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陰謀だらけの魔法合戦(私立クリスティ学園シリーズ 魔法使いの生徒会編6)  作者: 月森琴美


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 無事に応援合戦が終了し、選抜リレーが始まった。

(あと競技は一つだけ。旗取り合戦のみだな)

 クラス席で昇は軽く肩を回す。

 正直自分でも無意識に体中が緊張していたようだ。

 実行委員長なんて体育祭が始まってしまえば、特にやることはない。

 だがもし何かトラブルがあれば、駆けつけて対応しなければいけなかった。

 いつ何が起こるかわからない、そう思っていたが、特に何事もなく無事に体育祭は進行している。

(あー、良かった。これでようやくお役ごめんだ)

 またいつもの日常に戻れる。

 気楽で平凡な生活に。

 そう思っていた昇の所に、ゆり子の使用人が一人、足早に近づいてきた。

「失礼します、昇様。至急応接室へ来ていただけませんか」

「何、どうしたの」

「その、ゆり子様が大変激怒しておいでで、穂積さんでも宥められず……」

「はあっ? 何そのメンドくさい状況は。穂積さんが無理なら僕が行ったって絶対無理。いいからお婆のご機嫌取りをがんばってって伝えてよ」

「お願いします。ちょっと今回は穂積さんでも難しく、このままではゆり子様の魔法で体育祭がめちゃくちゃにされてしまうかもしれません」

「そんなに怒るなんて、一体何があったのさ」

「それが実はクリスティ一族がらみのトラブルでして」

(嘘だろ、マジ関わり合いになりたくない)

 先ほどまでの良い気分が台無しだ。

 申し訳なさそうな顔をして頼み込んでくる使用人の姿も哀れをもよおす状態だったため、昇はしかたなく立ち上がる。

「行くだけだよ。僕で何とかできるかなんてわからないからね」

「ありがとうございます、昇様」

 気乗りしない顔で動き出した昇は、途中で藤間由美と出会った。

「あれ、藤先輩、もう移動ですか」

「そうじゃないんだけどね。お婆のご機嫌取りにいくんだよ。なんかすごく機嫌悪くて、僕まで緊急出動だってさ」

「大変ですね。がんばってください」

「そうだ、君、もう出番ないよね。ちょっと一緒につきあってよ」

「つつしんでご遠慮申し上げます」

「そう言わずにさ。旅の道連れは多い方がいいしね」

「行くならグルメか遊園地付きの楽しい旅行コースがいいんで、今回は辞退します。最近は一人旅も流行ってるんですよ。わたしに遠慮せずに、ぜひ楽しんできてください」

「わかった。それで手を打とう」

 そそくさとクラス席に戻ろうとした由美の腕を掴んで、昇は悪戯っぽく笑う。

「グルメと遊園地だね。それもつける。後日日を改めてになるけどさ」

「は? いや、別に日を改めなくてもいいです。開放してください」

「嫌だ。こんな高難易度クエスト、一人でなんて絶対嫌だあ。ね、由美ちゃん、ちょっと一緒にそこまででいいから」

「嫌ですってば……離してください」

「まあまあ、そういわずに」

 まるで悪い男にさらわれるかのように、ずるずると由美は手をひっぱられていく。

 結局つきあわされるはめになった彼女は、あきらめて昇の強引な誘導に従った。

「先輩、絶対外でナンパとかしないでくださいよ」

「え? しないよ」

「だったらいいですけど」

 若干頬を膨らませ、由美は思う。

 その気もないのに何も考えず、彼が外で女の子に声をかけたら、自分に気があるのかと誤解して、大抵の女の子はついていってしまうだろう。

 意外とぽよよよんとしている部分もある幼馴染だ。

 あとで騙されたとか、私が本命じゃなかったのとか大泣きされて、修羅場になりそうで怖い。

「だいじょうぶだって。こうやって誘うのは、由美ちゃんだけだからさ」

「……」

 由美はため息をついた。

 普通の女子なら、誘うのは君だけだ、なあんて言われれば、かなり期待してしまうものだろう。

 しかし由美は長年の付き合いがあるため、この言葉に何の意味もないことはよくわかっていた。

 本当に言葉どおりの意味だけ。

 なんにも深い想いはないのだ、この先輩は。

 本人無自覚でこういう台詞をいうものだから、最初の彼女と上手くいかなくなった話は知っている。

 クラスメイトの女子に言った何気ない一言が仇となり、その女子は昇から告白されたと誤解して、つきあってる彼女とトラブルになり、昇はいつの間にか三角関係の真っ只中に放り込まれて、結局解決出来ずに(というかどうしてこうなったのか本人がよくわかってなかったので、改善のしようがなかった)二人の女の子を泣かせてしまった。

