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フィーネ・クリスタル  作者: 青空ミナト


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211/215

美食の小屋


「うわっ!美味うまそうだな」


 アルは目を大きく開けながら一歩前に出た。絨毯じゅうたんの左の部分には横長のテーブルが置かれ、たくさんの料理がテーブルいっぱいに並べられていた。白い皿に入れられたシチューからは湯気ゆげが立ちのぼり、ころものついたざかなと、野菜のサラダが、ちがう皿にいくつも盛り付けられていた。大きな木の皿には、丸いパンが山のように乗せられ、ひんのある銀色のポットがきらきらと輝いていた。


「なんとも豪華ごうかな食事じゃな。とても山の上とは思えん」


「ええ。これだけの品数、とても一人で食べきれるとは思えないが」


「もしかして、おれ達のために作ってくれたんじゃないのか?ほら、イスもちょうど五人分あるし」


 アル達はテーブルの前に集まり、背もたれのついた茶色いイスを見つめていた。


「確かにのう。だが、いったいなんのために」


「なんか、見てるだけではら減ってきたな。早く食べたい……」


「勝手に食べるな!」


 部屋の奥から、大きな声が響いてきた。いさましい男性の声と共に、紫色のけむりが勢いよく奥からき出してきた。


「なんじゃ?」


「体が…!」


 けむりが部屋をおおう中、アル達はひざをついてうずくまった。体をふるわせながら下を向き、その場から動けなくなっていた。


「お、重たい!全然動かねえ!」


「まったく、人が苦労して作った料理を!仕込しこみにどれだけ時間がかかったと思ってる!だが、見る目はあるようだな!」


 紫色のけむりの奥から、ぼんやりとした人影が近づいてきた。苦しそうにうずくまるアル達のそばで立ち止まると、けむりの中で右手を素早すばやく動かした。


「パチン!」


 指の鳴る音と共にけむりが消え、部屋の中の視界が晴れていった。アル達は体をふるわせながら、ゆっくりと顔を上げた。


「しばらくは歩くだけで精一杯せいいっぱいだろう!そこで指をくわえて見ているといい!」


 水色の髪の青年が、アル達を見下ろしながら自信に満ちた顔で笑っていた。き通った綺麗(きれい)な髪は肩の下まで伸び、先端の部分に近づくにつれ、濃い青へとグラデーションのように変化していた。まぶたから伸びるまつ毛が大きなひとみによく似合にあい、女性であればだれもが目をめるような、美しい顔立ちをしていた。


「あ、あなたは……まさか、大賢者だいけんじゃソルシャインですか?」


「ああ、私がソルシャインだ!その名で呼ばれるのもひさしぶりだな!」


 レシオンに返事をしながら、青年は右手を軽くにぎりしめた。ゆったりとした白い服は、パーカーのようなフードが後ろについており、厚みのある生地きじが首元をおおっていた。銀色のズボンにはしわがいくつもきざまれ、山小屋やまごやで暮らす木こりのような、生活感のあるなりをしていた。


「こ、こいつが?うそだろ。ひゃ、百年以上も……」


「アル、あ、あまり失礼な事は…!」


「じゃが、本当に賢者けんじゃなのか?あまりにも若いが……」


「質問なら後にしてもらおう!今は食事の時間だ。邪魔じゃまをするなら、雪の中で眠ってもらう事になる。この世の終わりまでな!」








「カチャッ。カタッ…」


 銀色のフォークが食器とぶつかり、部屋の中に小さな音が響いていた。ソルシャインはテーブルの奥に背筋を伸ばして座り、真剣な表情で料理を口にしていた。周りに座るアル達には目もくれず、豪華ごうかな料理を黙々と食べ続けていた。レンガづくりの暖炉だんろからは心地ここちの良い熱気が伝わり、おだやかなランプの光が、テーブルの上に積み重なったからの皿を照らしていた。


「一人でどれだけ食べるんだよ……大食おおぐらいにもほどがあるぞ」


「ペースが落ちんのう。食らいつくしてしまいそうじゃ」


 アルとロンは、耳元で聞こえる程度ていどのひそひそ声で話しながら、テーブルの上を見つめていた。いっぱいに並べられていた料理はそのほとんどがなくなり、最後の一皿となったざかなを、ソルシャインがゆっくりと切り分けていた。


