美食の小屋
「うわっ!美味そうだな」
アルは目を大きく開けながら一歩前に出た。絨毯の左の部分には横長のテーブルが置かれ、たくさんの料理がテーブルいっぱいに並べられていた。白い皿に入れられたシチューからは湯気が立ちのぼり、衣のついた揚げ魚と、野菜のサラダが、ちがう皿にいくつも盛り付けられていた。大きな木の皿には、丸いパンが山のように乗せられ、品のある銀色のポットがきらきらと輝いていた。
「なんとも豪華な食事じゃな。とても山の上とは思えん」
「ええ。これだけの品数、とても一人で食べきれるとは思えないが」
「もしかして、おれ達のために作ってくれたんじゃないのか?ほら、イスもちょうど五人分あるし」
アル達はテーブルの前に集まり、背もたれのついた茶色いイスを見つめていた。
「確かにのう。だが、いったいなんのために」
「なんか、見てるだけで腹減ってきたな。早く食べたい……」
「勝手に食べるな!」
部屋の奥から、大きな声が響いてきた。勇ましい男性の声と共に、紫色の煙が勢いよく奥から噴き出してきた。
「なんじゃ?」
「体が…!」
煙が部屋を覆う中、アル達は膝をついてうずくまった。体を震わせながら下を向き、その場から動けなくなっていた。
「お、重たい!全然動かねえ!」
「まったく、人が苦労して作った料理を!仕込みにどれだけ時間がかかったと思ってる!だが、見る目はあるようだな!」
紫色の煙の奥から、ぼんやりとした人影が近づいてきた。苦しそうにうずくまるアル達の傍で立ち止まると、煙の中で右手を素早く動かした。
「パチン!」
指の鳴る音と共に煙が消え、部屋の中の視界が晴れていった。アル達は体を震わせながら、ゆっくりと顔を上げた。
「しばらくは歩くだけで精一杯だろう!そこで指をくわえて見ているといい!」
水色の髪の青年が、アル達を見下ろしながら自信に満ちた顔で笑っていた。透き通った綺麗な髪は肩の下まで伸び、先端の部分に近づくにつれ、濃い青へとグラデーションのように変化していた。まぶたから伸びるまつ毛が大きな瞳によく似合い、女性であればだれもが目を留めるような、美しい顔立ちをしていた。
「あ、あなたは……まさか、大賢者ソルシャインですか?」
「ああ、私がソルシャインだ!その名で呼ばれるのもひさしぶりだな!」
レシオンに返事をしながら、青年は右手を軽く握りしめた。ゆったりとした白い服は、パーカーのようなフードが後ろについており、厚みのある生地が首元を覆っていた。銀色のズボンにはしわがいくつも刻まれ、山小屋で暮らす木こりのような、生活感のある身なりをしていた。
「こ、こいつが?嘘だろ。ひゃ、百年以上も……」
「アル、あ、あまり失礼な事は…!」
「じゃが、本当に賢者なのか?あまりにも若いが……」
「質問なら後にしてもらおう!今は食事の時間だ。邪魔をするなら、雪の中で眠ってもらう事になる。この世の終わりまでな!」
「カチャッ。カタッ…」
銀色のフォークが食器とぶつかり、部屋の中に小さな音が響いていた。ソルシャインはテーブルの奥に背筋を伸ばして座り、真剣な表情で料理を口にしていた。周りに座るアル達には目もくれず、豪華な料理を黙々と食べ続けていた。レンガ造りの暖炉からは心地の良い熱気が伝わり、穏やかなランプの光が、テーブルの上に積み重なった空の皿を照らしていた。
「一人でどれだけ食べるんだよ……大食らいにもほどがあるぞ」
「ペースが落ちんのう。食らいつくしてしまいそうじゃ」
アルとロンは、耳元で聞こえる程度のひそひそ声で話しながら、テーブルの上を見つめていた。いっぱいに並べられていた料理はそのほとんどがなくなり、最後の一皿となった揚げ魚を、ソルシャインがゆっくりと切り分けていた。