 ちなみにその二人とも泣きの涙でいる時に、慰めてくれた別な男子とそれぞれ良い関係になり、結局最終的に昇は女子二人に振られるという男としてなんとも情けない体験をすることになったのである。

 そんな事を考えているうちに、応接室の前に来た。

「少々お待ちを」

 そう言って、使用人は応接室に入っていく。

 ほどなく中から執事の穂積が出てきた。

「穂積さん、女王陛下のご機嫌が悪いってどうしたの」

 一応聞くかというレベルの声で昇が問うと、穂積は困ったように顔をしかめる。

「それが坊ちゃま。今回は帝様から仕掛けてこられました。奥様はもう半狂乱でございます」

「えっ、帝様から」

 昇の顔が、さっと変わる。

 どうせ来賓同士のつまらない言い合いだろうと考えていただけに、本家から直接何かされたと聞いてただ事ではないと思ったのだ。

 由美も心配そうな顔になる。

 帝を敵にまわすのはまずいと先日昇から聞いていたので、彼女も藤家の未来はどうなるのか本気で考えてしまった。

「それで帝様と何があったんだ」

 口調が明らかに変わった昇に、穂積は先ほど来賓席であったことを話す。

「突然帝様が来賓席にお出でになり、来賓たちに挨拶をされ、最後に奥様の元へ来られました。挨拶自体は別に普通だったのですが、奥様が気に入って座らせていたくまの着ぐるみ、あれを帝様が奥様から取り上げておしまいになったのです」

「くまの着ぐるみって、ああ、あの等身大のやつか」

 昇は午前中、ちょっと来賓席に挨拶に行った時、ゆり子が大事そうにべたべたさわっていたくまの着ぐるみを思い出す。

「帝様がなんでまたお婆のくまを取り上げたんだ」

「さあ。なんでもくまの着ぐるみの中に入っている人間に用があるとか言ってました」

「で、くまの着ぐるみ自体はどうした。ちゃんと戻ってきたのか」

「はい。帝様たちが来賓席から出て、しばらくしたらまた戻ってきたんですが」

 穂積はハンカチを出して、額に溜まった汗を拭く。

「問題は何も言わず、いきなりくまの着ぐるみを瞬間移動させて取り上げたため、奥様は大変帝様にお怒りになりました。そして帝様に対し、侮辱するような言葉を投げつけたのです」

「うわーっ、それでどうなったの」

「帝様がついに切れて魔法攻撃しようとした時、横にいた遠野斎様が止めてくださいました。それで帝様は落ち着かれたのですが、それでは治まらない奥様が斎様にも暴言を吐いてしまいまして」

「ああ……最悪だね」

 昇はうめく。

「斎様は実に恐ろしいお方ですな。わたしは初めてあの方と対峙しましたが、見かけによらずでございます」

 穂積は思い出したのか、ぶるりと身を震わせた。

「斎様は砂で文字を空中に書き、奥様にこう言いました。[女王陛下、あなたにふさわしいのは砂の玉座です]と」

 思わず昇は目を瞬かせる。

「砂の玉座か」

 言いえて妙とはこのことだろう。

 確かに今、ゆり子が座っている場所は、さらさらと形を変えて崩れ落ちる脆い砂の玉座かもしれない。

「そしてその言葉通り、奥様が座っていた長椅子を魔法で砂に変えてしまわれ、奥様はその場で砂まみれになりました」

「それで半狂乱かあ。そのあとはどうなった」

「いいえ、それだけです。斎様は踵を返し、帝様を連れて来賓席から出ていかれました」

「で、あとには砂でご自慢の衣装やメイクを台無しにされて嘆く哀れなお婆が残された、と」

「はい。周囲のご来賓の方々も手を貸すどころか、密かに笑いをかみ殺していらっしゃいまして、それがまた奥様の逆鱗を逆なでし、このまま来賓席におられたら魔法でご来賓もろとも校庭まで吹っ飛ばしてしまいかねませんでしたので、とりあえずお着替えをと応接室まで瞬間移動いたしました」

「お疲れ様、穂積さん」

 硬い表情で、昇は言った。

「じゃあお婆の機嫌を取る作戦開始だね。大体の状況はわかったし、ここはしかたがないから僕が何とかするよ。悪いけど穂積さん、僕とお婆の二人だけにしてくれる? 僕が失敗したら応接室が吹っ飛びかねないし、他の人を巻き込みたくないんだ」

