼を了承した時点で、僕達が生徒会に入る可能性は1%ぐらいになりました」
「言ってる意味がよくわからないんだけど」
双子をじっと睨む雅人の視線をものともせず、怜は冷静な顔で答えた。
「言ったはずです。来年クリスティ学園中等部に入学したら、生徒会に入ると」
「……」
「そして後野茉理を完全完璧に護衛するためには、彼女の側にいる必要があります。だから」
直樹ははっと顔色を変える。
そしてしばらく考え込んだ。
「そういうことか。これは俺も気付かなかった。計算ミスだな」
「えっ、何それ。どういうことなの、直樹君」
「簡単な未来の予想だよ。これは対策を練りなおす必要がある」
「ちょっと、僕には全然わからないんだけど」
雅人はむっとして直樹に答えを求めるが、彼は静かにこう返すのみだった。
「俺もまだまだ未熟だな」
「そこで自分だけの思考の世界に入らないでよ、ちょっと、ねえ、直樹君? 僕を無視しないでってば」
雅人が薔薇をぐしゃっと握りつぶしながら、親友に説明を求める。
その様子を見ながら、瑠衣はぼそっとつぶやいた。
「なんかさ、あの二人って」
「何」
「いや……俺達にちょっと関係性が似てるかなって」
「冗談でもそういうこというのやめろ。寒気がする」
怜はさも嫌そうに顔をしかめた。
「あれと同類なんて考えたくない。一緒にするな」
「そうだよねー、でもなんかさ」
瑠衣はふふっと笑う。
「普段超かっこつけてるのに、いざって時はこんな風になるの、悪くないかなって思ってさ。ナル兄も陰険眼鏡も」
怜は何も言わなかったが、黙って兄の背中をこんと手で叩いた。
その仕草だけで、本当は口に出さないけど弟も似たような事を思っているのだと、瑠衣は感じたのだった。
彼らの頭上には、夜空から静かに見守る下弦の月。
陰謀と宿命に彩られた道を進む四人の姿を、月は夜が明けるまでそっと照らしていた。
<終わり>
ここまでお読みくださり、どうもありがとうございました。
第6巻『陰謀だらけの魔法合戦』完結です。
この物語はここで終わりですが、クリスティ学園生徒会メンバーのお話は、まだまだ続きます。
これからも彼らを温かく見守っていただけると嬉しいです。
では次は7巻でお会いいたしましょう。
ありがとうございました。
*次のページは本編とは関係ないおまけです。読後のお楽しみにつけました。
お時間のある方、どうぞお付き合いください。




