真実を知る者
「うわ!すげえ広さ!」
「地下とは思えんのう!こっちのほうが広いではないか」
「フハハッ!おどろいただろう!山を削って作った、私の庭だ!」
嬉しそうに笑うソルシャインを先頭にして、アル達は地下に作られた広い空間を進んでいた。灰色の岩肌に囲まれるようにして、作物を植えつけた畑が奥へと続いていた。高い天井には無数の光の玉が浮かび、白い光が辺りを照らしていた。
「おどろいた……水を引いて、循環させているのか」
「それに暖かい。上の光が、熱も発しているようだ」
ルーナとレシオンは、岩で作られた道を進みながら辺りを見回していた。横に広がる畑には、畝のくぼみに長いチューブが置かれ、それぞれのチューブの先には、岩を削って作られた用水路が流れていた。透明な水の流れに、高く浮かぶ光の玉が反射し、ゆるやかな水流が心地のよい音を作り出していた。
土の上には種類の異なる野菜が、畝に沿うようにして規則正しく植え付けられていた。その規模は、大きな村の畑と比べても遜色がなく、全てを手入れにするにはかなりの時間がかかりそうであった。
「熱と水は、魔法によって管理されている。一度流れを作ってしまえば、それほど困る事はなかった。やはり、土だ!こいつが難しい!窒素やリン酸の比率、雑草対策と土壌殺菌、作物ごとの穂肥の時期……やり始めると終わりがない!」
「畑は、土作りで決まるとも言うからのう」
「ああ!そこに明確な答えはない!自然と人間の織りなす、究極の学問といえるだろう!農家というものは、実に見事だ!」
「しかし、よく一人でできるよなあ。収穫とか、自分でやってるんだろ?」
「そうだ。土から掘り起こす時の喜びは、なかなか癖になる!」
ソルシャインは笑顔を浮かべながら前を指差した。広い畑の奥に、水をためた池のようなものが見えていた。やや濁った水がためられ、長方形の釣り堀のような形をしていたが、その幅と奥行きは、標準的な家が数軒はおさまってしまいそうなほど大きかった。
「ここから先は養殖のエリアだ!おおまかに区切りを作り、数種類の魚が泳いでいる!」
「でっか~!これ、全部なのか?」
「これだけ広いと、捕まえるのが大変そうじゃな」
「ストレスなく泳ぐとなると、やはりこれくらいの広さは必要だ。エサの調合がなかなか難しく、小魚を中心としたものから、植物由来のものへと変えられないか、試行錯誤しているところだ!」
「ピシャッ!」
大きな水面の端から、魚の跳ねる音が響いてきた。
「最近は菜食料理と発酵酒にのめり込んでしまい、魚を食べる頻度は減ってきたがな!その分、魚達もゆったりとした暮らしができるだろう!天敵もいないからな!フハハッ!」
「畑に魚に、これだけの規模を管理するとなると、相当な労力がかかりそうですね」
レシオンは青い髪を揺らしながら、ソルシャインの後ろを歩いていた。水のためられた空間が終わり、岩の壁にはさまれた一本道へと景色が変わっていった。
「そういう事だ。一日の大半は、この地下空間で過ごしている。晴耕雨読とはよく言ったものだ!この楽しさに気づき始めると、他の事が頭から消えてしまう。異性、金、名誉……欲を満たすのもいいが、それらはとてもはかない!若い時におちいりやすい罠だ!」
「なんか、じいさんみたいなやつだな……あ、見た目が若いだけで、じいさんだったか」
「ほう。良い樽じゃな。もしや、あそこに酒が?」
ロンは白いひげを右手でさわりながら、格子戸の奥を見つめていた。壁の中に作られた部屋に、たくさんの樽と木箱が置いてあった。
「ああ!醸造して、保管してある。時間が経つほど楽しみが増すとは、本当によくできている。酒を発明した人間こそ、真の賢者だ!フハハッ!」
