34
なんとか体育祭は終了した。
参加したすべての者たちの心に、何かの跡をつけながら。
父兄はその場で解散し、来賓たちもそれぞれ迎えに来た車に乗って学校を去る。
生徒達は各クラスに戻り、挨拶の後下校になった。
表面上はすべてが戻り、予定通りに一日が終わっていく。
だが全部が昨日と同じというわけにはいかなかった。
朝一緒にパフォーマンスをした校門のすぐ手前。
その下でるいとれいは、自分達の姫を待っていた。
相変わらずの美少女姿で、道行く生徒たちの注目をあびながら。
時々こっそり携帯カメラのシャッター音がしたが、彼らはそんな音にも慣れきっていて動じることはなかった。
しばらく待って、ついに後野茉理が姿を現す。
「お姉様」
るいが真っ先に駆け寄った。
結局まだ茉理は、事の次第がまだよくわかっていない。
最後に種明かしをしてあげよう。
そう考え、二人は彼女をここで待っていたのだ。
(どうせここで彼女と接触すれば、王様チームも姿を現す)
れいは周囲に注意をはらいながら、茉理の側に近づく。
彼女と軽い談笑をしながら待っていると――。
(来た)
るいとれいは思惑通りだと内心笑む。
帝と英司、斎の三人がやってきたのだ。
挨拶を終え、帝はクラスを出た。
心は大分落ち着いていたが、まだやる事が残っている。
(あいつらとの勝負に、何らかの決着をつけなければならない)
悔しいが、今回はこちらの敗北を認めざるをえないだろうと彼は考えていた。
おそらく英司と斎も同じ考えだろう。
(確かに体育祭までに茉理はこちら側に来た。だが俺達が双子たちから彼女を確保したわけじゃない)
どんなにぶつかっても、彼らの仕掛けた罠の数々を破ることは出来なかった。
(小学生に負けるとはな)
潔く敗北を認め、これからいっそう精進しよう。
そうしてこそ未来は開ける。
(ここであきらめるつもりはない。いつかは勝つ)
そんな事を思っていたら、横から声がかかった。
「帝」
隣のクラスが終わったので、英司が出てきたのだ。
彼の表情も複雑そうで、帝は彼もやはり同じ事を考えていたのだろうと思う。
もう言葉は必要ない。
「行くぞ」
当たり前のように歩き出すと、英司は黙って一緒に来た。
2階に下りると、階段のところで人待ち顔の斎に出会う。
『帝先輩、英司先輩』
彼は思いを込めて、二人にぺこりと頭を下げた。
『今日はすみませんでした。僕が上手くサポート出来なくて』
英司は彼の申し訳なさそうな思念を受け止め、あわてて彼の肩に手を置いて顔を上げさせる。
「違うって。お前のせいじゃないだろ」
その言葉で、帝は斎が何を言ったのかを察した。
静かに彼は斎を見つめる。
「今日はお前のおかげで、本当に助かったぞ。礼を言う、斎」
斎の瞳が大きく見開かれた。
「今日の敗北は、俺自身の未熟さが招いたことだ。お前たちのせいじゃない。今日はよくやってくれた」
そう言うと、帝は先に立って階段を下りる。
英司と斎もそのあとに続いた。
これから自分達が何をしに行くのか、漠然とだがわかっている。
(あいつらにきちんと敗北したと認めに行く)
それはある意味、帝の人生の中で最も惨めな姿だろう。
だがそれをしなければ、これから先へ進めないのだ。
(俺は逃げない。正面から向き合って受け止める)
現実から、自分の未熟さから、己に化された宿命から。
そして。
――もう一人の自分自身からも。
彼らがどこにいるのかはよくわからなかった。
でもおそらく向こうも、こちらと会おうと思っているはずだと斎は考える。
(僕達ときちんと話さないと、あっちもこの勝負を終わらせられないしね)
そんな風に考えていた時、帝が言った。
「まず茉理に会うぞ。おそらくあいつらも、彼女に接触するはずだ」
帝の言葉に、斎と英司は同意する。
(後野さんの側に、きっと彼らはいるはずだ)
彼女はまだ何も知らない。
一体この体育祭で、自分がどんな役割を担っていたのかを。
(ちゃんと説明しないといけない。後野さんにも迷惑かけたし)
くまの着ぐるみを装着して、あのゆり子理事の接待をするはめになった。
それだけではなく、さきほど帝を正気に戻してくれた。
彼女には知る権利がある。
「桜まで瞬間移動するぞ」
帝の言葉で、英司と斎は共に瞬間移動して桜木の下に立った。
案の定、すぐ目の前に茉理はいる。
誰かと楽しそうに話していた。
だがその誰かとは――。
斎ははっと目を見開く。
茉理と会話している二人のうち、一人には見覚えがあった。
(あの子は、さっき屋上にいた子だ)
茉理の横にいた赤い髪の少女。
間違いない。
(どういうことだろう。なんで女の子?)
