26
れいとるいが保健室で話し込んでいる間、校庭に入場した三年生たちは各クラスに割り当てられた陣地に入り、理事長からルール説明を受けていた。
校庭中央に白い線で区切られた大きな五角形の陣地エリア。
中央にもう一つ小さな五角形の中立エリアを設け、その周囲を五等分にして各クラスに割り振っている。
英司は緊張しながら周囲を見回した。
(来年は俺達もここでやるんだな)
来年になったら、クラスの違う帝とやりあわないといけない。
楽しみでもあり、少し怖くもあった。
理事長の説明が終わると、かわって全体の総指揮を取る三年A組の担任芳賀先生が朝礼台に上がり、号令をかける。
職員が総出で外側の五角形の周囲に立つと、防御結界を展開させた。
同時に旗が配られる。
シンプルに五色の色のみを持つ旗は縦横30センチメートルの正方形で、素材は軽いポリエステル。
中立地帯の中央五角形に出現した5つの旗は、それぞれ宙に浮いた状態で移動し、1本ずつクラスの代表に渡された。
これから中で行われるのは直接攻撃はないものの、それぞれが契約している魔獣を償還して戦わせ、各クラスに配布されたクラスカラーの旗を奪い合うというもの。
当然それなりの戦闘が予想された。
各クラスの生徒達にも、周りで見ている父兄たちにも緊張が走る。
C組の陣地にいる雅人(中身は英司)も、それなりに身を硬くした。
後ろで騒いでいる雅人様応援団の声も、耳に入らないほど余裕がない。
『ふふっ、随分緊張しているね、英司君』
からかうような声が脳裏に響く。
肩でうまくフワフワの羽に隠れた金の蛙から発せられた言葉に、雅人(中身は英司)は更に身を緊張させた。
『当たり前です。これから三年生に混じってやりあうんですよ。当然直樹先輩とも戦わないといけないし』
上手く雅人を演じきれるのか、まずそこからして自信がない。
ばれてしまう可能性は限りなく高かった。
『大丈夫だよ。君のことを考慮して、直樹君と事前に色々取り決めてある。それに』
蛙(中身は雅人)は思念を続ける。
『君は前半がんばってくれればいい。後半は僕が元の姿に戻って戦うからね』
「えっ」
思わず声を出してしまい、雅人(中身は英司)はあわてて周囲を見回した。
幸い雅人らしからぬ声に気付く者はいなかったらしく、ほっとする。
『戦うって、先輩元の姿を見せたらやばいのでは』
『直樹君が1時間だけ元に戻っても大丈夫な薬を作ってくれたんだ。女の子に悲鳴をあげられても、1時間なら耐えられる』
『そうなんですか』
雅人(中身は英司)は、少し肩の力が抜けた。
『いざとなったら僕が出るから、心配しないでいるといい。作戦の細かいところは、あとでゆっくり説明するよ』
そう言われて、雅人(中身は英司)は首をかしげる。
『始まったら、もうのんびり会話は出来ないんじゃないですか』
『そんなことないよ。特に前半は僕達の出番はほぼない。砦造りも攻撃も他のクラスメイトたちに頼んでおいた。みんな快く引き受けてくれたよ』
蛙になっても小さな薔薇の花を口に咥えながら、雅人はピョコンと跳ねた。
『何しろ大物がどのクラスにも控えているからね。後半になればなるほどそっちとの対決になる。僕は秘密兵器として、大物対決をまかされてるのさ』
『そういうことですか』
『君は前半何もしなくていいよ。多少手を出さないといけないこともあるかもしれないが、僕がちゃあんと指示するから、よろしくね』
『わかりました』
そんな会話を二人でしている間に、着々と合戦準備は進んでいた。
「各クラス、戦闘準備開始」
芳賀先生の号令に、各クラスの防御役は次々とそれぞれの陣地に防御用の砦を築き始める。
(凄い)
雅人(中身は英司)は、魔法を駆使して周囲に造られた砦を感嘆の思いで眺めた。
A組は土魔法を結集させ、岩石を積み上げて高い塔を造り上げる。
また塔の周りは更に堅牢な防御柵が、やはり岩を組み上げて出来上がっていた。
塔のてっぺんに赤い旗がひるがえっている。