「だめだ……見てるとはらが減る」


「うむ。人が食べるのを見るのはこたえるのう。先に、こっそり食べてしまえばよかったわい」


「ふう……いや~!いい味だった!」


 ソルシャインは料理を全て食べ終わると、満足まんぞくげに笑いながら、白い布で口元をいた。


「やはり、二度揚にどあげするとちがうな!次はもう少し、ころもを増やしてみるか!さて、たせたな」


「いえ、突然にすみません。手の込んだ料理でしたが、全てご自分で作られているのですか?」


 レシオンはおだやかな笑顔を浮かべながら、料理のなくなった皿に目をやった。


「ああ。地下に家庭菜園と、養殖用の池を作っているものでな」


「地下にですか?家の中に作るとは……」


「野菜と魚が中心だが、それでも料理というものは奥が深い。終わりのない学問のようなものだ」


「そういえば、肉とかはなかったな」


「うむ。聖者せいじゃは肉食をひかえると言うからのう」


「いや、自家栽培をやり出してから、すっかりのめり込んでしまってな!日々成長する食材を見るのは、不安定なりよりも楽しい!肉もたまに食べるが、大好物だいこうぶつだよ!フハハッ!」


 ソルシャインはテーブルの上に布を置きながら、大声で笑っていた。


「なんか、あんまり賢者けんじゃって感じがしないな……」


「どうにもぞくっぽいのう」


「しかし、思ったより少なかったか。腹八部はらはちぶを目指したつもりが、少しりないな……よし、ちょうどいい!」


 両手をテーブルにつきながら、ソルシャインは勢いよく立ち上がった。


「今から美味うまい食事を作れ!そうすれば、質問にこたえてやろう!」


美味うまい?」


「食事じゃと?」


「おれ達が?」

 

「そうだ!調理場と食料庫は、特別に使わせてやる!ただし、普通のしな満足まんぞくさせられると思わない事だ!私をうならせるような料理でなければ、すぐに山を下りてもらう!決めるのは私だ!」


「いや、突然言われても…」


 アルは脱力だつりょくしながら、レシオンの顔を見つめた。


「どうする?なんか作れるか?」


「いや、おれは最低限の食事しか作れないから、とても人をもてなすようなものは無理だ」


「私も、ありきたりなものしか作れない。刺激しげきのある、独創的なものとなると……」


 沈黙ちんもくの中、ルーナとロンの目が合った。   


「……ロンさん。あのスパイス、確かテントにありましたよね」


「うむ。旅の道具として持ち歩いておったからのう。じゃが、距離が離れておるから……あ、そうか。呼び出せるんじゃった」


「え?」


「え?」


 レシオンとロンは、たがいに口を開けたまま見つめ合っていた。







「カチャッ。カタッ…」


 銀色のフォークが当たる音が、部屋の中に小さく響いていた。ソルシャインは背筋を伸ばして座りながら、皿に盛られた肉料理を口にしていた。一口大に切られた肉のかたまりには、赤いスパイスがたっぷりとまぶしてあった。


「また見てるだけかよ……なんか、さっきとおんなじだぞ」


「しっ!アル、静かに!」


「カタッ」


 ソルシャインは肉を食べきると、目を閉じながらフォークを手元に置いた。そのまま横に置かれた透明なコップを手に取り、中に入っていた水を一気いっきに飲みした。アル達はその様子を前のめりになりながら、じっと見つめていた。