斎の頭は一瞬混乱した。
直樹のデータによれば、彼らは男子ではなかったのか。
しかし目の前にいる二人は、どう見ても女子だった。
それもとびっきりの美少女である。
横の帝と英司を見ると、予想外の光景にやはり固まっていた。
帝が声を上げる。
「茉理」
名を呼ばれ、彼女は嬉しそうに側に寄ってきた。
すぐ後ろに、赤い髪の少女と黒髪の少女が続く。
「帝先輩、生徒会のお仕事はもういいんですか」
「いや、まだ途中だが」
茉理の問いに答えながら、帝はじっと後ろの二人を凝視する。
その視線に気付いたのか、後ろの二人の美少女は声を出した。
「きゃあ、もしかして帝様? 英司様と斎様までいる」
「るい、落ち着いて」
赤い髪の少女がハイテンションのノリで叫ぶのに対し、黒髪の少女は彼女を制する。
(るいって呼んだ。じゃあやっぱりこの二人は)
斎は、改めて顔の良く似た二人に目線を注いだ。
るいはうっとりと瞳を輝かせ、帝たちの前に出るとぴょんっとポーズを決めて挨拶する。
「初めまして。わたくし、北原るいと申します。お会いできて光栄です」
女の子特有の可愛い仕草で、彼女は愛らしい笑顔を見せた。
れいも横に立って挨拶する。
「初めまして。るいの双子の北原れいと申します。先輩方、よろしくお願いします」
笑顔は見せなかったが、左右に垂らした黒髪をさりげなく指にからめ、彼女は彼女でなかなか女らしい。
帝は一瞬言葉を失った。
「……北原るい、北原れいだと? お前たちが」
「はい。雅人お兄様から皆様の事はよく聞いております」
るいはにこにこにと肯定する。
「今日は色々お疲れ様でした」
れいは大人びた口調で続けた。
「……えーっ、嘘でしょ。この二人が」
『信じられない』
英司と斎も驚きを隠せない。
(やっぱりこの二人がそうなんだ)
自分達が午前中から戦っていた相手。
まさか男子ではなく女子だなんて、探しても見つからないはずだ。
そこまで思って、斎ははっとする。
(いくらなんでも性別が違うなんてことはないだろう)
二度目に直樹が送ってきたデータでも、二人は間違いなく男子である。
よもや送り直された情報が間違いであるはずがない。
(だとしたら、この二人は)
斎の瞳に、きらりと理知的な光が宿る。
ふと頭の中に、ダウトという単語が浮かんだ。
簡単なトランプゲームの一つで、ダウトと言ってプレイヤーの嘘を見破るゲームである。
(この美少女姿は、ダウトだ)
何故そんな格好に変身しているのかはわからないが、おそらく本当の姿ではない。
この場にいる茉理だけが状況をわかっていなかったため、一人で首をかしげていた。
そんな彼女に、るいが微笑みながら説明する。
「実はお姉様には謝らないといけない事がありますの」
「何?」
「わたくしたち、雅人お兄様の提案で、本日帝様たちとある勝負をしていたんです」
「勝負?」
「来年の生徒会メンバーの座をかけてです。来年、雅人様と直樹様はご卒業されますよね。そうしたら生徒会役員の椅子が2つ空くことになります」
「もしかして二人とも生徒会に?」
茉理の問いに、るいはそうですっと元気に答える。
「だってわたくしたち、とってもとっても帝様にあこがれているんですもの。ぜひ生徒会の皆様のお仲間に入れていただきたいですわ」
(なんだって)
斎は横で聞いて驚いた。
二人の言っていることは、雅人たちから聞いていた事とは違う。
まったく真逆の内容で、このゲームは始まっていたはずだ。
「え……そうだったの?」
英司が鳩が豆鉄砲をくらったような顔をする。
「雅人様にお願いしたら、体育祭で帝様たちに自分たちの実力を示さないといけないと言われまして、魔法勝負をお膳立てされました。お姉様をかけた勝負です」
