18
校庭いっぱいに広がる色とりどりの布リボン。
五色のクラスカラーに包まれて、リボンを手に踊る二年生女子たちに大きな拍手が時折送られる。
曲はバイオリンの名曲チゴイネルワイゼンをアレンジしたもの。
だがそんな美しいダンスもそっちのけで、三人はクラス席、父兄席などを必死に見回っていた。
「くそっ、いないぞ」
「おかしいな。斎、お前の探知魔法でも気配を探れないのか」
『はい。全然後野さんの反応がありません』
斎は力なく返事を返した。
「つまりあいつは探知魔法では感知出来ない場所にいるということか」
帝は考え込む。
「探知魔法が効かない場所なんてありましたっけ」
英司の問いに、斎は思念で返す。
『学園内は基本的に探知出来るはずです。でもそれが不可能ということは、意図的にそういった場所を作って、後野さんをそこに隔離している可能性があります』
「わざとそういう場所を作る……か」
『それも後野さんがそこにいることに納得している場所です。彼女にはゲームをしている事は明かさないことになっているはず。極めて自然にその場所に後野さんを誘導し、留めておく必要がある』
「そんなことって可能なのか」
英司は頭をひねった。
『僕にもよくわからないんです。もう少し校庭や校内のことについて考えたい。何かひらめくかもしれないし』
斎は小さく微笑む。
『ちょっと一人で探してみてもいいでしょうか』
英司が帝に斎の思念を伝えると、彼はうなずいた。
「いいだろう。どうせ俺達はこの次の綱引きに参加しないといけないからな。俺と英司はこの辺をあと少し探してから入場門に行く。お前は俺達とは別行動で動くといい」
『ありがとうございます』
斎は一瞬笑みを見せると、すっと瞬間移動でどこかに消える。
「俺達はもう一度周辺を探すぞ」
帝の言葉に英司はうなずき、二人は左右に分かれて父兄席を校庭にそって外側から回って探索した。
同時刻。
校舎4階の理事用応接室に人影があった。
何故か本部席のテントに座っているはずの理事長が4階に現れ、応接室から大きな白い箱を抱えて隣の理事長室に移動する。
理事長室の奥の机の下に箱を押し込むと、理事長はふっと姿をゆらめかせた。
次の瞬間、そこには黒髪ツインテールの少女が姿を現す。
(瑠衣の奴、上手くやってるかな)
そっと理事長室の窓から下の校庭を見下ろすと、来賓席のテントが見えた。
ここからだとテントの屋根部分しか見下ろせず、下で何をやっているのかよくわからないが、何の連絡も来ないところを見ると、予定通りに進んでいるのだろう。
(もうすぐゆり子理事のお色直しか)
怜は自分が応接室から持ってきた箱をちらりと見た。
ゆり子理事は衣装持ちで、体育祭でも何回か着替えてみなの前に姿を現す。
怜がこっそり応接室から移動させた箱は、すべてゆり子の衣装だった。
着替えるために応接室に来たら、衣装が無くなっていた。
ゆり子が激怒する様子が目に浮かぶ。
(姫には出来るだけくまの着ぐるみ装着をし続けてもらわないとな)
今朝、門の前でちょっとしたパフォーマンスをやり、くまの着ぐるみを着た茉理を側に立たせた。
そして校門にゆり子理事が到着した時、大好きなくまの王子様風着ぐるみが目に止まるように仕向けたのだ。
作戦通り、ゆり子はくまの着ぐるみに夢中になり、来賓席での同席を希望。
茉理に理事の機嫌を損ねると大変な事になる、と言って説得し、お人好しの彼女は自分の参加種目以外の時間は、着ぐるみの中に入って来賓席でがんばってくれている。
でもそれがいつまで持つか。
ふとしたはずみで、茉理が着ぐるみはもう嫌だと言うかもしれない。
それを阻止するためには、どうしても着ぐるみを着ないといけない状況を出来るだけ作り出す必要があった。
(今のところお人よしで困った人を見過ごせない性格を利用して、着ぐるみ装着に成功している。この状態を維持するためには、もっと着ぐるみ姿が必要な事態に持ち込まないとな)
一番手っ取り早いのは、ゆり子理事の機嫌を最悪なほど悪くすること。
そうすれば宥めるためにお気に入りのくまの姿が一番だとか言って、彼女をくまの姿でいさせることが可能だろう。
