25
選抜リレーが終わった段階で、それぞれのチームの得点が発表された。
1位はA組で、最下位はE組である。
だがこの点数は最後の競技三年生の旗取り合戦で幾らでも左右され、結局最後にこの合戦を制した組が優勝なのだ。
帝たちと別れて選抜リレーのアンカーを務めた英司は、こっそり物陰に入って雅人に変化する。
何食わぬ顔で三年生の並ぶ列に加わると、雅人と呼ぶ声がした。
「こっちだ」
隣のクラスの直樹が、手招きして呼んでいる。
側に行くと、彼は手のひらの上の物を雅人(中身は英司)に押し付けた。
「ほら、お前のだ。しっかり持ってろ」
「うっ……わかりました」
「じゃないだろう。もっと本人らしくしろ」
そうささやくと、直樹はがんばれ、と彼の肩を叩き、自分の列にきちんと戻る。
雅人(中身は英司)は、ふうっと雅人らしからぬため息をついて、手のひらの上の物を見た。
金色の蛙がちょこんと乗っている。
『やあ、よろしくね、英司君』
「うーっ、先輩。またこんな姿に」
『これはね、わざとだよ。君の側についているにはこの姿が一番だろう』
「そうですね」
『かちこちに緊張してるなあ。大丈夫だよ、英司君』
蛙は手のひらの上でぴょこんと跳ねた。
『とりあえず僕を肩の羽の上に乗せてくれ。手のひらよりふわふわで座り心地もいいはずだ』
『もしかしてこのために肩に羽をつけたとかじゃないですよね』
『ふふふ……いわゆる一石二鳥と言うやつさ』
『やっぱりそうですか。そのためだったんですね、この飾り』
英司はやれやれという顔をして、蛙を肩に乗せてC組に戻る。
すると背後からドンドンという大太鼓の音がした。
「みんなーっ、華麗に雅人様を応援するわよ」
「おーっ」
高い声が響き渡り、声をかけられた少女たちの歓声が青い空にこだまする。
「フレーッフレーッ、ま、さ、と、はいっ。フレーッフレーッ、ま、さ、と」
「フレッフレッ、ま、さ、と。フレッフレッ、ま、さ、と。おーっ」
(うわーっ、来たよ。追っかけが)
雅人(中身は英司)は、内心頭を抱えて逃げ出したくなった。
これが始まったら、自分は雅人のように彼女たちに華麗なお礼を言わないといけない。
(毎回やってはいるけどさ。もういい加減にして欲しい)
ひとしきり声援を送ると、彼女たちは期待のまなざしを雅人(中身は英司)に向けてきた。
『ほらっ、お礼だよ、雅人様』
『うっ、わかってますよ』
雅人(中身は英司)はせいいっぱい笑顔を作り、レディたち、ありがとう、がんばるよ、と手を振る。
「キャーッ、雅人様っ。がんばってーっ」
「応援してまーす」
「あ、ありがとう。レディたち」
そう言って、しばらく手を振ってから、雅人(中身は英司)はやっと腕を下ろして列に並び直す。
『おいおい、英司君。それじゃあ減点だよ。全然僕らしくないじゃないか』
『ごまかせたんだからいいでしょう。それより入場しますから、しっかりつかまっていてください』
落ちても拾いませんからね、と言うと、雅人(中身は英司)は入場用の軽快な音楽と共に校庭に入場した。
校庭に戻った帝と斎は周囲を見回しながら、とりあえず茉理らしい姿がないか目で追った。
[こうなったら後野さんを探すよりも、ターゲットを双子にした方がいいかもしれません]
斎は校舎の影に帝を連れていって、自分なりに考えた作戦を砂文字にする。
[見える形で僕達の前に後野さんとして現れる存在は、双子のどちらかが変化している可能性が高いです。そしてその姿は、いつも本命から僕達の目をそらすためのものです]
「そうだな。確かに」
[逆にそれを追うことで、双子の片割れを捕まえることが出来るでしょう。まず片割れを拘束し、あちらを一人にします。出来れば拘束するのは弟の怜がいい。彼が作戦を立て、兄はそれを遂行しているにすぎないから、司令塔を捕まえてしまえば兄はどう行動してよいかわからなくなる]
「思念会話は可能だろう」
[僕の魔法で遮断出来ます。二人の結束を断ち切れば、兄は一人で後野さんを守らなければいけなくなる。必ずあせって何か隙をみせるでしょう]
「わかった。ではとりあえず茉理の姿をした存在を探すとしよう」
