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太陽が、静かに西へ沈もうとしている。
公園で遊んでいた子どもたちも、家へ帰る時間だ。
小さなシーソー公園も子ども達がいなくなったあとは、静かな空間へと化していく。
いつもなら人一人いなくなるのに、今日はベンチに頼りなく座る青のTシャツ姿があった。
「ここにいたんですね」
探しましたよ、と息を弾ませながら、藤間由美は昇の隣に座る。
彼は微動だにせず、彼女のしたいようにさせていた。
しばらくの沈黙の後、彼は小さくため息をつく。
「あーあ、もう駄目かもね」
「藤先輩」
「あれからずっと考えてたんだけどさ、もう何にも思いつかない。ごめん、由美ちゃん」
彼はあきらめたように微笑んだ。
「藤家はもうおしまいだ。魔族として生きることは、これからは出来なくなるだろう」
「そんな」
「クリスティ一族と交渉出来ないかなと思ったんだけどさ。やっぱ無理だわ。僕の手に余る」
ふうっと彼は息を吐く。
「お婆と親父と僕と咲子、とりあえずこの辺は処分対象になるだろうな。どうしたって生かしといてくれるわけがない」
「なっ、それってまさか」
「僕達が生きていたら面倒だろう。またいつか僕や親父を利用して、総帥の権力を得ようとする愚か者が現れないとも限らないからね」
「それはお前の態度次第だろうな」
突然目の前に現れた二人の存在に、昇は弾かれたように身構える。
「とりあえず実行委員長、お疲れ様と言っておこうか。お前のとこの妖怪婆のせいで、こっちはえらい目に合ったがな」
直樹は黒眼鏡を煌かせながら、淡々と言った。
「まったくねえ、あんな身内を持って同情するよ。僕だったらとても耐えきれない。きっと口実をつけて屋敷ごと灰になってもらうだろうね」
ふふっと金髪を指で玩びながら、雅人は微笑む。
昇は二人をじっと見つめて、はあっとため息をついた。
「実行役は君たちなのか。出来れば痛くないようにしてほしいんだけど」
「ひどいなあ。僕はこれでも優しくてエレガントなお兄ちゃんなんだよ。乱暴な事はしない主義なの」
意味深な言葉で応じる雅人に、横から震える声がかかる。
「あの……お、お二人は、その、藤先輩をどうするおつもりですか」
意を決したような目で二人を見つめる由美に、おや、と雅人は瞳を和らげた。
「こんな愛らしいレディと密会とは、君も隅におけないね、藤君」
「いいだろ。最後に挨拶ぐらい。彼女には僕の骨を拾ってもらう予定だし」
「ああ。そういう関係なのか」
それはそれは、と黒眼鏡ごしにじっと直樹は由美の方に視線を送る。
「言っとくけど、彼女に手は出さないでくれよ。もし手を出すなら、僕も無抵抗というわけにはいかないからね」
「彼女は確か藤家の親戚筋だろう。無関係というわけにはいかないんじゃないかな」
「今すぐ家に帰すよ。それならいいだろう」
そう言うと昇は由美の手を強く握り締めた。
「藤先輩」
「由美ちゃん、色々ありがとね。君がいてくれて本当に助かったよ。僕よりも良い人を見つけて、幸せになってね」
さよなら、というささやきと共に、昇は瞬間移動の魔法を発動させる。
由美を自宅に送るつもりだったのだが、何故か魔法は消え去った。
「悪いが直径3メートル範囲は、魔法禁呪区域とさせてもらったよ。逃げられたらここまで来た意味がないからね」
「彼女は関係ないって言ってるだろ」
昇は声を荒げる。
しかし直樹は動じなかった。
「悪いが彼女は君の側で実行委員としても関わりを持っていた。今回の一件もよく知っているとみなされる」
「そんなことは」
「ありますっ」
由美は突然声をあげた。