「わたしを?」
驚く茉理に、れいはうなずく。
「わたしたちが今日一日、帝様たちの目からお姉様を守る。帝様たちはわたしたちの守るお姉様を見つけ出して生徒会室に連れていく。そういう勝負だったんです。見事帝様たちからお姉様を守りきり、実力を認めてもらえたら、生徒会に入れてもらえるって言われたんです」
「だから一生懸命頑張って色々考えたんですよ。帝様たちは凄い魔力と能力をお持ちだし、正直勝てる気がしませんでしたけど」
「でもあこがれの生徒会に入りたかったし、何としても勝とうって思ったんです」
るいがそう言うと、れいの方は深いため息をついた。
「まさか最後の最後で、お姉様が自ら帝様のお側に行ってしまうなんて……勝負はわたしたちの負けですね。生徒会入りはあきらめます」
帝の顔が険しいものになる。
英司を見ると、彼も動揺しているのが見て取れた。
(これは……どっちだ)
斎はじっと彼女たちを観察する。
今の発言は真実なのか。
それともダウト――嘘なのか。
(もし真実なら、雅人先輩たちが僕達に嘘をついていたということになる)
まったく真逆の意図を説明して、自分達をゲームに参加させた。
本当は双子には生徒会に入りたいという意志があり、帝にあこがれすら抱いているという。
(説明では帝先輩に反抗的で、生徒会には入りたくない、ということだったけど)
斎は深く考える。
今の発言、そして午前中から散々に受けてきた仕掛けの数々。
(ありえない。この発言は絶対にダウトだ)
彼はそう思った。
最後まで彼らは自分達を嘘で欺こうとしている。
偽りの姿、偽りの仕草、偽りの発言。
(ここで嘘を信じ込んだら、次はどうなる)
彼は先の未来を予想した。
そしてそれは、すぐさま現実のものとなる。
二人を気の毒に思った茉理が、何とか生徒会に入れてあげて欲しいと帝に頼み込んだのだ。
その様子を見て、斎は懸念が現実になったと内心頭を抱える。
大事な彼女の真摯なお願いに、帝が突然拳を握り、身を震わせて怒りだした。
「……あいつら、もう我慢出来ん。いい加減にしろっ」
そう言うなり、瞬間移動して消えてしまう。
「あ、帝っ、ちょっと待ってくださいよ」
そして英司も彼の後を追って姿を消した。
(やっぱりか)
斎は先輩二人の反応を見て、心の奥で深いため息をつく。
二人は双子の嘘を信じ込んでしまった。
そして自分達に虚言を吐いてゲームに参加させたと思い込み、雅人たちを問い詰めに行ってしまったのだ。
(違う。雅人先輩じゃない。嘘つきはこっちだ)
最後の最後までやってくれる。
その場に踏みとどまりながら、斎はじっと二人を見た。
視線を受け止め、るいとれいは笑みを浮かべる。
斎は騙されていないと、これで二人には伝わっただろう。
まだこの嘘つきゲームは終わっていないのだ。
むしろこれからが最終段階。
「あ、あの、遠野君」
三人の視線での応酬に、茉理は戸惑いながら声をかけてきた。
彼は表面上、にこりと笑んで思念で答える。
『帝先輩たちのことなら気にしないで。後野さんのせいじゃないし』
「それならいいけど……」
戸惑いがちな表情で、茉理は今度は気遣うように双子を見た。
案の定、二人はあこがれの人が突然消えても何の衝撃も受けず、むしろ楽しそうである。
「あーあ、帝様、行ってしまいましたわ」
「残念、かな」
(嘘つきめ)
斎は心の中で毒づいた。
今彼らの脳裏には、帝の電撃から逃げ回る雅人と直樹の様子が浮かんでいることだろう。
(そうやって人を陥れて楽しんでるなんて許せないぞ)
斎の闘志を前に、二人は余裕の顔で茉理に挨拶する。
「わたくしたちはこれで。今日は楽しかったですわ、お姉様」
「お疲れ様でした」