A組とは対象的に、B組は旗を守る砦は低くて小さな社だった。
だが周りは白い土壁で造った迷路のようなもので守られている。
迷路の道は細くて縦横無尽に曲がったりうねったりしており、直線的な攻撃は出来ないようになっていた。
社の中には黄色い旗が収められ、その周りは更に強固な防御結界が張り巡らされている。
うかつに旗に近づこうものなら、防御や罠の魔方陣に阻まれて並みの魔獣ならその威力に勝てるものはいないだろう。
D組は、他のどの砦よりも変わったものを出していた。
直樹の魔力で償還された全身氷の竜である。
校舎の屋上にまで届きそうなほど大きな竜は、そのうろこが突き出た氷の小さなスペースになっており、そこに防御役の生徒達が一人ずつ数名乗っている。
竜の頭部に直樹がいて、横に緑の旗がひるがえっていた。
(さすが直樹先輩だ)
これだけ大きな魔獣を出すなんて、魔力量を半端なく消費する。
クリスティ一族分家の血筋を受け、先祖から受け継いだ魔力の力がなければ不可能なことだ。
自分もそうなのだが、とてもここまで魔法の精度を練り上げて使えるのか、英司はまだ修行中で自信のない自分を思い、内心でため息をつく。
『おやおや、直樹君の魔法に圧倒されたようだね』
からかい混じりの蛙に、英司は思わずむっとした。
『すみませんね、修行不足で』
『そうだね。でもこればっかりは魔法の修行じゃ身につかないと思うよ』
蛙の言葉に、英司はどういうことなのかと首をかしげる。
『格上の相手との本気を出した戦闘経験が、君にはまったくないだろう。だからまだ自信がなくて、つい相手の雰囲気にのまれてしまう。こればかりは自分よりレベルが上の相手と本気でやりあって経験を積まないと、どうしようもないね』
『格上の相手ですか』
『そうそう、そういう相手と戦闘を何回もすれば、自然と心に余裕が生まれて虚勢を張る度胸も付くってものさ。これから嫌と言うほど経験値は伸びるから、心配しなくても大丈夫だよ』
『はあ、そうだといいですけど』
英司は少し自信なさげな表情を見せた。
『ほら、顔がくずれてる。君は今、華麗なプリンスたる伊集院雅人なんだからね。外見を意識しないと駄目だよ。変身魔法がばれてしまう』
『あー、はいはい。すみませんね』
修行不足で、と雅人(中身は英司)は、あわてて表情に笑みを浮かべた。
ちなみにそんな会話をしているうちに、C組の砦も完成している。
『これは……凄いですね』
雅人(中身は英司)はクラスの砦を見て、唖然とした。
それは白く美しい西洋風のお城だった。
輝くばかりにクラスカラーの白を強調し、おとぎの国にでもありそうな夢あふれる建造物となっている。
一体誰を意識してこの豪華なお城を建てたのか、それを思うと頭を抱えたくなった。
お城の上のバルコニーには燦然と煌く玉座風の椅子があり、その横に白いクラス旗がひるがえっている。
『さあ、英司君。出番だよ。華麗に浮遊魔法であのバルコニーまで飛ぶんだ。そして』
『ああっ、もう何しろって言うかわかってますよ』
雅人(中身は英司)はふわっと体を宙に浮かせ、白い玉座の前まで飛ぶ。
そして眼下に広がる校庭に向かって、ゆっくりと右手を振った。
「キャーッ、雅人様っ」
「白の王子様だわ。なんてお城がお似合いなの」
例の追っかけ集団から歓声が上がる。
(やれやれ。ま、このぐらいはしないとな)
雅人(中身は英司)はパチンと指を鳴らして、大量の赤い薔薇の花びらを出した。
そして自分が得意とする風魔法を駆使して、花びらを花吹雪のように美しく校庭中に降らせる。
「きゃーっ、素敵っ」
「雅人様―っ」
女の子たちが興奮して、叫び声は止まらない。
(本人みたいに気のきいた長ったらしい台詞は言えない分、演出力でごまかさないとな)
雅人(中身は英司)はそう思いながら、また得意げな顔を作って右手を振り、無理やり練習させられた投げキッスを送ってみた。
『おや、なかなかやるね、英司君』
蛙も満足そうな声で褒める。