「全部知ってます。だからわたしだけはずすのはやめてください」
本当は怖くて、指の先が震えてしまう。
でも由美は必死に叫んだ。
「その前に聞いてください。藤先輩は本当にみなさんの――帝様の事を排除してクリスティ一族の頂点に立つなんて、これっぽっちも思っていませんでした。全部ゆり子様が考えたことです。本当に藤先輩には野心なんかありませんでした。ただ先輩は優しくて……優しすぎて、だから」
途中から涙声になる。
「お婆様の願いをむげには出来なかったんです。クリスティ一族から捨てられて心を病んでしまったゆり子様にとって、生きる目標が必要だった。傷ついた自尊心を抱えて生きるためには、野望と言う名の生きがいを持つしかなかったんです。だからそれを完全に否定することは、ゆり子様の人生すべてを否定してしまうのと同じだから、先輩には、それが出来なくて、それで」
「あんな風に曖昧になんとか引き伸ばして、宥めようとしてたってわけか。やれやれ」
雅人は肩をすくめる。
涙を流し、それ以上言葉に出来ない彼女に、そっと一輪の薔薇の花を差し出した。
「泣かないで、レディ。この花をどうぞ。本当は君の涙をぬぐうハンカチを差し出したいところなんだけど、将来を誓い合った男の目の前で、そんな無粋な事は出来ないからね」
「ぐすっ、ち、違います。先輩は、わたしのことなんて何とも……」
花を持たされて、由美は一生懸命誤解だと説明しようとするが、上手く言葉が出てこない。
「ひどい男だねえ、君も。こんなに可愛いレディを泣かせてさ」
「それに関しては自分でもそうだと思ってるんで、遠慮なく罵倒してもらっていいよ」
「基本的に脱力系だな、お前」
直樹はおぼえておこうと言いながら、小型PCを出して何かを打ち始める。
「直樹君、何してるの」
「藤昇のデータを修正している。婚約者がいることと、性格が脱力系であることも付け加えねば」
「あのさ、それって今やる必要のあること?」
こんな公園の真ん中で、とあきれて雅人は彼を睨む。
「で、とりあえず本題。藤家の今後の対応についてなんだけど」
雅人が切り出すと、昇は再び身を固くした。
「これは僕達からの提案ね。一応分家代表だからそれなりに意見は言えるし、一族のお偉方を説得出来ると思うけど、現時点ではあくまで僕達分家代表と次期総帥帝からの提案だということ、本決まりじゃないってことだけ最初に言っておくよ」
「まず藤ゆり子理事には全面的に引退、屋敷にて蟄居してもらう。当然経営している藤の宮歌劇団も伊集院財閥が買収させてもらうから、そのつもりで」
「蟄居だって?」
思いもかけない処分で、昇は目を瞬かせる。
「高齢だし、今回の件は突然ゆり子理事が老人性痴呆症になって、衝動的に行ってしまった騒動ということにする。面倒だしね、痴呆症なら何をしても仕方なかったで済ませられる」
「痴呆症……」
「昔からボケ老人のした事を罪に問うのは難しいしね。でも老人に対して適切な看護を怠った保護者の責任は大きい。だからまずゆり子様の実の息子である藤満様から、クリスティ一族に対して正式な謝罪文を書いてもらいたい。ああ、当然ゆり子様は当主の座から引退だから、君のお父さんが正式に就任して、藤家当主としての名を持って謝罪してくれ」
「はあ」
それで片がつくのか、穏便過ぎて何だか怪しいと昇は警戒する。
「ちなみに今の提案は全部、君の態度次第だよ。最初に言ったと思うけど」
「藤昇。お前の返答次第で、この提案は白紙。藤家は一族郎党親戚に至るまで皆殺しとなる」
「そんな馬鹿な」
「当然だろう。お前と藤家は我がクリスティ一族を乗っ取ろうとした極悪非道な集団だ。見過ごしに出来るはずがない」
