あきらめ
「亡くなるまで?それじゃ、おれはもう魔法が……」
「ほとんど使えないだろう。魔石の封印が解け、魔法の覚醒をうながしやすい状況にある事を考慮に入れても、そんなところだ」
「そんな…!」
「現実とは非情なものだ。強い意志があっても、思い通りにいかない事のほうが多い。あとは、考えかた次第だ。魔法を使いこなせる人間は、一握りの人間だけだからな」
ソルシャインは鋭い視線をアルへと送りながら、一歩前に出た。水色の髪が、わずかに横へと揺れ動いた。
「力を失って運がなかったと思うか、今までが運に恵まれていたと思うか、どうとらえるかは貴様の自由だ。それでも強さがほしいのなら、もう魔法にはこだわるな。武術や知略を磨く事もまた、一つの強さのあり方といえるだろう」
「強さの……」
「無理をして全てを手に入れようとすれば、何も身につかぬ事になる。人生とは選択の連続だ」
「そうかもしれんのう。アルにとってはつらいじゃろうが、踏ん切りをつける、いい機会かもしれんな」
「ああ。ロンさんの指導を受けながら力をつければ、魔法がなくても後方支援はできるだろう」
「そうだな。直接的な戦闘や危険な調査は、おれ達にまかせてくれればいい。仲間が一人増えるだけでも、大助かりだからな」
レシオン達は笑顔を浮かべながらアルに近づき、優しく声をかけていた。
「ここからまた、新しいスタートじゃな」
「あ、ああ……」
アルは背中を丸めながら小さくうなずき、ぎこちない笑顔を作っていた。
「フハハッ!こいつはいい!ただの野菜が、ここまで刺激的になるとは!」
「うむ!おぬしの酒もいい味じゃのう!酒場を開けば、きっと儲かるぞ!フォッフォッ!」
ロンは頬を赤らめながら、ソルシャインのグラスに赤い液体を注いだ。テーブルの上にはたくさんの料理が並び、香辛料を混ぜた野菜の炒め物から、食欲をそそる匂いが広がっていた。
「これだけのスパイスがあれば、あれができるかもしれんな!ちょうど、豆の栽培が軌道に乗ってきたところだ!明日の朝は、仕込みをせねばな!」
「おお!ダイダルで食べたあれか!四角くて柔らかくて、確か、麻婆……いや、楽しみじゃわい!わしも協力するぞ!」
「すっかり意気投合してしまったな。ロンさんの変なこだわりが、こんな所で役に立つとは」
「だが、ありがたいよ。おかげで話がスムーズに進んでいる。おれ一人では、こうはいかなかっただろう」
「……」
アルはレシオンの隣に座りながら、透明なグラスに入った水をゆっくりと飲んでいた。表情に笑顔はなく、イスの背もたれに体を傾けていた。
「どうした、アル。早く食べないと、なくなってしまうぞ?」
「え?あ、ああ。そうだな。レシオンも食べろよ。ロンのやつ飲み過ぎてるから、今のうちがチャンスだぞ」
「わしが思うに、味覚というのは、言葉で表現できる限界がある!一口食べただけで広がる、酸味や辛さ、ほのかな甘み……それらを高いレベルで兼ね備えているのが、スパイス料理じゃ!」
「そうだ!貴様はよくわかっている!だが刺激とは相対的なもので、薄味に慣れてしまえば、なんでも濃く感じてしまう!そこに甘えていては、広がりがない!」
「うむ!やはり、ただ辛いだけではだめじゃな!そこが難しい!毎日食べても納得できる味にするには……」
「なんか、ついていけないぜ。ちょっと、風にあたってくるよ」
アルはテーブルに両手をつき、静かに立ち上がった。
「食べないのか?」
「いや、すぐに戻るよ。レシオンはなんともないのか?なんか、体が熱くて。確かに美味いけど、ちょっと辛すぎるぜ。それじゃ!」
分厚い木のドアを右手で開けながら、アルは部屋の外へと出ていった。粉雪の混じった冷気が、一瞬だけ部屋の中に入ってきた。
