その願い
「そして、ギルヴェリアの石。それぞれの宝具は、その名を冠する国の中で、国宝として受け継がれてきた。国の名前を変えながら。ゲーニッシュ王国はゲルニス帝国、ラウリヌス王国はラウの国、そしてギルヴェリア王国はギルの国に」
「ギルの国じゃと?」
「数多の戦いと革命の中で、その名は失われてしまったが。国を治める王ですら、もうギルヴェリアの名は知らぬだろう。かつて世界を救うため戦った勇者ギルヴェリアは、故郷を失った人間を守るため、ラウリヌスの隣に新たな国を築いた。それが、ギルの国だ」
ソルシャインの頭上に、大きな渦が浮かび上がった。黒い渦は、回転しながらその場にとどまり続けていた。
「戦乱と革命、破壊と再生……激しい時の流れの中で国を維持する事は難しく、ギルヴェリア国の王もまた、その事を危惧していた。勢いを増す渦に飲み込まれてしまうように、あらがう事のできない流れは必ずやってくる。そう考えた三代目の王は、国宝を新たな地に移す事を考えた。シラメリアだ」
「シラメリア?」
アルは、眉間にしわを寄せながら下を向いた。
「海流に沿うように移動を続ける浮島、シラメリア島。賢人達によって作られたその島なら、時の流れの中で宝具を守る事ができるかもしれない。そう考えた王はギルヴェリアの石を運び、遠い海の神殿に安置した」
「あの神殿に?どこにあったのじゃ、そんなもの……」
「だが、聡明な王の願いもむなしく、長い時の中でギルヴェリアの石は失われた。どこへ消えたのかだれにもわからぬまま、失われたという事実すらも、歴史の霧の中に消えていった。盗掘のしらせがギルヴェリア王国に届いた頃、既に国の名は別のものに変わり、その体制も大きく変化していた」
ソルシャインはゆっくりと息を吸い、腕を組んだまま前を見つめた。頭上に浮かんでいた渦が消え、石を積み上げて作られた四角錐の建物が現れた。
「あれは確か…!以前、私達が調査した!」
「ああ!マリーさんが倒れた!」
「ギルヴェリアの石を知る手がかりはなくなり、わずかに残されたものは、各地に眠る思念石だけとなった。人々の記憶がザラを通して結晶化した、形の異なる石……あるものは名もなき森の中に眠り、あるものは古代人によって作られた遺跡として、時の流れを超えてきた」
「そうか、それでマリーさんは!」
「魔法の才に長け、感受性の強い人間が石に選ばれた時、そこに秘められた想いは時を超えて輝き出す。記憶の断片として。私は思念石を求めて世界を旅した。ギルヴェリアの石を見つけるために。あの石にはまだ、大きな秘密が残っていたからだ」
「秘密……」
「その手がかりすら、遂に見つける事はできなかったが」
広がり続ける宇宙空間の中で、ソルシャインは空を見上げた。緑色に輝くオーロラが、空をまたぐように星々の上を流れていた。美しいオーロラの下で、ソルシャインは深く息を吸いながら前を向いた。
「魔法の力が完全に解放された時、大気中に含まれる成分もまた変化を遂げる。いや、古代の姿に戻ると言うべきか。封印から解放された、膨大なザラとのバランスを取るためのものが、三つの宝具でもある」
「大気?どういう事じゃ?」
「そうか。窒素や酸素、音波……目に見えない様々な物質も、空気中のどこかでバランスを取っているなら……」
ルーナは鋭い目つきで前を見つめていた。
「そういう事になる。人が感じ取れる領域は、わずかなものに過ぎない。それぞれの宝具には役割があり、ラウリヌスの鏡は空間を、ゲーニッシュのを剣は時間をつかさどるとされている。だが、残る一つ、ギルヴェリアの石に秘められた力だけが、まだわからない」
「空間や時間じゃと?そんなものをコントロールできるとは、とても思えんが……」
「魔石を作り出した古代の賢人達の力は、人の限界を超えていた。平和を願った彼等にだけ許された、奇跡といえるかもしれない。信じがたい話のように思えるだろうが、これが、私の解き明かした真実だ」
星々の浮かぶ宇宙空間の中に、沈黙が流れていた。重たい空気の中で、アルは拳を握りながら口を開いた。
「あの……おれ!おれの持ってた石、不思議な力があって、突然魔法が使えるようになったんだ!ザラを増幅するらしくて、魔空結晶とも違うみたいで!でも、マリーさんに奪われて、たぶん今はゲルニスに……」
「……」
「おれの石が!首飾りの石が、そのギルヴェリアの石ってやつなのか?」
「それは私にもわからない。だが、可能性はある。ゲルニスの兵が手引きをしていたようだからな」
「なぜ、その事を?」
レシオンは前のめりになりながら声を発した。
「主要な国々の都市には、私の使いのザルギナを潜ませてある。全てを知る事はできないが、断片的な情報は知っていてな。見た目はただの鳥で、ザラも隠してあるから、まずわからないだろう」
「そうでしたか。そんなものが、世界中に……」
「下界の事柄には介入しないようにしているので、ただ知るだけだ。それを伝える相手もいない。だが、その首飾りの石が、封印を解く鍵である可能性は否定できないだろう」
「おれの石が?」
「肯定に足る根拠もないがな。古代において、ザラを増幅する方法は無数に存在していた。貴様が魔法を使えるようになったという事実だけでは、説得力に欠ける部分はある。それほど、ギルヴェリアの石は特別なものだ」
