未来をたくして
「ガキン!」
金属同士がぶつかり合うような鈍い音が響き、ソルシャインの肩の上で剣が止まっていた。
「あれは……」
アルは拳を握りながら目を見開いた。ソルシャインは体に虹色の光をまとわせ、レシオンの振り下ろした剣を動かずに受け止めていた。摩擦により白い煙が立ちのぼり、光の中でレシオンの持った剣が床へと落ちた。
「これが、己の体を作り変える、創命魔法だ。ラファロスとも呼ばれている」
「あの光は、ダイダルでわしと?」
「ああ、レギリアが!ヘウルーダでも!それに……」
アルの額から細い汗が流れた。
「その力は絶大だ。強靱な体は、魔法による攻撃を易々と跳ね返し、深い傷も瞬時に治してしまう。魔法によって消費したザラすらも、強制的に回復する事が可能だ。まさに神の領域といえるだろう」
(そうか!それで、おれのザラも……)
「さらに極めれば、自分だけでなく、他の生物の体を作り変える事も不可能ではない。命を作り変える、究極の魔法だ。今、この魔法を使える人間は、世界でも数人しかいない」
「ええ。おれも、レギリア以外には知りません」
「そして、その中の一人に貴様はなりかけた。違うか?アル」
「……」
「なんじゃと?アルが?」
「シュー…」
ソルシャインの体から虹色の光が消え、普段と変わらぬ姿に戻っていった。
「ラファロスを使った者の体には、微弱なザラのうねりが残る。同じレベルの者でなければ、判別できないほど小さな」
「ああ……確かに、おれはその光を使った。いや、使えた。自分で使おうなんて思ってもなかったけど、レギリアとの戦いで、無意識に使えたんだ」
「やはり、そうか。その首飾りの石が、極限まで力を引き出したのだろう。だが強大な力を使いこなすには、それに見合うだけの器が必要だ」
「器……」
「皆まで言わずとも、貴様は気づいているはずだ。強すぎる力の反動が、どれほど大きく、どれほど身を滅ぼすかを」
ソルシャインは、射殺すような冷たい瞳でアルを見つめていた。
「アル。貴様が、どうしても魔法への希望を捨てきれないのであれば、方法は一つだ。創命魔法を習得しろ」
「えっ?」
「再びラファロスを使う事ができれば、体に刻まれた記憶をもとに、自らの肉体を作り変える事ができる。魔法を使えた時の自分を、感覚ごと取り戻す事ができるだろう」
「そんな事が?ですが、創命魔法は……」
レシオンは一瞬だけアルを見つめると、青い髪を揺らしながら、ソルシャインの方へと顔を向けた。
「習得できる可能性は、ほとんど零だろうがな。瞑想により、自らの内側にあるザラの核を知覚し、そこに眠る虹の光をつかむ必要がある。この百五十年、才ある人間達が挑戦し、ことごとくたどり着けなかった領域だ」
「そんな魔法を、おれが……だれか、だれか覚えたやつはいないのか?レギリア以外に!」
「食を断ち、七日間、不眠不休で瞑想を続けた者。妻子を捨て山にこもり、老人になるまで修行した者……名のある術士が、様々な方法でその習得を試みたが、成功した人間はいなかった。私をのぞいてな」
ソルシャインは腕を組みながら、口元に小さな笑みを浮かべた。
「このまま、自然魔法を一から覚え直そうとしたところで、たいした力は手に入らない。修行が上手くいく可能性も低いだろう。どうせ可能性が低いなら、一番難しいほうに賭けてみろ」
「一番難しい……」
「全てを取り戻すか、何も身につかぬまま終わるか。馬鹿には馬鹿のやりかたがある。割り切れぬのなら、徹底的に開き直れ!開き直って、その手につかんでみせろ!」
ソルシャインは不機嫌そうに目を閉じると、アルの横を通り過ぎ、部屋の外へと歩き出した。
「えっと、その……」
「私は畑の様子を見てくる!貴様とちがって、忙しいのでな!」
「あ……」
「行ってしまったね。おれも、もっと聞いてみたかったんだが」
「しかし、百五十年の間でほとんどおらんとはのう。難儀な事じゃ」
「で、どうするんだ?」
「え?」
アルは目を大きく開きながら、ルーナの方に顔を向けた。
「マリーを助けるのに、何年も待ってられない。私でも、まだ召喚魔法すら極める事ができない。一足飛びは不可能だ。それでもやるのか?」
「それは……そんなの、決まってるだろ!」
アルはゆっくりとうなずきながら、自信に満ちた顔で笑った。
冷たい空気が流れる夜の空に、青白い月が浮かんでいた。欠けた部分のない満月が、白い山肌を美しく照らしていた。空の上からはゆっくりと粉雪が降り、月の光に照らされながら、一定の速度で地面へと落ち続けていた。
「サアー…」
肌を刺すような冷たいが風が吹き、ソルシャインの髪が横へと浮き上がった。ソルシャインは腕を組みながら雪の上に立ち、青白い満月を見つめていた。すぐ前は深い崖になっており、一歩前に踏み出せば、はるか下へと滑り落ちそうになっていた。
「いい月ですね。山の上で見ると、不思議と綺麗に見える」
後ろから、レシオンが嬉しそうに笑いながら近づいてきた。体を覆うマントには雪の粒がつき、長い髪が左右に揺れ動いていた。レシオンは白い息を吐きながら、ソルシャインの隣で立ち止まった。
