35
生徒会室は荒れに荒れていた。
「もうひどいなあ、帝」
僕の完璧な髪型が台無しじゃないかという雅人の金髪は、一昔前のパーマに失敗したおばさんのようにちりちりに焦げている。
直樹の黒眼鏡にもひびが入っていた。
「やかましい。お前ら、一体どういうつもりだ」
嘘ばかり言いやがって、と帝は怒りも露わに円卓を叩く。
「僕達は別に嘘なんてついてないよ」
「お前は双子に騙されたんだ」
「あいつら男だったんじゃなかったのか」
「そうだよ。正真正銘男の子だってば」
「あの格好で男って本気ですか」
英司は信じられないと叫ぶ。
「もし先輩たちが嘘をついてないなら、あの子たちは世間で言う男の娘ってやつですか。小学生から」
「あの姿には一応理由がある。非常にくだらない理由だがな」
直樹はやれやれと雅人の方をちらりと見た。
「こいつがあの二人を6年前に挑発したんだ。7年間、変身魔法を解くことなく周囲を完全に騙すなんてこと君たちには出来ないよね、などと言ってな」
[それでこの二人は女子の姿なんですね]
砂文字が現れて、やっとその場にいた四人は斎と堅牢な檻の存在に気付く。
「斎、それってまさか」
英司が驚いた表情で、魔獣捕獲用の檻を見た。
[はい。二人を捕獲しました]
もはや危険猛獣扱いの表現で、斎は檻を指し示す。
檻の中には鎖につながれた白うさぎ風ミニドレスの美少女が二人。
「うわっ、これはまたすごい見た目だね、二人とも」
雅人が愉快そうに笑いながら、檻の中の二人を評した。
なんと瑠衣は、檻の中でしくしく泣き始める。
「先輩たち、ひどいです。いくらわたくしたちが可愛いからって、こんな風に捕まえて見世物にするなんて」
「斎様にそういう趣味がおありだと知りませんでした。幻滅です」
うさ耳カチューシャをふりふりしながら、二人は変態に捕らえられた哀れな美少女の演技を完璧にこなした。
「ええっ、ちょっとこれは……」
案の定、純粋な英司は顔をしかめる。
その様子を見て、瑠衣はすかさず悲しそうな声で懇願した。
「お願いです、英司様。わたくしたちを出してください。こんな可愛い子を鎖でつないで玩ぶなんてひどいです。もうお嫁にいけません」
「いや、お前たちは実際嫁になど行けないだろう。いくらそんな格好してもな」
直樹の口元が若干歪む。
正直笑いを堪えているのが、まるわかりだ。
「うっうっ……直樹様が冷たいです」
瞳をうるうるさせて、悲しそうに瑠衣はうさ耳をしおらせる。
「二年ぶりだが、全然お前達は変わってないな。あいかわらず小賢しくてあざとい奴らだ」
「本当に君たちって愉快だよねえ。育てた僕も鼻が高いよ」
雅人が得意そうにそう言うが、髪がチリチリのため、いつもの美貌が半減していた。
それを見て、ついにウサギたちは我慢できず、お腹を抱えて笑い出す。
「あーはははっ、何それ」
「駄目、もう我慢できない」
二人は演技をやめて、即座に笑い始めた。
「あー最高。久しぶりに見たな、あんたのそんな姿」
「ああ。最高に良い気分だ」
二人はぽんっと空間を歪ませ、美少女から美少年へと姿を変える。
「ほら見ろ、瑠衣。僕の言う通り帝様はちゃんとやってくれただろ」
「本当だ。ナル先輩の髪を爆発させるなんて流石帝様だぜ」
「わざと捕まって見に来た甲斐があったな」
「ほんとほんと。あんたをこんな面白い姿に出来る奴って早々いないもんな」
二人は楽しそうに檻の中で会話した。
まるで囚われてる人間とは思えない余裕っぷりに、斎の顔が鋭くなる。
彼は二人の四肢に巻きついている鎖に、自分の魔力を注ぎ込んだ。
鎖は彼らの手足をこれでもかというほど締め付ける。
「うわあああーっ、痛い、痛いってば」
「ぐっ……」
瑠衣は悲鳴をあげ、怜は黙って唇を噛んで衝撃に耐えた。
「やめろ、斎」
威厳を持った一言で、彼は二人を戒める魔力を中断する。
帝が静かに檻に近づき、二人の顔を覗き込んだ。
「それが本当の貴様らの姿か。北原瑠衣、北原怜」
二人は帝の凝視に合い、とりあえず黙り込む。
「今日一日、お前達の実力は見せてもらった。雅人が自慢していたように、確かにお前達は優秀な人材だ。この伊集院帝が認めよう」