「だめだ……見てると腹が減る」
「うむ。人が食べるのを見るのはこたえるのう。先に、こっそり食べてしまえばよかったわい」
「ふう……いや~!いい味だった!」
ソルシャインは料理を全て食べ終わると、満足げに笑いながら、白い布で口元を拭いた。
「やはり、二度揚げするとちがうな!次はもう少し、衣を増やしてみるか!さて、待たせたな」
「いえ、突然にすみません。手の込んだ料理でしたが、全てご自分で作られているのですか?」
レシオンは穏やかな笑顔を浮かべながら、料理のなくなった皿に目をやった。
「ああ。地下に家庭菜園と、養殖用の池を作っているものでな」
「地下にですか?家の中に作るとは……」
「野菜と魚が中心だが、それでも料理というものは奥が深い。終わりのない学問のようなものだ」
「そういえば、肉とかはなかったな」
「うむ。聖者は肉食をひかえると言うからのう」
「いや、自家栽培をやり出してから、すっかりのめり込んでしまってな!日々成長する食材を見るのは、不安定な狩りよりも楽しい!肉もたまに食べるが、大好物だよ!フハハッ!」
ソルシャインはテーブルの上に布を置きながら、大声で笑っていた。
「なんか、あんまり賢者って感じがしないな……」
「どうにも俗っぽいのう」
「しかし、思ったより少なかったか。腹八部を目指したつもりが、少し足りないな……よし、ちょうどいい!」
両手をテーブルにつきながら、ソルシャインは勢いよく立ち上がった。
「今から美味い食事を作れ!そうすれば、質問にこたえてやろう!」
「美味い?」
「食事じゃと?」
「おれ達が?」
「そうだ!調理場と食料庫は、特別に使わせてやる!ただし、普通の品で満足させられると思わない事だ!私をうならせるような料理でなければ、すぐに山を下りてもらう!決めるのは私だ!」
「いや、突然言われても…」
アルは脱力しながら、レシオンの顔を見つめた。
「どうする?なんか作れるか?」
「いや、おれは最低限の食事しか作れないから、とても人をもてなすようなものは無理だ」
「私も、ありきたりなものしか作れない。刺激のある、独創的なものとなると……」
沈黙の中、ルーナとロンの目が合った。
「……ロンさん。あのスパイス、確かテントにありましたよね」
「うむ。旅の道具として持ち歩いておったからのう。じゃが、距離が離れておるから……あ、そうか。呼び出せるんじゃった」
「え?」
「え?」
レシオンとロンは、互いに口を開けたまま見つめ合っていた。
「カチャッ。カタッ…」
銀色のフォークが当たる音が、部屋の中に小さく響いていた。ソルシャインは背筋を伸ばして座りながら、皿に盛られた肉料理を口にしていた。一口大に切られた肉のかたまりには、赤いスパイスがたっぷりとまぶしてあった。
「また見てるだけかよ……なんか、さっきとおんなじだぞ」
「しっ!アル、静かに!」
「カタッ」
ソルシャインは肉を食べきると、目を閉じながらフォークを手元に置いた。そのまま横に置かれた透明なコップを手に取り、中に入っていた水を一気に飲み干した。アル達はその様子を前のめりになりながら、じっと見つめていた。
「…ぬう!」
沈黙の中、ソルシャインの目が開いた。
「どうだ?どうだったんだ?」
「……美味い!実にいい味だ!ただ辛いだけでなく、口の中を豊かな旨味が追いかけてくる!」
「やった!」
「フォッフォッ!口に合って良かったわい!」
「貴様、ダイダルから盗んだな?これだけの味は、東に行かなければ出会えないはずだ!」
ソルシャインは眉間にしわを寄せながら、ロンの顔をじっと見つめていた。
「うむ。少し、旅をする機会があってのう。店屋の味を参考に、色々と研究させてもらった」