「色々な月を見てきましたが、ここの月が一番美しいですよ」
「そうか。なら、それだけ、今の貴様の心が透き通っているのだろう」
ソルシャインは月を見上げたまま、冷静な表情で声を発した。
「これからの行動に迷いのない、澄んだ状態でな。月はいつも変わらない。変わるのは、見る者の心だ」
「それは……確かにそうかもしれませんね」
「変わらないものというのは貴重だ。長い時の中では」
「ええ。特に、人の心は……一つ、お聞きしてもいいですか?」
「ああ」
「魔石や聖剣について、あなたはだれかと情報を共有する事なく、この山で暮らしてこられた。あなたほどの力があれば、誠意ある研究者を引き入れ、古代の魔法学を完全に解き明かす事もできたのではないでしょうか?」
「……」
「すみません。失礼とは承知していますが……」
背中まで伸びた青い髪を、冷たい風が上へと浮き上がらせた。レシオンの周りには音もなく雪が降り続け、分厚いマントについた粒が、水に溶けるようにゆっくりとかき消えた。
「気が遠くなるほど昔に、魔法の才能にあふれた、一人の男がいた。その男は、不治の病におかされた恋人を助けるため、古代の魔法を研究していた」
ソルシャインは月を見つめたまま、落ち着いた口調で話し始めた。
「世界中に残された石碑や文献を調査しながら、男はある魔法を復活させようとしていた。人の体を作り変える、究極の魔法を。男は、その魔法があれば、恋人の病気を治せるかもしれないと考えていた」
「……」
「体の構造を作り変える事で。当時、世界は混乱の中にあり、高度な機械装置の数々を失った国々は、未来のない衰退を続けていた。男にとって、古代人の残した叡智は最後の希望だった」
ソルシャインは表情を変える事なく話し続けた。青白い月明かりが、グラデーションのように濃く変わる水色の髪を、美しく照らしていた。
「恋人を助けたいという強い想いと、天から与えられた類いまれな才能により、男は次々と魔法を習得していった。古代の賢人達に比べれば、遠くおよばなかったに違いないが、だれにも頼らずに失われた魔法を身につけていった」
「失われた魔法…」
「自分なりに魔法の体系を手記にまとめ、その内容をもとに研究を進めていた。限りある時間の中で。目を閉じたまま、針の穴に糸を通すような、先の見えない旅だったが、少しずつ、確実に目的へと近づいていた」
「……」
「男を動かしていたのは、恋人への強い想い、ただそれだけだった。数え切れないほど失敗もしたが、それを上回る驚異的な速度で、あらゆる魔法を習得していった。そして男は遂に、体の構造を作り変える、究極の魔法へとたどり着いた」
ソルシャインは空を見上げたまま白い息を吐いた。
「これで病気を治す事ができる。男は心の底から喜んだ。だが、希望に満ちて故郷へと帰った男を待っていたのは、冷たくなった恋人の遺体だった。男は、あと一歩というところで間に合わなかった」
「そんな…」
「もう少し早ければ。そんな願いはだれにも届かず、男は絶望に打ちひしがれた。人生の目的を見失った男は、恋人の後を追おうとしたが、皮肉にも自ら習得した高度な魔法が、無意識にそれを拒んだ。男は死ぬ事も生きる事もできず、深い悲しみの果てに、ある決断をした。自分が研究してきた魔法を、世界に広める事を」
「……」
「救いのない地獄のような世界にも、だれかが光を見つけてくれるのではないか。男は祈るように本を書き、現代の魔法学として、世界中に広めた。ゲルニスだけでなく、全ての国々に。そして、男は待ち続ける事にした。人々が魔石の秘密にたどり着いた時、どのような選択をするのかを」
ソルシャインは月を見つめながら、目を細めた。
「滅びをもたらした古代の力に飲み込まれてしまうのか、それとも、新たな道を見つける事ができるのか……希望というものが本当にあるのなら、いつか、その答えを示してほしい。弱い自分には見つけられなかった、答えを。それが、男の願いだった」
「希望…」
「人としての寿命にあらがいながら、男は見届ける事にした。だれかが答えを見つけてくれると信じて……そして今はもう、その男もいない。貴様の言ったように、人の心とはうつろいやすいものだ。長い時の中で、その男もまた、かつての自分を失ってしまった」
「ソルシャイン様……」
「フッ。ただ世界を傍観し、何も感じない、人形のような人間に成り果ててな。だが、人の想いというものは、時折何かの拍子でよみがえる事がある。忘れていたほうが楽な事もあるのに」
ソルシャインは小さな笑みを浮かべながら振り返り、レシオンの肩に手をあてた。
「また忘れてしまうかもしれないが、心配は無用だろう。ゲルニスには、優秀な皇子がいるようだからな」
「……ありがとうございます。その方の想いをつないでいけるよう、力を尽くします」
レシオンは背中を向けて去っていくソルシャインに向かって、静かに語りかけた。降り続ける白い雪を、月の光が優しく照らしていた。
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