「…ぬう!」


 沈黙ちんもくの中、ソルシャインの目が開いた。


「どうだ?どうだったんだ?」


「……美味うまい!実にいい味だ!ただからいだけでなく、口の中を豊かな旨味うまみが追いかけてくる!」


「やった!」


「フォッフォッ!口に合って良かったわい!」


貴様きさま、ダイダルからぬすんだな?これだけの味は、東に行かなければ出会えないはずだ!」


 ソルシャインは眉間みけんにしわを寄せながら、ロンの顔をじっと見つめていた。


「うむ。少し、旅をする機会があってのう。店屋の味を参考に、色々と研究させてもらった」


「やはりそうか!だが、あの味と比べたら、口当たりが幾分いくぶんやわらかい……フッ!たいしたものだ!少し味を変えているな?」


「よくわかったのう。やはり、地域によって差があるのでな。これくらいのほうが、食べやすいのじゃよ」


「勝手なやつだ!だが、実にバランスが取れている!自分色にめ上げる勇気がなければ、しょくを追求する事はできない……名乗なのれ!」


「ロンというものだ。少々、武術をやっておる」


 二人はイスから立ち上がり、テーブルのそばで向かい合った。


貴様きさまがどれだけの失敗をり返したか、今ここで聞くつもりはない。だが、あえてこの言葉をおくろう!見事みごとだ!」


「フッ!ゲルニスの中にも、わかる男がおったようじゃな」


 ロンとソルシャインは、口を閉じながらうれしそうに笑い、右手で握手あくしゅをした。


「また会える日を楽しみにしているぞ!良い時間を過ごせた!」


「こちらこそのう」


「いや、勝手に終わろうとするなよ!ロンも!質問させろって!」


「おっと、そうだったな!フハハッ!よし、話を聞こう」  


 ソルシャインは笑顔を浮かべながら席に戻り、白い布で口元をぬぐった。


「さて、レシオンといったか。さっきはあまりかざろうとしない、いい挨拶あいさつだったぞ。名前だけは聞いた事があったんだが」


「ありがとうございます」


「ちょ、ちょっとってくれよ!山の下でレシオンが言った言葉が、聞こえてたのか?」


 アルはイスに座ったまま、大きな声を出した。


「途中でさえぎるとは、マナーのわるいやつだ!だが、今は気分がいいから教えてやろう!五感を強化する魔法の一つで、聴覚ちょうかくを広げ、声をひろう事ができる!といっても、侵入者を感知した時にしか使わないがな」


「入り口に私が近づいた時、すでにあなたは気づいておられたという事ですね?」


「そうだ。山の周囲に、結界けっかいを張りめぐらせてあってな。侵入者がいれば、すぐにわかるようになっている。この山は、私の魔法研究の集大成だ」


「なるほど。感知によってうそも……」


「ああ!触覚しょっかくを大気に融合ゆうごうさせ、体温や脈拍みゃくはくからうそ見抜みぬく事ができる!ただ、いかがわしい事をしているようで、どうにも後味がわるい!入り口に来た者にしか使わないから、安心する事だ」


 ソルシャインは自信に満ちた顔で笑いながら、小さく息をいた。


「しかし、時がつのは早い。まだ百年と思っていたが、とうとう現実のものになったか」


「失礼ながら、あなたは長い時を生きてこられたとは思えないほど、若々しい容姿ようしをしていらっしゃる。何か、魔法を使っているのですか?」


「この山を利用した、循環じゅんかんする錬真魔法れんしんまほうだ。水や空気といった自然の循環じゅんかんに私のザラを乗せ、再生する自然の力を取り込む事で、細胞の劣化れっかおくらせる事ができる」


「そんな魔法が……」


 ルーナは両手をひざの上に乗せながら、目を大きく開いていた。


特殊とくしゅじんが必要になるため、この山でしか効果はない。だがこの山で暮らす限り、通常の人間の、およそ五倍の寿命じゅみょうを得る事ができる」


「さすがはうわさに聞く、大賢者だいけんじゃ……それで、若い頃のままという訳ですね」


「そうだ。古代には、不老ふろう不死ふしいどんだ者達が多くいた。肉体の時を止めて眠りについた者、精神だけを肉体から切り離し、時の彼方かなたへと押しやった者……だが、あまりに長すぎる時を生きた者は、必ず精神をこわしてしまう。私の術など知れているが、これくらいがちょうどいい」


「そんな事が……失礼ですが、あなたは封印の魔石ませきについても、何か知っておられるのでしょうか?」


「人よりは、少しな。ここではせまいか……よし、下に行くぞ!」


 ソルシャインは勢いよく立ち上がると、水色の髪をらしながら部屋の奥へと歩き出した。

 










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