「アル……」
「色々と、思うところがあるのかもしれないな。突然の事だから、無理もないが」
ルーナは目を閉じながら、グラスに入った水をゆっくりと口に含んだ。ツインテールの髪を、天井のランプが黄色く照らしていた。
「レシオン、その、協力者とはどこで合流するんだ?」
「帝都に入れば、中央広場を抜けた先に古い地下道があってな。そこで落ち合う予定になっている。宮殿に直接向かってもいいが、まず間違いなく拘束されるからな」
「そこで、穏健派の情報を?」
「ああ。手に入るはずだ。そのまま神殿へと向かおう。あとは、なんとかフォルデルグと連絡を取りたいところだが、さすがに難しいか……」
レシオンの表情が固くなっていった。
「例の宰相か。建前上は、特別外交特使だろ?連絡くらいできないのか?」
「表向きのものならな。だが、そこには監視の目がある。裏でフォルデルグの真意を確かめたいが、まるで隙を見せない……フッ。だからこそ、信頼できるともいえるが」
「つまり、老いた時に食べられるかどうかで決まるというわけじゃな?」
「そういう事だ!食欲の衰えた老人は、一つの指標だ!本当に美味い料理なら、それがわかる!」
「なるほどのう!確かに、ただ濃いだけの料理ならそうはいかん!じゃが、年齢的なものもあるのではないか?」
「私も以前はそう思っていた!だが、高みに達した料理はそうではない!辛さがマイナスにならないというわけだ!」
「二人とも、うるさいな……少し飲み過ぎだと思うが」
「フフッ。いや、場違いなのは、おれ達のほうかな。よし、飲もう。たまには発散しないとな」
レシオンは青い髪を揺らしながら身を乗り出し、中央に置かれた細長い瓶を手に取った。グラスへと注がれる赤い液体が、光を受けてきらきらと輝いていた。
「ヒュー…」
冷たい風が、灰色の雲から山へと吹きつけた。細かな雪が風に運ばれ、空を舞うように、ばらばらの方向へと吹き上がっていた。
「はっ、はあっ……」
アルは雪の降り積もった地面に両足をつけ、右手を前へと伸ばした。分厚いマントが体を覆い、広げた手のひらは氷のように冷たくなっていた。茶色い小屋からはかなり距離が離れ、吹雪が吹けば自分の位置がわからなくなってしまうほど、一面に白い景色が広がっていた。
「くそっ、だめか!もう一回……」
アルは指先を震わせながら雪の上に膝をついた。頬の色は赤く変わり、口から出る白い息が、冷たい空気の中にゆっくりと溶けていった。
「はあっ、はあっ……」
「呆れたやつだ。皆が寝てから、ずっとそうしていたのか?」
力なくうずくまるアルの背後に、ソルシャインが腕を組んで立っていた。凍りつくような風が吹き、水色の髪が横に大きく浮き上がった。
「はっ、はあっ……へへっ。み、見られちゃったか」
「ばかな真似はやめろ。それ以上続ければ、凍傷で指を切り落とす事になる。寒さを侮りすぎだ」
「な、なんとか、魔法を使えるようにって、思って……でも、だ、だめだな。なんか、頭がボーッとしてきた」
「……」
「へへっ。何やってんだろな、おれ……こ、こんな事しても、意味ないのにな。ただ、疲れるだけなのに……」
アルは目を細めながら、冷たい雪の上に両手をついていた。
「ま、魔法が使えるように、なるわけないのに……」
「…まったく、あきらめの悪いやつだ!才能のない人間のあがきは、見ているだけでイライラしてくる!ついてこい!」
「えっ?」
「暖炉で体を温めてからな!石碑の部屋にこい!」
ソルシャインはアルに背中を向け、木で作られた小屋の方向へと歩き出した。
「いや~いい朝飯じゃった!やはり、取れたての野菜はちがうのう!」