[僕達を誘導するため、あちらは必ず僕達の前に後野茉理の姿で現れる。それを挟み撃ちで拘束しましょう]
更に斎は砂文字で付け加える。
[向こうの目を欺くため、これから僕は自分に透明化の魔法をかけます。僕自身が透明人間に自らなるとは、双子も予想していないでしょう。帝先輩の横に僕がいても、彼らは先輩一人だけがいると思い込む]
「少しでもあいつらの目を欺かないとな。あの連中にとっての例外は一つでも多い方がいいだろう」
帝は了承した。
二人は物陰から出て、茉理らしき姿がないか探し始める。
斎は姿を透明化させ、帝のすぐ横を歩いた。
しかし周囲の生徒たちにはまるで彼の存在は見えなかったので、帝が一人で歩いているとしか思えない。
「帝様、後野さんは見つかりましたか」
すれ違う生徒の幾人かに声をかけられ、帝は渋い顔でまだだと答えた。
先ほど昼休みにあちこちで茉理を探していると宣伝したため、彼が周囲に目を配っているのを見て、まだ会えていないと皆思うのだろう。
(どこだ、出て来い)
帝は茉理の姿をしたもの――双子の片割れを求めて、あちこち探し回った。
入場門の近くにさしかかったときである。
「帝せんぱーい」
突然上から名を呼ばれ、彼は父兄席の後ろから上を見た。
先ほど自分と斎がいた屋上。
そこになんと茉理がいて、手を振っている。
(本当に茉理か。いや、違う)
帝は彼女の立ち位置に注目した。
そこは先ほど自分と斎がたぬきのぬいぐるみと遭遇した、まさにその位置だったのである。
(あの茉理は偽物だな)
帝はそう断定した。
(また俺達をあそこに誘導するための姿か。そうはいかない)
誘いに乗っていけば、今度は何が仕掛けられているのか。
少なくとも今瞬間移動しても、茉理はいないだろう。
一瞬どうすべきか迷う帝の手を、そっと握るぬくもりがあった。
斎だ。
彼も茉理の声に気付いたらしい。
帝の目には見えないが、屋上にいる茉理の姿を確認したはずだ。
彼の手のひらに、そっと小さな砂文字が現れる。
[屋上には僕がこのまま行きます。姿が見えなければ、彼らは隙をみせるでしょう]
「わかった。俺も上がるか」
[いいえ、先輩はこのままあの姿を無視して、別な方へわざと向かってください。こっちに来るものだと思っている双子の考えとは違う行動を見せることで、彼らは作戦変更を余儀なくされる。そこに必ず何らかの隙が出来るはず。茉理姿の彼は、僕が行って確保します]
「よし。頼んだぞ」
二人は打ち合わせを終えて、帝は屋上にいる茉理を無視して、別方向へと走り出した。
斎は透明なまま瞬間移動する。
茉理の後姿が見えた。
どうやら落ち込んでいるようだ。
その横にもう一人、小柄な少女の姿がある。
(後野さん……どうして)
斎の目が見開かれた。
偽物というには、目の前の茉理はあまりにも本物そっくり――いや。
斎は息を呑んだ。
茉理の体が力を失って、思わず後ろに倒れそうになる。
それをあわてて側にいた緋色の髪の少女が抱きとめた。
「お姉様、大丈夫ですか」
「ご、ごめん。ちょっとくらっときて」
「貧血でしょうか。随分今日は動きましたものね」
心配そうに少女は、茉理の顔を覗き込む。
「どこかで休みますか、お姉様」
「ううん、大丈夫」
茉理は首を横に振り、少女に微笑みかけた。
その姿は間違いなく、茉理本人なのだと斎は確信する。
「なら良いのですが、無理はしないでくださいね」
少女はそう言うと魔法でステッキを出し、茉理を中心に半径1メートルほどの円を描いた。
何をしようとしているのか思い当たり、斎はあせる。
(防御結界か)
あれを完成されてしまえば、もう茉理には手が届かなくなってしまう。
急いで彼は、茉理を確保すべく透明なまま足早に彼女の背後に歩み寄った。
しかし次の瞬間。
目の前に黒いもやのようなものが現れ、彼を包み、視界を奪う。
(なんだ)
おどろいて足を止めた彼は、はっと気付いた。
(この黒い霧は……まさか何かの効果があるんじゃ)
すぐにそれは現れる。
体中を包んだ黒い霧は見えてはいないはずの斎の皮膚に吸着し、彼の神経をしびれさせる。
(くそっ……体が動かない)
頭では誰の仕業かわかっていたが、抗うすべが見つからなかった。
瞼が徐々に下がっていく。