「また一緒に遊びましょうね」
るいは彼女の右手を両手で包むと、ぶんぶんと振った。
「うん。二人とも今日は本当にありがとう。生徒会の事、もう一度帝先輩にお願いしておくね」
「それはもういいです」
れいが負けは負けなので、とつぶやく。
「そうですわよ、お姉様。来年はお姉様とご一緒出来ますし。中学生になるのが待ち遠しいですわ」
もう一度ぎゅっと手を強く握ってから、るいは茉理から離れた。
斎は無言で二人を見つめる。
(今日はこれで終わりなのか)
彼らはこのままこっちを騙して自分達だけが楽しんで、去っていこうとしている。
(そうはさせるもんか)
斎は鋭い視線で、二人を睨んだ。
だが双子はその視線を受けても動じずに、何と斎の前に来て頭を下げる。
「斎様、わたくしたちはこれで失礼します。今日はとても楽しかったですわ」
「……これ、どうぞ」
今日の記念に、とれいがポンっと指を弾いて出したのは、白い前掛けをしたたぬきのぬいぐるみだった。
斎は無言でそれを受け取る。
白い前掛けには、マジックでこう書いてあった。
[嘘だよーん。誰があんたたちの下僕になんてなるもんか。あっかんべーだ]
二人は斎にたぬきを渡すと、そのまま姿を消す。
瞬間移動したようだ。
ここまでされて黙っているつもりは、彼にはない。
茉理を不安にさせないよう、彼はにっこりと微笑んで挨拶した。
『後野さん、気をつけて帰ってね。僕も行かないと』
「うん。遠野君もお疲れ様」
もう一度笑みを見せて、斎は瞬間移動で姿を消す。
(逃がすもんか)
あの二人を捕まえて、生徒会室に連れていく。
斎は己に残った魔力の配分を考えながら、二人の気配を探知した。
「あー、楽しかった」
瑠衣は両腕を天に向かって伸ばし、満足そうに笑う。
そろそろ日が傾きかけていた。
まだ日差しは明るいが、もうすぐ夕方になるだろう。
中等部校舎から東に5分ほど歩いた敷地に建つ初等部校舎の屋上で、瑠衣と怜は女装を解いた。
校内にはまだ生徒が残っているが、二人とも初等部男子の制服を着ているので誰かに見咎められてもまったく問題ない。
「今頃ナル兄と陰険眼鏡は王様にあらぬ疑いをかけられて、とっちめられてるだろうよ。ふふふ、いい気味だ」
「僕達を面倒なゲームに引っ張り込んだお礼はしないとな」
「それにしてもさ」
瑠衣は屋上のコンクリの床に胡坐をかいて、座り込む。
「本当に来るかな、俺達を捕まえに」
「来るさ。ほら、もう来た」
そう言うと、怜はほくそ笑んだ。
すべてが計画通り、瞬間移動して斎が彼らの目の前に現れる。
そして有無を言わさず心の中で呪を唱えた。
次の瞬間。
「うわっ、何これ」
瑠衣と怜の足元に、大きな鎖で編まれた罠が出現する。
「捕縛の檻か」
鎖は二人の手足に絡みつき、心身の自由を奪った。
「ちょっと、先輩、いきなり何するんですか」
「話し合いの余地はないみたいですね」
瑠衣と怜は交互に声を上げる。
「話し合いってそもそも先輩は会話無理じゃん、怜」
「あ、そうか。実力行使しか出来ないんだっけ」
捕まってるのにそんな事を余裕の表情で話す双子に、斎は更に絶望を感じろとばかりに魔力を放った。
二人の周囲に鉄格子が床から出現し、獰猛な魔獣用の檻に二人は閉じ込められてしまう。
「うわーっ、あの先輩本気だよ。どうする、怜」
口では怖いと言いながら、目は笑っている瑠衣に怜は言った。
「どうするも何も大人しく連行されるしかないだろ」
「そうだねー。じゃ、そういうことで」
大して抵抗もしない二人をいぶかしみながら、斎は檻ごと中等部生徒会室に瞬間移動した。
<お詫び>すみません、日数の計算違いで、5月で終わりませんでした。
あと少し続きます。