(次の競技は綱引きか)
怜は理事長室の窓から校庭の様子を伺いながら、次の種目について考えた。
(全員参加の催しだから、当然王様チームも参加だな)
茉理探しは一旦中断して、自分のクラス競技に出るはずだ。
(そのあとが問題か)
最初から勝敗の予想がつかないため、茉理や先輩たちがどう動くかわからない。
一応何通りもの行動パターンを想定して策を練ってはあるが、ここはその場で判断して動かないといけないだろう。
二年生女子のダンスが終わり、拍手と共に退場していく。
かわって用具係が大綱を二本ひっぱってきて、校庭中央に配置した。
(そろそろ行くか)
これから校庭に潜んで、茉理の綱引き競技が終わったら彼女の側に寄り、茉理を瞬間移動させたのちに自分が茉理の姿に変化して、彼女がさもいるようにみせかける予定である。
そのまま退場して帝たちに捕まったら、その瞬間別人に変化して茉理ではないと示せば良い。
(王様たちは視覚に頼りすぎてるな。目の前に見えるものだけ追っていても、僕達の作戦は敗れないぞ)
そんな事を考えながら怜はまた理事長の姿に変化すると、何事もなかったように理事長室を出て行った。
校庭では綱引きが始まった。
一年生から順番に対抗戦で綱を引く。
帝は待機しながら、一年A組を見た。
さきほどまで必死に探しても見つからなかった茉理が、今目の前で必死に綱をひっぱっている。
(どうなっているんだ)
待機の時間は姿を完全に消し、競技の時には必ず現れる。
(どうしたらそんなことが出来るんだ)
茉理の動きが完全に読めない。
帝は今、手を伸ばせればと思う気持ちを必死に抑えながら、茉理たちが綱をはなして勝利の喜びを体で表現しているのを見た。
(勝ったか。これで二回戦進出だな)
負けた組から、校庭外側にあるクラス席に戻らなければならない。
もし茉理がいち早くクラス席に戻ってしまい、自分が勝ち続けて校庭にいなければいけなくなったら、茉理に手を出せない時間が増えてしまうことになる。
そんな事を思いながら、帝は自分のクラスの番が来たので綱の側に近寄った。
対戦相手は1年E組だ。
斎がすぐ目の前で帝と対峙している。
細い腕でしっかりと綱を握り、その瞳には闘志が漲っていた。
その姿に、たかが綱引きと考えていた帝の心にも勝負への熱が上がる。
(いいだろう。お前の心意気、受けてやる)
魔法の勝負ではないが、戦いは戦いだ。
手を抜いて負ける気持ちは1パーセントもない。
合図で同時に綱を引く手に力を込め、思いっきりひっぱる。
数回の力の押し合いの末、帝たちのクラスに軍配が上がった。
横で喜ぶクラスメイトの歓声を聞きながら、帝は肩で息をし、向かいで同様の状態でいる斎を見た。
負けてしまったことに悔しそうだが、それでも全力を出し切った彼の瞳はとても輝いている。
そのことに満足して、帝はにやりと笑むと、綱から離れた。
次は三年生の番になる。
英司の組も勝ったようだ。
彼もクラス席に戻らず、校庭に留まっている。
帝は所定の位置に戻って待機しながら、英司に思念を送った。
『斎に次の出番まで茉理をマークしておけと伝えろ。俺達より早くあいつが負けてクラス席に戻ったら、速攻で確保だ』
『わかりました』
英司は斎の方を見る。
校庭からクラス席に戻りながら、斎は小さくうなずいた。
少しほっとして帝は三年生の綱引き勝負を見守る。
時折茉理に視線を送ると、彼女はちゃんと校庭にいて、友達と楽しそうに話をしていた。
その姿に先ほどの信じられない逃避行がよみがえる。
(一体なんであいつを見失った)
考えてもよくわからない。
瞬間移動は、文字通り一瞬で目的地に移動する。
それ以上の速さで彼女が移動できるなんてことはありえない。
まして茉理は魔力ゼロ。魔法など使うことは出来ないし、普通の少女に魔法を使わせる方法などないことを帝はよく知っていた。
(データで見る限り、正直使える奴らには思えなかったが、これはかなりやるかもな)
これまでの経過で、彼は双子たちのことを少し見直さねばならないと思う。
(あいつらは雅人と直樹が将来を見込んで推挙してきた人間だ。なめてかかるとこっちがやられる)