「ロンさん、少し食べ過ぎじゃないですか?二食分はあったと思いますが」
「食べないよりはいいじゃろう?その分、力もつくというものじゃ!フォッフォッ!」
「アル、大丈夫か?かなり震えていたが……」
「ああ、だいぶ良くなったよ」
アルは右手で頭をさすりながら、レシオンに返事をした。石碑の並ぶ部屋には、輪を作るようにしてアル達が並び、中央にソルシャインが腕を組んで立っていた。
「よし、そろったな!ちょうど仕込みも終わったところだ!全員に見せてやろう!」
ソルシャインは右のポケットから空の瓶を取り出した。細長い瓶には、ラベルや模様などは描かれていなかった。
「なんだ?瓶?」
「ありがたく聞くがいい!今から、錬真魔法について特別に教えてやる!」
ソルシャインが勇ましい声を発した瞬間、手に持った瓶が二つに増えた。下へと落ちる二つ目の瓶を、ソルシャインは左手で素早くキャッチした。
「あ!倍加魔法ってやつ?」
「確か、物を増やす魔法じゃったな」
「そうだ!錬真魔法の基礎といえる!」
同じ形をした二つの瓶が、ソルシャインの足もとに静かに置かれた。
「錬真魔法とは、創造を極めた魔法だ!自然魔法が自然界のエネルギーをもとにしているのに対して、錬真魔法は、自ら物理法則を作り出す魔法といえる!」
「物理法則を……」
「私の解明した範囲では、その段階は大きく四つに分けられ、それぞれ難易度も跳ね上がる!まずは物体を増やす倍加魔法。そして……」
ソルシャインは右の膝を床につき、手のひらを下にかざした。白い光の線でできた魔法陣が、ソルシャインの足もとで輝いていた。光で作られた幾何学模様の中から、まっすぐな鞘に入った、長い剣が現れた。
「物体や生物を召喚する召喚魔法!時空間の法則を超越し、距離を超えて瞬時に呼び寄せる事ができる魔法だ!」
「そっか。これも錬真魔法ってやつだったのか」
「現在、各国に存在する高位の術士でも、召喚魔法を完璧に使いこなす事は難しい!そして、ここから先はさらに難易度が上がる!」
ソルシャインは右手を上へとかざした。手のひらの周りに虹色の光が集まり出し、何もない空間から小さな石が出現した。ごつごつとした石が、きらびやかな金色の光を放っていた。
「大気に存在する様々な物質の組成を組み替え、新たな物体を作り出す、造天魔法!その組み合わせに終わりはなく、修行を続ければ、生物以外のあらゆる物質を作り出す事が可能だ」
「すげえ…!」
「金塊じゃと?確か、レシオンが使っておった魔法か!」
「ああ。おれも、少しだが使う事ができる。ここまでは……」
レシオンは真剣な表情で金色の石を見つめていた。ひんやりとした空気の中、小さな石がソルシャインの足もとに置かれた。
「理論上は鉱石資源や金属を作り出す事も可能だが、一人で生み出せる量には限界がある。そして、その変化には高い集中力が求められる。造天魔法を使える者は、天才の中の、さらに一握りの人間だ」
「ほう!おぬしも、なかなかやるものじゃな」
「いや、嫌味のようになってしまうが、おれはたいした事ない。あいつに比べれば……」
「そう。この上にあるのは、人を人ならざる者へと変える、究極の錬真魔法……レシオン、その剣で私を斬れ」
「なっ?」
ルーナは前のめりになりながら声を発した。
「その剣には、風の魔法が込められている。普通の鎧なら、軽く両断できるくらいのな。それで私を斬れ」
「……」
レシオンは無言のまま前へと歩き出し、茶色い鞘から剣を抜いた。刀身に刃こぼれはなく、銀色の剣先に光が反射していた。
「待て、レシオン!いくらなんでも……」
「ヒュン!」
ルーナの声を無視しながら、レシオンは両手で剣を振り下ろした。