「わかりました」

 穂積さんは応接室に入り、他の使用人たちも全員廊下へ出す。

「じゃあ由美ちゃん、行ってくるね。もし僕が玉砕したら、骨は君が拾ってくれよ」

「縁起でもない冗談はやめてください。骨なんか拾いませんから」

 由美はぎょっとして続ける。

「このあとグルメと遊園地ツアーがあるんですよね。こんな所でわたしを置き去りにして、逃げるなんて許しません。一生恨みますよ」

 他にもっと言いようがあったかもしれないが、由美にはこれがせいいっぱいの励ましだった。

「あー、そうだった。忘れてた」

「忘れないでくださいよ、まったく。そもそもわたし、なんでここにいるんですか」

 本当に来た意味ないんじゃないの、と由美は思う。

 結局宥め役は昇一人で行くのだから、自分の出番はまったくなかった。

「んー、由美ちゃんは僕の癒し系だから、終わってからよくやったって言ってくれる役かなあ」

「なんですか、それ」

「だってがんばってもさ、いつも僕って誰からも褒めてもらえないんだよね。お婆は何かと僕の事自慢だとかよくやったとか言うけどさ、なんかそれって全然褒められてる気がしなくて、いつも嬉しくないんだよ」

「……」

「ま、そういうわけだからちょっと待ってて。すぐ終わらせるから」

 そう言うと、昇はドアを開けて応接室へ踏み込む。

 頼もしいんだか頼もしくないんだか、よくわからない背中を見送って、由美はため息をついた。



 ずるずる引っ張られて来たものの、結局取り残されて何の役にも立ってない自分に小さな苛立ちが募る。

 どうしようもなくて、由実は応接室の扉の前に佇んだ。

 横で穂積がこほんと咳払いをする。

「由美様、大丈夫でございます」

「え?」

「昇様はいざというときには大変頼りになるお方でございます。普段はああやって人畜無害な風を装っておいでですが」

「はあ。というか、もしかしてわたし、慰められてますか」

 どうして、と問いかけ、穂積を見ると、彼は妙に悟りを開いたような目で由美を見た。

「やはり想い人が死地に赴くのは、お相手としてご心配なものでございましょう。お顔が物語っておいでですぞ」

「え……ってええっ」

 由美は思わず両手で頬に手を当てた。

 窓ガラスの方を向くと、わずかに映る自分の顔はいかにも心配で深刻そうな表情である。

(い、いやいやいや、そんなんじゃないってば)

 誤解もいいとこだ、と訂正しようとしたが、穂積は更に温かいまなざしで由美を見た。

「いやあ、これで藤家の将来も安泰ですな。この穂積、大変嬉しゅうございます」

「ちょっと待ってくださいっ。一体今の流れで、どうしてそういうことに」

「だってこの窮地に、あの坊ちゃんが骨を拾ってほしい、慰めてほしいから待っててなんて台詞を言う女性など、そういうご関係の方しかいないではありませんか」

(ちーがーうー、誤解だよ、それ)

 由美は心の中で悲鳴をあげた。

(さっきの言葉には、本当に深い意味なんてないんだってば。ああ、もう。昇おにいちゃんはどうしてこう人に誤解させる事ばっかり言うのかなあ)

 つい思考の中で、昔呼んでいたおにいちゃんが出てしまったが、由美は別な意味でこの場から今すぐ立ち去りたくなった。

(こんな誤解を受け続けてたら、いつか本当に誤解で昇おにいちゃんと結婚式をあげるはめになるかもしれない)

 あの昇の事だ。

 最後はのほほんと笑って、まあ、君ならいいか、と冗談でも言って欲しくない台詞を投げて、押し切られるまま式場へ由美をひっぱっていきかねない。

 そして自分の人生は――。

(いやあああーっ、それは嫌だ)

 由美はそんな場面を頭の中で妄想し、心から悲鳴をあげる。

 同時に思った。

(絶対、絶対にマトモな彼氏を作ろう。出来るだけ早く)

 よくわからない決意を胸に、由美は昇がゆり子の説得を終えて出てくるのを待ち続けた。




 昇が入っていくと、まず目に付いたのは応接室にある立派なソファ一式が見事に床に倒されて、ズタズタに切り裂かれている光景だった。

(うわーっ、この椅子高そうなのに。あとでおやじが悲鳴あげそうだ)