「ほぼ脅迫だな。僕に一体何をしろと言うんだ」
昇は鋭い瞳で、二人を睨む。
「お前には藤家を捨て、正式にクリスティ一族になってもらう。そして一族の宿命を共に背負って、生涯生き抜いてもらいたい」
「えっ、藤先輩がクリスティ一族になるんですか」
由美は目を瞬かせた。
「別に不思議なことじゃないよ。雷導様の孫なんだし、そういう例はいくつもある。実家に帰された総帥の子どもの中で成長した優秀な人材は、一族に迎え入れられることになっているんだ。うちも色々しがらみの多い家なので、有能な人材は手にいれておきたいわけさ」
「お前の実力は旗取り合戦で証明済みだからな。お偉方もお前を欲しがるだろう。こっちとしても戦力増強に申し分ない逸材だと思っている」
直樹はそう言って、黒眼鏡を煌かせる。
「ちなみにお前がこの提案をのむなら、事はすべてゆり子理事の痴呆症として片をつける。だがもし断ったら」
「一族郎党皆殺しって、もう半強制じゃないか、その提案」
のむしかないでしょ、と昇はがっくり肩を落とす。
「そうか。良かったよ、決意してくれて」
にやりと直樹は微笑んだ。
「おめでとう。君は明日から僕の従兄弟になる」
「へっ、伊集院雅人の従兄弟だって?」
「そう。僕の父方の叔父北原家の養子になってもらうから、そのつもりでね。ああ、可愛い小学生の双子の弟がついてくるよ。実に愉快な子たちだから、可愛がってあげてくれ」
「ビジュアル面では可愛いが、中身は真っ黒反抗期だからあまり関わるなよ、あの双子には。いや、そもそも養子といっても書面上だけのことで、別に今まで通り実家に住んでもらってかまわない。あくまで書面の上でというだけのことさ」
「そうなんですか。じゃあ藤先輩は」
由美はほっと顔をほころばせた。
「命に別状はないよ。もうクリスティ一族なんだしね。あ、そうそう、そのうち叔父が第二の分家を集めた集会で、正式に君を息子として紹介するからさ。タキシード着て出席してよ。そこの婚約者の君も一緒にね」
「へっ、わたしですか」
「そう、君だよ。他に誰がいるの。骨を拾う約束までしている仲なんでしょ。正直そういう人が藤君にいてくれて助かった。でないと一族の年頃の娘を持つ親達が、ハイエナのように群がるからね。ああいうのは面倒だ」
「いや、その、そもそもわたしと藤先輩はそういう仲では」
必死に訂正しようとした由美だったが、突然がしっと肩をつかまれる。
「由美ちゃん、もうこうなったら僕を助けてくれ」
「えっ、先輩」
「得たいの知れないクリスティ一族に身柄を縛られるなんて、僕一人じゃ心細くてどうしようもないよ。一緒に来て、君も僕の横にいてくれないか」
「は? いや、それは手伝えることなら手伝いますけど」
それとこれとは別では、と言う由美を、離すものかと更に腕に力を込めて側に引き寄せる昇。
「決まりだな」
「じゃ、そういうことで」
「君のお披露目は近々行うから、そのつもりでね。日付は決まったら教えるから。じゃあまた。昇君」
雅人と直樹は言うだけ言うと、踵を返す。
あとにはひと気のない公園に、まだ肩をがしっとつかまれたままの由美と昇だけが残された。
その後、二人が一体どういう会話をして、家まで帰宅したのかは彼らにしかわからない。
だが後日、第二の分家主催のパーティーで、正式に二人は婚約を発表した。
遠い未来、二人の間に生まれた子どもに、お父さんからお母さんへのプロポーズの言葉を聞かれたとき、あまりにロマンスの欠片もない言葉だったものだから、子どもが笑い転げたという話がある。
――僕の骨を拾って欲しい。
と言うのが藤改め北原昇のプロポーズの言葉として、孫の代まで伝わったそうだ。




