30
校庭で三つ巴の戦いが始まろうとしている。
生徒会室にうずくまる帝にも、外の喧騒は届いていた。
彼は静かに顔を上げる。
(行かなければ)
こんな場所でうずくまっているわけにはいかない。
(あんな誹謗中傷ごときで傷つくとは、俺はなんて弱いんだ)
少しだけ心を落ちつけて考える時間を持ったことで、彼の精神は落ち着きを取り戻した。
(とにかく旗取り合戦をこの目で直接観戦しなければならない。雅人と直樹、二人がどう戦うのかを見届けなければ)
先ほど小耳にはさんだ話では、二人はこの戦いでわざと昇を勝たせるつもりのようだ。
だがあの二人が、本当にそれを実行するだろうか。
(いくら総帥の意思だと言っても、彼らがそれを受け入れて実行するかは、また別な問題だ)
帝は立ち上がった。
(俺自身の目で確かめる。二人の意志を)
彼の瞳に鋭い光が宿る。
もう一度気力を振り絞り、彼は生徒会室から瞬間移動して校庭に戻っていった。
旗取り合戦から抜けた英司は、物陰に身を隠して風の探知魔法を発動させる。
(斎ほどじゃないけど、風もあらゆる場所に入り込める。これで斎の居場所がわかればいいんだけど)
茉理と違い、斎は必ず守り抜かなければならない対象ではない。
きっと双子はそこまで気配を消す細工はほどこしていないだろうと思ったが、案の定保健室に斎は寝かされていた。
すぐ見つかってほっとした英司は、瞬間移動で保健室前の廊下に移動する。
周囲に何も罠魔法が仕掛けられていない事を確認し、保健室の中に入った。
奥のベッドに斎は横たわっている。
顔色は青白かったが外傷はないし、ただ眠らされているだけのようだ。
英司はすぐさま解除の呪を唱え、風で斎の体を包む。
彼はゆっくりと目を開けた。
その場に英司がいることを知り、すぐに身を起こす。
『英司先輩。あの今、どういう状況ですか』
『良かった。目が覚めて』
英司はまず彼が無事であることに、ほっとした。
斎は青ざめ、すごく心配そうだ。
『まずは落ち着け。今は三年生が旗取り合戦の最中だ。AとB組が負けてしまったので、あとはC、D、E組が残ってる。直樹先輩と藤先輩のクラスが今戦っていて、勝負はまだついてないって状況だ』
『そうですか』
斎はほっと安堵の息をつくと、ベッドから起きて立ち上がる。
『ではまだ時間はありますね。後野さんを確保しにいきましょう』
『えっ、ちょっとまて。お前、後野さんの居場所がわかるのか』
驚く英司に、斎はうなずいた。
『後野さんは、双子と一緒に屋上にいます。防御結界で守られていますが、間違いなく本人です』
『そうなんだ』
『屋上から旗取り合戦を観戦しているはずです。当然双子が妨害してくると思いますし、防御結界も強固なものを貼っていますが、僕と英司先輩の二人で連携すれば後野さんを奪い返すことは可能です』
決意も新たに、斎は保健室の扉に手をかける。
だが引こうとしても扉はびくともしなかった。
『えっ』
斎の顔にあせりがうかぶ。
何度も試したが、やはり扉は動かない。
「おいおい、マジかよ。ちょっと代われ」
英司はそう言うと、斎のかわりに扉を動かそうとひっぱった。
しかしやはり扉は開かない。
「俺達、閉じ込められたっていうのか」
『そのようです』
「くそっ、時間がないのに。あいつらは」
何度も渾身の力を込めて扉を開けようとするが、どうしようもない。
「しょうがないな」
英司は風の攻撃魔法を発動させ、扉にぶつけた。
しかし扉はこなごなになるどころか、英司の風の威力をすべて吸収してしまう。
「魔法無効化がかかってるな、この扉」
駄目だ、と英司は扉を思いっきり蹴った。
斎は瞬間移動の魔法を発動させたが、やはり魔法はすべて無効化されてどうにもならない。
何かないかと周囲を見回すと、自分が寝ていたベッドの横にたぬきのぬいぐるみを見つけた。
先ほど屋上にあったものと同じ大きさで、また白いエプロンをつけている。
そこには黒のマジックで字が書いてあった。
[つかまえる つもりがぎゃくに つかまって ざんねんでした おつかれさまです]
『……』
斎はたぬきをぎゅっと握り締め、英司に見せる。
それを見た英司は、はあっとため息をついた。
「あいつら、ほんとタチ悪いなあ。俺達があいつらを拘束しようとしてたこともお見通しかよ」