彼はにやりと笑みを向けた。
「確か先ほどお前達は俺に言ったな。俺にあこがれていて、生徒会に入りたいと」
彼は鋭い眼光を二人に向ける。
「いいだろう。来年、お前達の生徒会入りを許可してやる。俺の下でこき使ってやるから楽しみにしているんだな」
「はあっ、マジですか、帝」
英司はとびあがって反論した。
「これを生徒会に入れるんですか。この歪んだ性格とまったく言う事聞かなそうな奴らを? 冗談じゃありません」
[僕も賛成できないです]
斎も砂文字で抗議する。
[こいつらは危険です。生徒会活動なんて本気でするとは思えません。余計なトラブルの元です]
「うわっ、俺達すごい言われようだ」
「瑠衣、これは褒め言葉だ。要するに山下先輩と遠野先輩は僕達を従わせる自信がないっていう意味さ」
「つまり俺達の方が格上ってこと?」
「ああ」
「なあんだ、そーなのか」
「違―う。どうしてそうなるんだよ」
英司が青筋を立てて怒った。
斎がまた絞めるかと魔力を込めようとしたとき、雅人が割って入る。
「まあまあ、斎君。ちょっと落ち着いて。そんなに実力行使ばかりしてても、君が疲れるだけだよ。この子たちはそんなことしても絶対に落ちない。正攻法じゃ駄目なんだ」
そう言うと、彼はやれやれと檻に向かって言葉をかける。
「いい加減観念したらどうだい? あきらめて来年、生徒会役員をするんだね」
「嫌です」
真っ先に怜が否定した。
「僕達より格下の人間に、どうして使われなきゃいけないんですか。絶対にごめんです」
「ふうん、君たちってやっぱり駄目だね」
雅人はにやりと意味深に微笑む。
「格下の人間の側近になる自信がないんだ。あーそう。非常に残念だよ。君達には期待してたのに」
「期待? あんたが僕たちにそんな事するわけないだろ」
怜は憎しみを込めて雅人を睨んだ。
しかし彼は更に愉快そうに続ける。
「君達ならそういう上司を上手いこと利用して、権力握って影の支配者になれると思ったんだけどなあ。そうなんだ、やっぱり無理なんだね」
「は? 無理とか別に言ってないし」
瑠衣が雅人の挑発に簡単に乗っかった。
「いや、無理でしょ。だってやりたくないんでしょ。そうだよね、君達には難しいよね、生徒会役員なんて。わかった。非常に残念だけどさ、帝に僕から伝えておくよ。君たちの能力では帝を支えて完璧に中等部生徒会を運営することなんて出来ないってさ。せっかく僕の従兄弟の君たちに期待してたのに、この程度の事も出来ないなんてがっかりだよ」
「出来ないとか言ってないよ。出来るけど、やりたくないんだっつーの」
瑠衣は檻の中から啖呵をきる。
「いいんだって。僕だって能力のない子たちに僕の後をまかせたいとは思わないしね。別にいいよ、やらなくて」
「出来ないならきちんと認めろ。見苦しいだけだぞ」
直樹まで双子をあおった。
「実際大口叩いておいて、お前達はあっさり斎に捕まっているしな。今、その檻壊すだけの力はないんだろう」
「ぐっ……」
反論するかと思いきや、瑠衣は言葉につまる。
斎はその姿を見て、あれっと思った。
帝は鋭い眼光で二人を睨む。
「こいつら、もしかして攻撃魔法が使えないのか」
「使えるはずなんだけどね。何で使わないのかなー」
雅人が突っ込んだ。
「えーと、実は魔力がもうあんまりないとか」
午前中からずっと魔法使ってましたもんね、と英司は思った事を口にする。
「別にいいだろ。そんなこと」
瑠衣はあさっての方を向いた。
「俺達が攻撃魔法を使えるか使えないかなんて、あんたたちに何の関係があるんだよ。もし使えなかったとしても、あんたたちは今日一度も俺達に勝てなかった。それで十分じゃないか」
「ってことはもしかしてこいつら、本当に補助系専門ですか。変身魔法と防御魔法、瞬間移動しか使ってないし」
「攻撃だって出来るよ。出来るけど、やる必要ないからやらないだけだ」
「威力がものすごく弱いとかそういうのかな」
「勝手に決めるな。この部屋ごとふっとばすぞ」
赤い髪を振り乱して、瑠衣が怒鳴る。
「試してみる必要があるか」
帝はすっと目を細めた。