 幾ら弁償しないといけないのか、と思いながら見回すと、うっうっうっ、グスンと鼻水をすすりながら倒れたソファの陰で泣いている長髪の女がいる。

 その姿はさながらホラー映画で井戸から出てくる女の幽霊みたいで、正直昇はぞっとした。

 顔はドウランとアイシャドウが流れに流れてひどいありさまだし、側によって直視するのに心の準備が必要である。

 やたら色が鮮やか過ぎて目立つ十二単も不気味さを演出した。

 その場から裸足で逃げ出したいくらいの心をぐっと抑えて、昇はゆり子に歩み寄る。

「あの……女王陛下」

「うっうっ、昇、わたくしの騎士のぼるうっ」

「うわっ、ちょっと」

 近づいた昇に、ゆり子は委細かまわずがばっと抱きついた。

 勢いで床にしりもちをついてしまったが、昇はなんとかゆり子を抱きとめる。

(うっ、肩に白粉と鼻水が……気持ち悪い)

 心の中でそうは思うが、ここで突き飛ばして距離を取るわけにもいかず、昇は我慢して祖母を抱きしめた。

「聞いてちょうだい。あの本家の小僧が、小僧が、よりにもよってわたくしのお気に入りのくまちゃんを奪い取ってしまったの。あんなに可愛いくまちゃんを、ひどいでしょう」

「あー、はいはい。ひどいですね」

「それだけじゃなく、あの遠野の呪い持ちもわたくしのことを馬鹿にしたのです。そしてわたくしの椅子を砂なんかに変えてしまって……わたくしを砂まみれにしたんですよ。なんて侮辱、屈辱のきわみですわ」

「そーですね。それは大変でしたね」

「それだけではありません。砂まみれになったわたくしを見て、皆が指差して笑ったんですわ。さそかし滑稽だったでしょうよ。わたくし、こんな恥ずかしい目にあったのは生まれて初めてでですわ」

「それはそれは。……えーと、どうしよう」

 かける言葉が見つからず、昇は困ってしまう。

 そもそも悪いが、普段女王気取りで高慢に振舞っている老女を慰めたいという気持ちは一片も沸いてこない。

 むしろ普段の行いが悪いからこんな目に合うんだよ、とまで思ってしまうほどなのだ。

「うっうっうっ……昇や、昇。わたくし、悔しくてしょうがありません。こうなったら復讐です。あいつらに身の程をわからせてあげないと。このわたくしに逆らうことが、どんなに恐ろしい結果を生むか特と知らしめる必要がありますわ」

「はあ。まあ、それで女王陛下のお気が済むんならやりますけど」

 昇ははあっとため息をつく。

(しょうがないなあ。適当にやって終わらせようと思ってたんだけどなあ)

「女王陛下。あなたのご無念は、この昇が次の合戦で見事晴らしてご覧にいれましょう。なのでお化粧を直して、どうぞお席にお戻りください。必ずや我が手で勝利の栄光をお捧げいたします」

「本当ですか、約束ですよ、昇」

 ゆり子の涙はぴたっと止まった。

 顔を上げ、彼女は恐ろしく崩れたメイク顔でにたあっと笑む。

「必ずわたくしの無念を晴らすのです。良いですね」

「はい。全力でクリスティ一族を叩きのめすと誓います。この勇姿をしかとご覧くださいませ」

 昇はそう言うと、力強く彼女のシワだらけの手を握った。




 昇が入ってから15分ほど経ち、応接室の扉がまた開いた。

 彼が疲れた顔で、中から出てくる。

「穂積さん、女王陛下のお召し替えを頼むよ」

 あーっ、疲れた、そうつぶやきながら、昇は穂積に言った。

「昇様、ありがとうございました。それと由美様の事、誠におめでとうございます」

 穂積はにこにこと笑みを浮かべてそう言うと、使用人たちと応接室に戻っていく。

「へっ? おめでとうって何だよ」

 目をぱちぱちさせる昇に、由美は内心ため息をついた。

(これだもんなあ)

 説明したところで本人に自覚がなければどうしようもない。

 とにかく由美は近づいて、自分に課せられた役目を果たすことにした。

「先輩、お疲れ様でした。先輩のおかげで丸く治まって良かったですね」

 穂積さん、喜んでましたよ、と務めて明るい声で言うと、昇ははあああっと大きなため息をつく。

「ちっとも良くないよっ。ああ、もう最悪だ」

「どうしたんですか」

「由美ちゃん、マジ僕もう嫌だ。二人でここから逃げよう」

「逃げるって言われましても、一体どこに」

「ここでない場所ならどこでもいい。とにかく君と二人で、どこか静かな場所に行ってのんびりしよう。もう誰にも邪魔されたくないんだ、僕の夢であるスローライフを」

「はあ」

 由美は彼の相変わらずのぐちに、ため息しか出なかった。

(これだもんなあ)