最初は小学生でこのデータなら、こっちは余裕で勝てると思っていた。
だが勝負が始まって数時間経過したが、むしろ帝たちの方が翻弄されている。
茉理を捕まえるどころか所在さえつかめない。
しかも彼女は完全に気配を消しているそうだ。
(斎の探知魔法にひっかからないとはな)
斎は遠野家の血を引き、土魔法に関しては帝たちよりも才がある。
探知、防御にすぐれ、攻撃にもかなりの威力を発揮するのが土系の魔法だ。
他に物質を加工したり、魔法を物に付与したりする工業系にも優れている。
(校内で探知にひっかからない場所か)
そんな場所があっただろうかと帝は綱引きの順番が来るまで、必死に頭の中で学校の見取り図を思い浮かべて考えをめぐらせた。
斎はクラス席に戻って、ずっと茉理に視線を注いでいた。
『どこかで彼女は煙のように消えるはずだ』
綱引き自体は必ず参加するだろうから、勝負に負けた時に何か仕掛けてくるはず。
斎はそう思い、彼女が二回戦で負けてクラス席に移動するのをじっと観察していた。
ばらばらとみんなが残念そうに移動する中、茉理も一緒にクラス席に向かっている。
後ろにいた赤いTシャツの少女が茉理に話しかけて、その背中に手を当てた。
次の瞬間。
『あっ』
斎は思わず座っていた席から立ち上がる。
他のクラスメイトに紛れて、ほんの一瞬茉理の姿が消えたのだ。
わずかな時間だったが、彼は見逃さなかった。
そして彼女が消えた瞬間、背中に手を当てた少女の姿は後野茉理に変化する。
何食わぬ顔で茉理に変化した少女は、そのままクラス席に座った。
『入れ替わった。今、あそこに座っているのは後野さんじゃない』
斎は目で茉理の姿を追うと同時に、自分の探知魔法を展開させていた。
視覚だけでなく、探知能力で彼女の気も探っていたのだ。
『こうやって後野さんを隠していたのか』
斎はどうして自分達が彼女を見失っていたのか原因に気付く。
『あの子たち、変身魔法と瞬間移動魔法を使える』
ということは――。
(次は確か三年生女子のダンスだったよな)
確認しないといけないことが出来た。
斎が校庭を見ると、英司は負けたらしくクラス席に歩いている。
今は大丈夫だろうと思い、斎は英司に思念を送った。
『英司先輩、確認したいことが出来ました。綱引きが終わったら、生徒会の全員で屋上に集合出来ないでしょうか』
『全員? 直樹先輩と雅人先輩もか』
『はい』
英司が驚いた顔をしているのが見えた。
斎は彼の側に駆け寄ると、その目を見てうなずいた。
『お願いします。帝先輩も全員集合してください』
『わかった。でも勝負はどうするんだ。後野さんを捕まえないといけないだろ』
英司は1年A組の席にいる茉理の姿を見ながら問う。
斎は首を横に振った。
『あそこに今座っているのは、後野さんではありません』
「ええっ」
英司は思わず声を出してしまう。
斎はA組にいる後野茉理の偽物の方をちらりと見て、こちらを何気に伺っていることを感じ、英司に思念を送った。
『声は控えめにお願いします。あの偽物は僕達の動きを監視している』
『そんな馬鹿な。じゃああれは』
英司の思念に斎はうなずいた。
『どちらかはわかりませんが、双子の片割れでしょう』
『でもさ、あの二人は確か瞬間移動とか変化の魔法とか使えないんじゃなかったか』
英司が双子のデータを思い浮かべて問う。
『お聞きしますが、英司先輩が受け取った双子のデータはどんなものでしたか』
『ちょっと待ってろ』
英司は瞬間移動で自分のクラスに行くと、小型PCを鞄から出して校庭に戻る。
蓋を開けて、すぐに双子のデータを出すと斎に見せた。
斎の表情が瞬時に険しくなる。
『な。兄貴の方がかなりお馬鹿で、弟の方は頭がいいけど魔力はほとんどない。おまけに発育障害で身長が120センチメートルしか伸びなかったそうだ』
英司の説明に、斎はPCの画面を睨み、更に表情を強張らせた。
『やっぱりだ。僕の予想通りです』
彼はため息をつくと、顔を上げて英司を見る。
『屋上への集合、連絡してください。詳細はその時に話します』
『わかった』
英司は了承して、生徒会の全員に通達した。