『少し待っていてください。僕がこの魔方陣をはずします』
斎はそう言ったが、英司は苦い顔をする。
「斎、お前、あとどれだけ魔力が残っているんだ」
『……それは』
返事をためらう斎の肩をぽんっと叩いて、英司は言った。
「お前の顔色見てればわかる。朝から探知魔法と瞬間移動を使いまくって、もう魔力量に限界が来てるだろ」
『でもまだいけます』
「駄目だ。お前はこのあと大事な役目がある。俺もだけどさ」
英司は真剣な目で、斎の顔を見つめる。
「わかっているだろ。旗取り合戦のあと、俺達分家はここに集う魔族たちの前で、帝に忠誠を誓う宣言をする。その場にお前は絶対参加だ。5つの分家代表が一人でも欠けたら、宣言の効果が半減する」
『それはそうです。でも』
「ここの魔法解除は、お前なら十分に出来るだろう。でもそのために魔力を消費したら、お前は姿を保てなくなる。違うか」
『はい』
「お前が透明化してしまったら、計画に支障が出る。これ以上お前は魔法を使うな。体の維持に専念しろ」
『でもここから出れなければ、計画も参加出来ないじゃないですか』
「そうなんだよなあ。さてどうするか」
英司はそう言いながらも、余裕そうな笑みを浮かべた。
「ここは素直に他人を頼ろう。魔法は使えないけど、俺達は思念会話をしている。だったら帝に連絡つけて、外から保健室の扉を破ってもらおう」
『帝先輩にですか』
「ああ。ちょっと待ってろ」
英司はそう言いながら、内心少し安堵する。
(直樹先輩は帝よりも斎を優先しろと言ったけど、斎は無事だった。だったら今度は帝の安否確認をしてもいいだろう。丁度良い口実も出来たし)
『帝、どこですか』
英司は帝に向かって意識を集中させた。
『……校庭だ。どうした、英司』
少し疲れた声で、返答がある。
(やっぱり何かあったのかな)
直樹はいきなり帝の姿が見えなくなったと言っていたが、彼の身に良からぬ事でも起こったのだろうか。
『すみません、実は斎と今、保健室にいるんですけど、閉じ込められて出られないんです。外から魔法で保健室の扉を破ってもらえませんか。内側からは魔法無効化されてしまって、どうにもならなくて』
『わかった。扉から離れてろ』
帝の思念は消えた。
と思ったら、次の瞬間爆発音がして、扉は派手にこなごなになる。
その後ろには帝の姿があった。
英司と斎はすぐ側に駆け寄った。
「助かりました、帝」
『ありがとうございます』
斎の思念は届かなかったが、彼はぺこりとお辞儀をする。
「帝、斎からの情報ですが、後野さんは」
「悪いが茉理はお前達二人で探してくれ。俺はやる事が出来た」
帝の声には何かを覚悟した響きがあり、英司と斎は目を見開いた。
「やる事って」
「旗取り合戦を見届ける。どうも嫌な予感がしてな」
彼はそう言うと、静かに踵を返す。
「帝」
『帝先輩』
二人の言葉も聞かず、帝はまた校庭に姿を消した。
「うーん、これはまずいかもな」
英司は腕組みをして考え込む。
『まずいとは』
「あの帝の顔を見たか。あれはちょっと一人にしとくのはまずい。俺達も帝と合流しよう。側にいた方がいい」
『後野さん探しはどうしますか』
「今は後野さんよりも帝だ。実はさ、直樹先輩にもう勝負はあきらめて、例の計画を無事遂行出来るよう全力を尽くせと言われてる」
『そんな、あきらめるなんて』
斎は悔しそうに拳を握り締めた。
「俺だって悔しいさ。本当は勝ちたかった。でも物事に優先順位があるのはわかってる。それに今は帝の様子がおかしい」
『……校庭の勝負の行方を僕達も確認しないといけないのは確かです』
斎は悔しさを隠すこともせず、無念の思いを込めて思念を送る。
『もしかしたら直樹先輩や雅人先輩の戦闘を見て、帝先輩は気付いたのかもしれません』
「何に気付いたんだ」
『あの先輩たち二人が、わざと負けようとしていることを』
「あー」
英司は思い当たる節がありすぎて、がしがしと頭をかく。
『まだ勝負はついていなくても、二人の戦闘の動きでそのぐらい帝先輩でも察知出来ます。藤先輩に勝利を譲ろうとしていることも』
「うわあっ、それってまずいよ、とってもまずい」
英司はうめいた。