「欲を満たすのは、罠とか言ってたくせに……だいたいこんなに歩いて、何があるんだよ?」
「フッ!いちいち失礼なやつだ!黙ってついてこい!」
ソルシャインは自信に満ちた顔で振り返ると、すぐに前を向き、歩く速度を速めた。灰色の壁に囲まれた通路の先に、開けた広い空間が見えていた。
「これって……石碑ってやつか?」
円形の床の上で、アルは口を開けながら立ち止まった。円の形をした部屋の中には、灰色の壁に沿うようにして、無数の石碑が並べられていた。文字の刻まれた石を、天井に浮かぶ光の玉が照らし、湾曲した壁には様々な動物の壁画が描かれていた。
「レシオン。これは…!」
「ああ。花の都、アクリティア壊滅の日に落ちた光……まさか、古代都市の歴史か?」
「こんなものが……」
ルーナはレシオンの隣に立ち、腕を組みながら石碑を見つめていた。
「そうだ。ここには、私が集めた古代の石碑が保管されている。封印の魔石についてもな。一つずつ読んでもかまわないが、いい機会だ。ひさしぶりに見せてやろう」
ソルシャインは部屋の中央に立ち、右手の指を軽く鳴らした。
「キイイン!」
「うわ、なんだ?」
白い光が辺りを包み込み、アル達の視界を奪っていった。激しい閃光の中で、アル達はうつむきながら目を閉じた。
「う……あれ?」
「これは!」
ルーナは拳を握りながら下を見つめた。石の床が消え、白い星々の浮かぶ宇宙空間が、辺りに広がっていた。神秘的な宇宙の光景が周囲に広がり、小さな星々が、ソルシャインを中心にしてゆっくりと外に動いていた。アル達の体はいつのまにか宙に浮かび、下へと向いたつま先の傍を、巨大な彗星が過ぎ去っていった。
「どういう事じゃ?さっきまで部屋にいたはずが……」
「魔法によって作り出した仮想空間だ!質量のない幻影のようなものだが、このほうが説明しやすい」
ソルシャインは右手を上へと伸ばした。まっすぐに伸びた指先の上で、体よりも大きな黒い本が浮かんでいた。果てのない宇宙の中で指を曲げると、分厚い本のページがゆっくりと開いていった。両開きになったページには、胴の長い黒い龍と、剣を持った黒髪の青年の姿が描かれていた。
「これは……まさか、勇者ギルヴェリアの旅か?」
「その通り!レシオン以外は知らぬだろうが、これはゲルニスに古くから伝わる絵本だ。魔法を使う勇者ギルヴェリアが、凶暴なザルギナを倒し、世界を救う物語だ」
「あれは……あの龍!おれ、見た事あるぞ!」
「ああ。あの長い体、頭の上で光る白い円盤……ヘウルーダを襲った、化け物なのか?」
「この龍の名はザルナカルラ。古代に存在したとされる怪物で、その圧倒的な力で世界を滅ぼそうとした。ギルヴェリアに倒されるまでは」
本のページがいくつもめくられ、地面に倒れる龍の姿が登場した。剣を持った青年は、上半身にだけ銀色の鎧を身につけ、りりしい表情で龍を見つめていた。漆黒の胴体の上では、白い殻に包まれた数個のタマゴが、輪を作るように宙に浮かんでいた。
「勇者ギルヴェリアによってザルナカルラは倒されたが、死に際に見せた咆哮により、そのタマゴは世界へと散らばっていった。ギルヴェリアは、怪物の残したタマゴを探すため、再び旅に出る。世界の平和を守るために。それが、この絵本の結末だ」
ソルシャインの上に浮かんでいた本が消え、大きなタマゴが現れた。白い殻が少しずつ変色し、灰色へと変わっていった。
「だがそれは、ただの絵本ではなかった。歴史の一部を伝えるため、真実にもとづいた内容から作られていた。ザルナカルラは古代に実在し、そのタマゴもまた、長い時の中で眠りについていた。ゲルニスの地下深くで」
「地下?まさか……」