「斎、悪いがお前の檻を壊させてもらうぞ」
そう言って、彼は二人を睨む。
「今から俺の最高に質力を上げた電撃をお見舞いしてやる。死にたくなかったら、俺に反撃してくるんだな。それか防御魔法で防いでみろ。そうしなければ確実にお前達は死ぬ。本気で行くから覚悟しろ」
そう言うなり、彼は己の中にある魔力を高め始めた。
「うわっ、やばそう。どうする、怜」
「どうするもなにもやるしかないじゃないか」
二人は即座に覚悟を決めて、身を堅くする。
帝の電撃が、檻の鉄格子を突き破って二人に直撃した。
「え……嘘」
その場にいた4人は驚いて声も出ない。
あれだけ大口を叩いたのに、双子は何もせず帝の電撃をもろにくらったのだ。
二人の全身が黒こげになる。
檻は破壊され、あとには黒こげの肢体が横たわっていた。
「冗談じゃなく、本気で攻撃出来ないようだな」
「あらら、これは大変」
「防御もしてませんでしたもんね。確かに優秀そうですけど」
「完璧な魔法使いなど、早々いるものじゃない。俺のデータも修正しておくとしよう」
「攻撃魔法は無理だなんて……僕は君たちに騙されていたんだね。なんて悲しい事なんだ」
お兄ちゃんは悲劇の絶頂だよ、と雅人は盛大に薔薇を飛ばして嘆き始める。
斎だけは彼らの姿を見て、静かに心の奥で思った。
どうしてかわからない。
でもきっとそうだ。
彼の中の直感が告げている。
――この姿も、きっと嘘だと。
結局双子は直樹の水魔法で回復した。
檻は壊れて無くなったが、四肢を戒める鎖はまだはずしていない。
「しかたないですね」
ふくれて何も言わない瑠衣にかわって、怜は口を開いた。
「いいでしょう。もし来年クリスティ学園中等部に入学したら、僕達は生徒会に入って働きます。これでいいですか」
「えーっ、何だよ、それ。怜、何勝手に約束してんの」
瑠衣がふざけるなと弟をこづくが、怜は表情を変えず兄を制する。
「俺は嫌だ」
「じゃあ瑠衣一人でいつまでもここにいれば? もうすぐ夕方だし、僕はお腹がすいた。早く帰ってご飯食べたい」
「お前、ご飯のために、俺達の将来を棒にふる気か」
「しかたないだろ。それに次期総帥の帝様の命は絶対だ。家に帰ってもし反抗したなんて知られたら、ご飯どころか将来も危ないぞ」
「ぶーっ、やだよ、やだ」
「いい加減あきらめろ。どのみち約束しないと、この怖い先輩達から開放されない。お前の好きなゲームもお預けだ」
「はあっ、分かったよ。やればいいんでしょ、やれば」
本当は嫌なのに、そうぶつぶつ言いながら瑠衣は了承した。
「じゃあ、もうはずしてください。帰ってもいいですよね」
斎はどうしたものかと先輩達を見る。
怜は、そんな彼の方を真っ直ぐに向いた。
「心配無用ですよ、遠野先輩。僕達はもう何もしません」
『……』
「今回僕達のやりたい事は、完璧に達成出来ました。約束は守りますし、また来年中等部に入ったら、よろしくお願いします」
「放してやれ」
帝の言葉で、二人は解放される。
「ああっ、もう痛かったぜ」
帝様、マジで怖いと全然そんな事は思っていない口調で、瑠衣がつぶやいた。
怜は兄の後頭部を掴むと、一緒に深々と礼をする。
「今日は色々お世話になりました。失礼します」
完璧な挨拶をして、二人はすっと生徒会室から消えた。
「やれやれ、やっと終わったな」
直樹がまるで疲れた中年男のように、コキコキと肩を鳴らす。
「嵐のような子たちでしたね。来年大丈夫でしょうか」
「問題ない」
帝はにやりと笑んだ。
「頼もしい後輩じゃないか。来年が楽しみだ」
「そう言って電撃喰らわせて遊ぶ相手にしないでよ、帝。意外とあの子たちって繊細だからね」
お手柔らかに、と雅人は薔薇の花片手に付け加える。
ただ一人、斎だけが険しい顔をしていた。
「どうした、斎。何かあるのか」
英司の声に、斎は顔を上げ、何でもありませんと思念を送る。
だが何故か胸のざわめきが止まらない。
先ほどの怜の発言が、どうしても耳に残っていた。
――僕達のやりたい事は、完璧に達成出来ました。
(あの子たちのやりたい事って、一体何だったんだろう)