「俺達が帝のことを裏切ろうとしてるって思われるかもしれない。本当は逆なのに」
『先輩の言うとおり、今は双子との勝負より帝先輩を優先すべきです。行きましょう』
斎はふっきれた顔で英司を見る。
二人はあわてて校舎の外に出ると、帝の姿を追って駆け出した。
『英司先輩、一旦僕達も戦況が見える場所に移動しましょう』
「よし。じゃあ門の近くに行くか」
入場門と退場門。
入退場で通る門の前には、流石に見物人はいない。
二人は門に近寄ると、DとE組が交戦している様子を見た。
「うわっ、なんか凄いことになってるぞ」
『そうですね。ここまでとは』
戦況を確認し、二人は絶句する。
二人の目の前には、巨大な氷竜と水の大蛇がいた。
五角形の旗取り合戦の外側の防御壁は、二体の巨大な魔獣同士のぶつかり合いでとんでもないことになっている。
父兄や生徒に危害が及ばないよう、合戦場全体は外側から職員が総出で防御壁を張るのだが、まるで特撮映画のような迫力ある巨大魔獣二体の対決により、その防御壁は維持するのがやっとの状態だった。
周囲には魔力が尽きて、校庭に倒れる職員の姿がある。
「あそこまでやるか、普通。直樹先輩ってあんな派手な戦いするような人じゃなかったと思うけど」
英司はどれだけ魔力を消費する気だろうとぼやいた。
当然強力な魔獣償還には、それだけ消費する魔力量もかかるのだ。
斎は眉をひそめる。
『それにどういうことでしょう。あっちの藤先輩が乗ってる魔獣は、直樹先輩の氷竜ですよ』
D組の砦となっていた氷竜。
それがどういうわけか藤昇を頭部に乗せて、大蛇の頭部に乗った直樹と戦っていた。
「あれはもしかして藤家の特殊魔法じゃないかな」
英司は訳知り顔で答える。
『特殊魔法ですか』
「藤家ってのは人形を操る魔法が得意な一族で、それの応用で人形以外のものも極めれば意のままに操れるらしいぞ」
『つまりあの巨大な氷竜を藤先輩が操っているということですか』
斎は初めて見る特殊魔法に、目を大きく見開いた。
『信じられない。藤先輩って実は僕達よりすぐれた魔法使いなんじゃないですか』
「そんな奴、魔族の世界にごろごろいるだろ。別にあの人に限ったことじゃないぜ」
英司は肩を落としながらため息をつく。
「俺達はまだまだ未熟だってことだよ、斎。これからもっと魔法の勉強しないとな」
『そうですね』
いつの間にか自分たちは分家の代表などと持ち上げられ、うぬぼれていたのかもしれない。
斎は改めてそんな自身に、身がひきしまる思いだった。
屋上に届くほどの巨躯を持つ二体は、何度も合戦の陣地内で体をぶつけあって対峙し、そのたびに大きな水滴やら氷の塊やらが雨あられと地上に降り注ぐ。
五角形の中にいる三年生たちは全員土魔法で壁を築いたり、防御魔法や結界で安全地帯を作って身を守っていた。
「Tシャツで寒そうだな、みんな」
『もう手遅れかと。見たところほぼ全員ずぶぬれで震えてます』
「雨だけじゃなく、氷やみぞれまで降ってるもんな。体温が奪われるのは必然だ」
気の毒に、と英司が中の三年生に同情した時、斎は校庭を見回して帝を見つけた。
『英司先輩、帝先輩がいました』
「どこだ」
『来賓席のテントの中です』
朝礼台のすぐ横に位置する来賓席のテント。
帝はそこに腰掛けて、難しい顔で勝負の行方を見守っている。
「俺達も行こう」
ためらうことなく、二人はすぐ帝の側に駆けていった。
来賓席に並んだパイプ椅子には、午後から空席がちらほら出ていた。
豪華弁当を食べたあと、すぐ帰った客もいたため、午前中より少し席が空いたのだ。
そんな席の一つに、帝は座っていた。
英司と斎は何も言わずにやって来て、それが当たり前のように彼の横に付く。
彼は二人を見ても、目で確認しただけで特に何か聞くことはなかった。
本当は茉理の事を聞きたかったし、何故今自分の側に来たのか問いたかった。
でも二人の自分を気遣う顔を見たら、そんな言葉は宙に霧散する。
後輩との勝負を捨てて、自分を守るように二人が側に来てくれたことを感じ、ただ純粋に嬉しいと思った。
空いてる椅子を引き寄せて、二人は帝を挟んで並んで座る。
目の前では激しくぶつかる二体の魔獣と、防衛している三年生たち。
その周囲には必死な顔で防御壁を貼る教職員。