ソルシャインは腕を組んだまま、レシオンの方に顔を向けた。
「ゲーニッシュの剣もな。ジオルサが開天の儀を進めているのは、ゲルニスから持ち出す必要があるからだろう。封印の地へ」
「やはり、他の国にその場所が?」
「私はそう考えている。どこにあるのかはわからぬが、古代の記録から、今のゲルニスの領土にない事は確かだ。このまま時が経てば、ジオルサは三つの宝具をそこへと運ぶだろう。魔法の力を解放するために」
「ザルナカルラも、か。あれ以上の怪物となると、想像がつかないが……」
ルーナは腕を組みながら静かにうつむいた。
「本来であれば皇帝が何をしようが、私の知った事ではない。その行動に介入するつもりもなかった。だが、ザルナカルラの復活は、あらゆる生物の死を意味する。この山も含めて、地上の文明を灰へと変えてしまうだろう」
「そこまでの力が……本来?では、まさか……」
「レシオン。貴様の望み通り、特別に手を貸してやろう」
ソルシャインは右手の指を鳴らした。宇宙空間の奥から白い光が差し、太陽のように辺りを包み込んでいった。優しい光の中で、ソルシャインは腕を組みながら前を見つめていた。
「ジオルサより先にゲーニッシュの剣を手に入れ、私の所に持ってこい。その、首飾りの石も一緒にな」
「おれの石も?」
「ああ。私が詳しく調べてみる。ギルヴェリアの石の謎が解ければ、ザルナカルラを封印したまま、魔法の力だけを抽出する事ができるかもしれん。いずれにせよ、ジオルサの企みは失敗するだろう」
「そんな事が……それは、ありがたいです。しかしあの男は、まがりなりにも今の皇帝です。よろしいのですか?」
「今のゲルニスの体制を、どうこうするつもりはない。例の、革命の動きも含めてな。私はただ、破滅を防ぎたいだけだ。まだ作りたい野菜が、大量にあるのでな」
周囲を覆う光が弱まり、空間の奥から夕陽のような美しい光が差し込んできた。細く伸びた雲が頭上に浮かび、茜色の景色が辺りに広がっていた。
「古代の賢人達は、平和への祈りを込めて魔石を作り出した。ラウリヌスの鏡や、ゲーニッシュの剣も。ジオルサの野望は、それらを無視したものである事は確かだ」
「じゃあ、おれ達についてきてくれるのか?」
「いや、私はこの山と一体化しているため、敷地の外に出る事はできない。外に出れば急速に老化が始まり、貴様達の力にはなれないだろう。代わりに、剣の安置された神殿の情報を伝える。それと、私のとっておきを貸してやろう」
「とっておき?」
「魔法の力を注いだ、特別な道具だ。詳しい話は、上に戻ってからしてやろう。見たほうが早い」
ソルシャインは夕焼け空につま先を伸ばして浮かびながら、レシオンの顔を見つめた。
「上手く位置を利用したな。おそらく、帝都への通り道にハルド遺跡を使うつもりだろうが、使いのザルギナが兵団の動きを感知している。小さな町なら殲滅できる規模のな」
「本当ですか?」
「国中に隠された他の転移装置も、同じように警戒されていると見ていい。ジオルサは革命の芽を摘もうとしている。開天の儀であわただしい中、帝都からの指示なしに遺跡に近づけば、たとえ皇子であっても命はないだろう」
「反逆者として、ですね」
「ここの地下に、帝都へとつながる転送用の装置がある。ハルド遺跡には行かず、そちらを使え。ただ、ほとんど使っていなかったので、起動には少し時間がかかる。二日ほどは必要になるだろう」
「ありがとうございます。そこまでしていただけるとは……助かります」
「さて、と……」
「カアアッ!」
強烈な光が辺りを包み、視界の自由を奪っていった。数秒の閃光の後、光が徐々におさまり、石碑の並ぶ円形の空間が現れた。
「これって……もとの空間に?」
「戻ってきたようじゃな。足が床に着くと、安心するわい」
「少し、一度に伝えすぎたか。貴様達にも頭を整理する時間が必要だろう。私は野菜の様子を見てから上に行く。石碑でも調べながら、ゆっくりするといい」
「あの…!」
灰色の壁を背に、アルの足が前へと動いた。
「なんだ?」
「おれ、あの石がなくなってから魔法が使えなくなって……何か、方法はないのか?マリーさんを助けるために、力が必要なんだ!」
「……」
「もう一度、魔法を使えるようになりたい!今までみたいに!」
「貴様は、その首飾りの石によって、通常では考えられない速度で魔法を覚えていった。ちがうか?」
「あ、ああ!そうだ!」
「なら、簡単に元通りにはならない。万物には全て、地道な法則があり、一足飛びができないようになっている。その法則を無視した反動は大きい。貴様の意志とは関係なくな」
ソルシャインは腕を組んで立ちながら、アルの姿を見つめていた。
「力を再び手にするために、通常、考えられる方法は二つだ。一つはその首飾りの石を、ゲルニスから取り戻す事。だが、そのためには強い力が必要だ。皮肉な事だな」
「……」
「もう一つは、瞑想を中心に、一から魔法を覚え直す事。しかし、一度力を失った状態から再び習得する事は、通常の修行よりもはるかに難しい。病や事故により失った記憶を、取り戻す事が困難なように」
「そんな……そんなに難しいのか?」
「ああ。才のある人間であっても、容易な事ではない。そして貴様は、特別な才能のない、凡人だ。指先から水が出るようになれば、充分だろう。老いて亡くなるまでにな」