(催眠効果まで付与してるのか。くっ、せっかく見つけたというのに)
あと数歩、腕を伸ばせば届く距離に求めていた存在がいる。
なのに手足が動かず、意識までもが奪われようしていた。
必死に魔力を練り上げ、抵抗しようとしている斎の体がふわっと霧ごと瞬間移動する。
(飛ばされる)
そう思ったときには目の前が変わり、彼は屋上から保健室へと移動していた。
保健室のベッドの上に、無理やり四肢を伸ばし、仰向けに寝かせられる。
最後に消え行く意識の狭間で、斎に聞こえたのは誰かの思念。
『あと一歩だったのに残念でした。でも良い線いってましたよ、遠野先輩』
ふふっと軽い冷笑が聞こえたのを最後に、彼の意識はそこで途絶えた。
(帝先輩……ごめんなさい)
自分を信じて今も校庭を走っているであろう彼のことを思い、心の奥で斎は謝罪する。
(僕ではかなわなかった。こんなにも彼らが強いなんて)
「終わったか、れい」
保健室にもう一人、赤い髪の少女が瞬間移動で現れる。
れいは振り返ると、自分の兄に右手でベッドの上を示した。
「問題ないよ、ほら」
保健室のベッドの上には、静かに寝息を立てる遠野斎の姿がある。
「確保に来たのに、自分が確保されるなんて、超笑えるぜ」
るいは笑いをかみ殺しながら、白い顔で眠る先輩を見た。
「そう言うな。けっこうさっきの危なかったぞ」
れいは、心の奥でひやりとするものを感じて目を細める。
「思ったよりこの先輩は要注意だ。眼鏡先輩ほどじゃないけど、頭がまわる」
「みたいだね。ま、お前ほど悪知恵が働くタイプじゃないけどな」
「まさか自ら透明になって接近してくるとはね。僕達の能力を見破ったのも、仕かけに気づいたのも、おそらく全部この人だ」
「へえ、なかなかやるじゃん」
「万が一を考えて警戒しておいて正解だったな。たぶんたぬきの一件で警戒して、屋上には誰も来ないと思ってたけど、意外と勘がいい……というか」
突然言葉を切り、怜は斎の顔を見ながら頭の中で思考をめぐらせる。
「おーい、れい。また考える人モードになっちゃってるのか」
動かなくなった弟を、るいは生暖かい目で見守った。
れいは時々深い思索の状態になり、周囲の物音や動きを完全に遮断してしまう時間がある。
数分後、彼はまた兄の方を向いた。
「推測だが、王様チームは攻略法を変えた。姫を確保するのは一筋縄ではいかないと踏んだ彼らは、まず僕達の確保を優先させることにしたってとこかな」
「へっ、なんでそんなことを。俺達捕まえても、ゲームクリアにならないじゃん」
狙いは姫姉ちゃんだろうに、と言うるいに、れいは続ける。
「たぶん確保対象は僕だろうね。指令塔を占拠すれば、もう下っ端に命令はいかない。混乱した下の人間はかならずぼろを出すから、そこにつけこんで姫を見つけ出す作戦を思いついた」
怜は髪の先端を指先で玩びつつ、斎を見てため息をこぼす。
「午前中、先輩たちが見ていた姫は、僕が変化した姿だと見破ったんだ。そして自分たちにわざと姿を見せる姫は偽物だと想定し、屋上にやってきて、姫――に変化した僕を捕まえようとしたんだと思う」
「狙いはわかったけど、だーれーがー下っ端だよ、こら」
るいがぷんすか怒ると、れいは表情を変えずに応じた。
「言葉のあやだ。気にするな」
「気にするよっ。ひどいじゃないか」
「別に僕はるいの事をそう思っていないよ。王様たちがそう考えてるんだろうって話さ。もっともその作戦を成功させて僕を確保したとしても、姫には手が届かなかっただろうけどね」
「えっ」
「だって僕を拘束したって、るいは彼らが思ってるような下っ端じゃない。僕がいなくてもあの人たち三人を翻弄して、姫を十分に守れるだろう」
自信に満ちた弟の声に、るいはたちまち機嫌が直る。
「ふふん、そうだよ。俺一人でも十分やれるもんねーだ」
(単純すぎる。ほんとちょろいよな、兄貴は)
心の中でれいはそんな事を思いながら、たちまち上機嫌のるいに言った。
「先に姫のとこに行って警戒しててくれ。そろそろ旗取り合戦が本格的に始動する。僕はここでもう少し考えてから行くよ」
「はいはーい。じゃあね」
明るくそう返事をすると、るいはまた瞬間移動で屋上に消えた。