『では最後の仕上げといこうか』
『え? 最後の仕上げって』
雅人(中身は英司)が怪訝そうに目を瞬かせるや否や、それは起きた。
英司が撒いた赤い薔薇の花びら一つ一つが、ぼっと発火したのだ。
それは花びらではなく赤い小さな炎となり、城の周囲をぐるりと囲む。
そして次の瞬間。
『えええええーっ、これってありですか』
英司は思わず思念で叫んでしまった。
美しい白い古城の周囲は、たちまち円形にぐるりと地面から炎が立ち上る。
まるで炎の壁に囲まれた不気味な城だ。
『あの、雅人先輩。もしかして今の姿で魔法は使えるんですか』
英司はおそるおそる問うと、もちろんと得意そうな返事が返ってきた。
『今の僕は君の側に寄りそうため、わざと変身魔法で蛙に変化している。レディに悲鳴をあげさせて蛙になった姿じゃないから、いつもどおりの威力で魔法を使用可能だよ』
『あー、じゃあもしかして俺って、ただ立ってればいいってだけなんじゃ』
『大正解。君に魔法を使わせるわけないじゃないか。僕は自慢じゃないが、風魔法は苦手なんだ。もし君に代わりに戦ってもらったら、僕じゃないってすぐばれるだろう』
『無駄に緊張して損した。そういうことは、もっと早く言ってくださいよ』
雅人顔の英司は、思いっきり脱力する。
自分が矢面に立って、直樹と前面対決しないといけないんじゃないかと思っていたからだ。
――もちろん上手く負ける前提で。
『その辺の打ち合わせとかこれっぽっちもなかったので、どうしようかと思ってました』
恨みを込めて思念を送ると、少し申し訳なさそうな声が返ってくる。
『ごめんよ、英司君。真剣な姿の君がつい可愛くてね。側で見ていたかったんだ』
『はああっ、可愛いって何ですか。男がそんな言葉もらって嬉しいとでも思ってるんですか』
『そんなに怒らないでおくれよ、僕にとっては君も帝も斎だって、みんな可愛い弟みたいなものなんだからね。この愛情あふれる兄心を、どうか理解して欲しいな』
『それを言うなら過剰かつ異様な愛情を向けられる弟分の気持ちだって、わかってくださいよ。まったく、いつも先輩はそうなんですから』
雅人(中身は英司)は一瞬ふくれっつらをしたが、今はそれどころではないと表情をあわてて戻した。
『それよりE組の砦は、また随分趣向を凝らしてるね』
雅人蛙のつぶやきに、英司はそっちに目を向けた。
(うわっ、あれはあれで凄いな)
E組の砦は野外劇場風に出来ていた。
背後を半円形の壁で覆い、その中にやはり半円形の舞台が張り出している。
舞台の上には様々な衣装を着た人形が立っていたが、一番異様なのは舞台奥の中央に立つ人形だった。
その人形は金髪の巻き毛をふさふさと垂らし、濃いメイクをした女王の人形で、真っ赤なドレスと背中には孔雀のような大羽を背負い、金のティアラをかぶっている。
『あれってもしかして』
英司のつぶやきに、雅人蛙は苦笑しつつ返事を返した。
『モデルはゆり子理事だろうね。自分の祖母に似せた人形とは恐れ入るよ』
青いクラス旗は、その女王人形が持っている。
つまりあの旗を奪うためには、女王人形を倒さないといけないのだ。
『なんか随分皮肉っぽくないですか、あれ』
『ま、あんなお婆様を持ってればこうなるかもね。僕だってうんざりして、人形でもいいから誰かに一度は倒して欲しいと思うだろうよ』
蛙の口からため息のようなものが出る。
『ということで英司君。あれに今までの僕達の恨みつらみをぶつけていいらしいからね。盛大に行こうか』
『そうしたいですけど先輩、わかってますか。あの人形はE組の総大将みたいなものなんですよ。俺達があれを倒してしまったら、E組は負けてしまう。つまり例の作戦が頓挫してしまうってことじゃないですか』
『ふふふ、大丈夫だよ。僕にはちゃあんと考えがある。あの人形もろとも今年でゆり子理事には表舞台からご退場願うとしよう』
何か考えているならまあいいか、と英司は思い、次の戦闘開始に備えて心の準備をした。