 周囲から見たら誤解されるしかない台詞の数々だが、正直そういう意味はこれっぽっちもない。

(きっと何か嫌な事があったんだろうな、ゆり子様との間で)

 そう思い、由美は昇の腕を掴んだ。

「ではどこかに行きますよ。とりあえず校庭に」

「嫌だああ、行きたくない。校庭には行きたくない」

「じゃあどこがいいんですか。ああ、入場門なんてどうでしょう」

 そろそろ三年生は集まってると思いますし、と彼女は彼をひっぱる。

「そんな僕が一番行きたくない場所に連れていかないでくれ」

「じゃあどこがいいんです?」

「……とりあえず僕のクラスに行こう。少し座って休みたい」

「わかりました」

 由美はそのまま同じ階にある三年E組の教室に入った。

 当然生徒は誰もいない。

 がらんとした教室で、昇は自分の席に座るとべたあっと机に突っ伏した。

「ああ。冷たくて気持ちいい。ずっとこうしていたいよ」

 由美は黙って窓辺に寄ると、校庭の様子を確認する。

 選抜リレーは勢いよく始まって、もうすぐアンカーが走り出そうとしていた。

 昇はしばらくそのままの姿勢で、動こうともしない。

 由美は近くの椅子を机から引きだすと、とにかく座って待つことにした。

「由美ちゃあん、何か言ってよ」

「何を言いましょうか」

 力なく突っ伏す昇に聞くと、じゃあ昔話でもして、と頼まれる。

(相当参ってるわね)

 完全に現実逃避したいと願っている状態だ。

 しかたがないので、由美は昔話を始める。

「昔々、えーとおじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯にいきました」

「うんうん、それから」

「おじいさんが山に入ると光る竹がありました。それを割ったら女の子が出てきました」

「……あれ。そうだっけ」

「おばあさんが川で洗濯をしていると、川上から大きな桃がどんぶらこどんぶらこと流れてきて、割ったら中から男の子が出できました」

「あー、そうだね、それだ」

「夕方、帰ってきたおじいさんとおばあさんは、それぞれ赤子を連れて家に戻ったため、家で二人は大喧嘩になりました」

「あれ? けんかって」

 由美はめんどくさくなったので、強引に話を終わらせようと思い、適当に創作した。

「二人とも浮気して隠し子がいたとお互いに誤解しあい、とうとう二人は別れて別居、それぞれ拾ってきた子どもを育てて幸せに暮らしました。おしまい」

「……由美ちゃん、めんどくさくなったんでしょ」

「はい。ついでにいうなら一番めんどくさいのは、目の前にいる先輩です」

「ううっ、わかってるよ、ごめん。つき合わせて」

「グルメと遊園地、それにスイーツも要求します」

「わかったわかった。今度行こう」

 そう言うと、昇は苦笑しながら顔を上げた。

「ごめんね、ほんと。なんかさ、色々重過ぎてね」

 彼はまたはあっと大きなため息をつく。

「次の旗取り合戦、どうせ伊集院雅人か森崎直樹のどっちかが優勝するし、へたに抵抗せず適当に負けようか、なあんて思ってたんだけど」

「本気、出すんですか」

 滅多にない昇の表情に、由美は息を呑んだ。

「お婆に全力を尽くすって約束しちゃったんだよね。だってリベンジしたいってきかないし。あの人に好き勝手やらせたら、本気で死人がでかねない」

「それはそうですね」

「多分そうなったら、死人はあの人本人だろうね。クリスティ一族が本気で排除する気なら、お婆も藤家も一掃される。面倒だけどやるしかないよ」

 昇はあーあと伸びをする。

「僕が勝てば、あの人の気が晴れる。あまり気乗りはしないけど、建前上は正々堂々やって勝てば、クリスティ一族も文句はいえないでしょ」

「勝てるといいですね。応援してます」

「ありがと、由美ちゃん」

 そう言うと、昇は立ち上がった。

「じゃ行こうか。ありがとね、つきあってくれて」

「どういたしまして。これもグルメと遊園地とスイーツのためですから」

「ははは、そうだね。わかってるよ」

 僕にはそういう言い方がすごく安心するんだよ、と彼はつぶやき、二人はそろって校庭へ向かって教室を出た。

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