「おーっほほほほっ、いいわ、良くってよ、昇」
「ぐ、苦しい……ゴホッゴホッ」
突然来賓席に甲高いダミ声と喉をつまらせてむせる苦しげな声が響き、英司と斎はそちらを向く。
長椅子に腰掛けたゆり子が興奮し、横のくまを思いっきり抱きしめて揺さぶっていた。
「あー……あれは流石に苦しそう」
『小坂先生、大丈夫でしょうか』
自分の担任がくまの中にいることを知っている斎は、先生の体調が心配になる。
帝はまったく気にせず、ただ目の前の勝負にだけ集中していた。
(やはりこの戦闘は直樹らしくない流れだ。あいつなら魔獣を奪われるなんてミスを本気で冒すはずがない)
氷竜はわざと昇に手渡した。
直樹の真の実力を考えたら、そう思ってしまう。
(何故だ、直樹。何故こんな戦い方をする。お前は何を考えているんだ)
帝の表情は、競技が進むにつれて曇っていった。
(まさかこのまま本当に……負けるのか、わざと)
あの嫌な話の通りに。
ここで藤昇が優勝し、自分は次期総帥から転落するというのか。
いつまでも勝負がつかないかに見えたDとEの戦いは、いよいよ大詰めに差しかかっていた。
昇が乗る氷竜が、今にも力尽きようとしている。
氷の巨躯にひびが入り、ミシミシと嫌な音を立てて広がっていった。
(このままいけば直樹の勝ちだな)
帝は心の奥で安堵する。
やはり自分の取り越し苦労だったようだ。
直樹は勝利を昇に譲るつもりはないらしい。
(自分の目で確かめて、正解だった)
そう思っていた矢先のことだ。
もはやここまでとばかりに氷竜は水の大蛇に突撃する。
長い首を思いっきり大蛇の喉元に突っ込ませ、そのまま上へ大蛇のあごをつきあげた。
バリンッと氷が割れる音が響き、渾身の一撃をはなった竜はコナゴナに砕け散る。
大小様々な氷の欠片が地面に向かって落ちてきた。
昇は浮遊魔法で空中に非難する。
この攻撃で大蛇の方も無事ではすまなかった。
喉元を思いっきり攻撃されたせいで、頭部のバランスが崩れる。
そして驚くべきことに、ここでアクシデントが発生した。
「何だと」
帝は思わず椅子から立ち上がる。
目の前の光景が信じられなかった。
直樹がバランスを失った大蛇の頭部から落ちたのだ。
まっさかさまに地上に落下する彼の姿。
「ええっ、嘘でしょ」
「直樹様が落ちた」
下で見ていたクラスメイトたちは、あわてふためく。
だがそれだけではすまなかった。
主を失った大蛇の滝のように流れる巨躯は直樹落下と同時に流れを狂わせ、体として動いていた大量の水がすべて物凄い渦巻きとなって落ちてきたのだ。
「うわあああーっ、流される」
「土壁が壊れた」
「助けて、誰か止めてーっ」
水の流れに巻き込まれ、三年生たちは陣地のあちこちに流されていく。
直樹の姿も荒れ狂う水流に飲まれて見えなくなった。
「凄まじすぎる」
『わざと落ちましたね、直樹先輩』
斎と英司はそれぞれ思う事をささやきあう。
『それ、わざとだって絶対帝に言うなよ。きっともうバレてるけどさ』
英司は横に立つ帝の驚愕する表情を見ながら、心配そうに斎に思念を送った。
呆然と勝負の行く末を見守る帝は、いきなりの展開に言葉も出ない。
(さっきのはあきらかに勝てる勝負だった。ではやはりそうなのか)
わざと直樹は、藤昇に負けた。
一体何のためにこんなことをしたのだろう。
帝は衝撃の事実に叫びたいのを堪えて、歯を食い縛る。
(まだだ。まだ雅人がいる)
C組は城に篭城していたため、ほとんど被害に遭っていない。
そして戦闘も行っていなかったため、魔力もしっかり温存していた。
対するE組は水が引いたあと、例のゆり子人形の金髪に赤と緑の旗がささっており、昇はそれを引き抜くと、全校生徒と父兄たちに向けて高々と掲げる。
この時点でE組の勝利が確定した。
直樹はD組の陣地の中央に流れ着いていて、自分で起き上がる。
こんな状況でもはずれない黒眼鏡の位置を直し、瞳に満足そうな光を宿した。
『お疲れ様、直樹君』
親友からのねぎらいの言葉に、直樹はC組の城を仰ぎ見る。
『まあまあだな。次はお前だぞ』
『もちろん。華麗に負けてみせるから、楽しみにしておいてよ』
自信たっぷりな彼の言葉に、直樹は頼もしいことだと返し、自分の陣地で待機した。