ルーナは宙に浮かぶタマゴをじっと見つめていた。灰色の殻の先端に、小さなひびが入っていった。タマゴに入ったひびは縦に広がり、白い光と共に砕け散った。
「果てしない時の中で化石になりかけていたタマゴを、百年前、ゲルニスの研究者達が発見した。彼等は時の皇帝の命により、その細胞を魔法により増殖し、現代に復活させようと試みた」
ソルシャインの頭上で、トカゲのような形をした生き物がもぞもぞと動いていた。
「禁断の研究は極秘に引き継がれ、百年の時を超え、遂に成功した。街を焼き払い、人々の命を消し去る最強のザルギナとして、現代に復活を果たした。それが、ヘウルーダを襲った怪物だ」
「なんと…!どうりで強すぎるわけじゃ」
「……そして、その怪物は、完全に消滅したわけではなかった」
レシオンは拳を握りながら、静かにつぶやいた。
「なに?どう言う事じゃ?」
「歴史とは、かなう事のない人の願いでもある。人々に不安をもたらす真実は、時として希望に満ちた嘘へとすげ替えられる……勇者ギルヴェリアの力を持ってしても、やつを倒す事はできなかった。国同士の争いに勝利するため、あらゆる魔法によって強化された究極のザルギナ、それがザルナカルラだ」
ソルシャインは腕を組みながら前を見つめていた。水色の髪が、横向きに小さく揺れ動いていた。
「その力は、ヘウルーダを襲った複製体とは比べものにならない。空を飛び、地を焼き、高度な魔法文明のほとんどを焼き尽くした。そして、滅びゆく世界の中で、古代の賢人達はある秘策を思いついた。世界にあふれる魔法の力ごと、ザルナカルラを封印するという方法を」
「やはり、そうだったのか……」
レシオンはうつむきながら静かに息を吐いた。星々の浮かぶ空間はゆっくりと広がり続け、ソルシャインの頭の上に、五つの白い光の玉が浮かび上がった。
「自然魔法にもとづいた五つの分類に力を振り分け、根源的な魔法の力を封印する事で、ザルナカルラの活動を停止させようとした。賢人達の試みは成功し、ザルナカルラは地の底へと封印された。魔法の力を封じた五つの魔石、フィーネ・クリスタルは、その封印を簡単には解けぬよう、世界中に散らばった」
「じゃあ、おれ達が今まで、遺跡で見てきた石は……」
「かつて古代に作られた、封印の魔石だ。風はラフィーナ、火はダイダル、水はシラメリア、大地はラウ、そして、雷はゲルニス。それぞれの石は、世界の各地に封印された」
ソルシャインの上に浮かんでいた光の玉が、緑・赤・青・黄・紫の色へと、それぞれ変化していった。
「魔法の力と共に。根源的な力を封印された事により、人々の生活から魔法は失われていった。栄華を極めた古代都市は衰退し、魔法の技術は、一部の遺跡や限られた民族の間の中でだけ受け継がれていった。ラフィーナに隠されたへムル遺跡や、海の彼方で暮らすシラメリアの民のように」
「でも……じゃあ、なんであの鏡が必要なんだ?それに剣も!レシオンが言ってた!」
「ザルナカルラの力は、作り出した研究者達ですらどうにもできないほど、すさまじいものだった。その封印には成功したものの、魔石の効力も永遠ではなく、八千年という長い時の流れによって、封印が弱まる事がわかっていた」
「そうか!それで古代の国々に…!」
ルーナは険しい表情でソルシャインを見つめていた。
「果てしない時の終わりも、いつか必ずやってくる。先を見通す事に長けた賢人達は、ザルナカルラの封印に保険をかけた。魔石の封印とは別に、魔法の力を込めた三つの神器を作り出し、力を解き放つための宝具として分散させた。ラウリヌスの鏡、ゲーニッシュの剣、そして……」
ソルシャインはアルの顔を見つめながら、目を細めた。