「やはりそうか!だが、あの味と比べたら、口当たりが幾分か柔らかい……フッ!たいしたものだ!少し味を変えているな?」
「よくわかったのう。やはり、地域によって差があるのでな。これくらいのほうが、食べやすいのじゃよ」
「勝手なやつだ!だが、実にバランスが取れている!自分色に染め上げる勇気がなければ、食を追求する事はできない……名を名乗れ!」
「ロンというものだ。少々、武術をやっておる」
二人はイスから立ち上がり、テーブルの傍で向かい合った。
「貴様がどれだけの失敗を繰り返したか、今ここで聞くつもりはない。だが、あえてこの言葉を贈ろう!見事だ!」
「フッ!ゲルニスの中にも、わかる男がおったようじゃな」
ロンとソルシャインは、口を閉じながら嬉しそうに笑い、右手で握手をした。
「また会える日を楽しみにしているぞ!良い時間を過ごせた!」
「こちらこそのう」
「いや、勝手に終わろうとするなよ!ロンも!質問させろって!」
「おっと、そうだったな!フハハッ!よし、話を聞こう」
ソルシャインは笑顔を浮かべながら席に戻り、白い布で口元を拭った。
「さて、レシオンといったか。さっきはあまり飾ろうとしない、いい挨拶だったぞ。名前だけは聞いた事があったんだが」
「ありがとうございます」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!山の下でレシオンが言った言葉が、聞こえてたのか?」
アルはイスに座ったまま、大きな声を出した。
「途中でさえぎるとは、マナーのわるいやつだ!だが、今は気分がいいから教えてやろう!五感を強化する魔法の一つで、聴覚を広げ、声を拾う事ができる!といっても、侵入者を感知した時にしか使わないがな」
「入り口に私が近づいた時、既にあなたは気づいておられたという事ですね?」
「そうだ。山の周囲に、結界を張り巡らせてあってな。侵入者がいれば、すぐにわかるようになっている。この山は、私の魔法研究の集大成だ」
「なるほど。感知によって嘘も……」
「ああ!触覚を大気に融合させ、体温や脈拍から嘘を見抜く事ができる!ただ、いかがわしい事をしているようで、どうにも後味がわるい!入り口に来た者にしか使わないから、安心する事だ」
ソルシャインは自信に満ちた顔で笑いながら、小さく息を吐いた。
「しかし、時が経つのは早い。まだ百年と思っていたが、とうとう現実のものになったか」
「失礼ながら、あなたは長い時を生きてこられたとは思えないほど、若々しい容姿をしていらっしゃる。何か、魔法を使っているのですか?」
「この山を利用した、循環する錬真魔法だ。水や空気といった自然の循環に私のザラを乗せ、再生する自然の力を取り込む事で、細胞の劣化を遅らせる事ができる」
「そんな魔法が……」
ルーナは両手を膝の上に乗せながら、目を大きく開いていた。
「特殊な陣が必要になるため、この山でしか効果はない。だがこの山で暮らす限り、通常の人間の、およそ五倍の寿命を得る事ができる」
「さすがは噂に聞く、大賢者……それで、若い頃のままという訳ですね」
「そうだ。古代には、不老や不死に挑んだ者達が多くいた。肉体の時を止めて眠りについた者、精神だけを肉体から切り離し、時の彼方へと押しやった者……だが、あまりに長すぎる時を生きた者は、必ず精神を壊してしまう。私の術など知れているが、これくらいがちょうどいい」
「そんな事が……失礼ですが、あなたは封印の魔石についても、何か知っておられるのでしょうか?」
「人よりは、少しな。ここでは狭いか……よし、下に行くぞ!」
ソルシャインは勢いよく立ち上がると、水色の髪を揺らしながら部屋の奥へと歩き出した。




