賢者の山
「く~!さすがに寒いのお!」
「ええ!こたえますね!」
「まだ雪は少ないが、突然降り出すかもしれない。少し急ごう!もう少しの辛抱だ」
レシオン達は冷気がただよう向かい風の中を、一列になって歩いていた。青い髪を揺らして歩くレシオンを先頭に、ルーナとロンが続き、一番後ろではアルとシロルが並びながら歩いていた。左右に立ち並ぶ木々の上にはうっすらと雪が降り積もり、茶色い地面が白く変わり始めていた。
「キュウ…」
「ほら、しっかり歩けって!ったく、体はでかくなったのに、あんまり変わらないな……」
アルは分厚いマントで体を覆いながら、シロルの背中に手をあてた。鱗のついた大きな体は寒さで縮こまり、白い翼が力なくたたまれていた。
「レシオンよ、あったかくする魔法でも使えんのか?指先が凍りそうじゃわい」
「わるいが、そこまで器用ではなくてな!これくらいなら動かなくなる事はないから、耐えてくれ!いい鍛錬になる!」
「ホッ!言うのう!なら、がんばるとするか!」
「ロンさん、あれじゃないですか?家が!」
ルーナは右腕で顔の前を守りながら、前を向いた。小さな雪の粒が舞う中、道の奥に茶色い家が見えていた。
「お、あれだ!よし、急ごう!」
「ようやく到着か。あったかい茶でも飲めるとよいがのう」
「あ、こら、止まるなって!こんなところで寝たら死んじまうぞ?」
「キュウン…」
二本の足で立ちながらうずくまるシロルの背中を、アルが後ろから押していた。空から降る雪が少しずつ強くなり、白い雪の粒が、かかとの上まで積もり始めていた。
「ボウッ…」
大きな暖炉の中で炎がゆらめき、乾いた薪が音を立てて燃えていた。茶色い木で作られた部屋は暖かい空気に包まれ、天井に下げられた黄色いランプが、穏やかな光を放っていた。
「ふうっ……あったまるぜ」
「シロルは間一髪じゃったな。牧舎があって助かったわい」
「ザルギナも個体によっては、寒さに弱いようだな!おれも勉強になったよ!ハッハッハ!」
「レシオンが道をまちがえるからだろ?シロルのやつ、氷みたいに冷たくなってたぞ」
アル達は背もたれのついたイスに座りながらテーブルを囲み、白いコップに入ったお茶を飲んでいた。赤茶色の表面からは湯気が立ちのぼり、お茶の熱が、取っ手の先にまで伝わってきた。
「いや、わるいわるい!ルーナが気づいてくれてよかったよ!あやうく遭難する所だった!ハッハッハ!」
「まったく、妙に雪が増えてきたから変だとは思ったが……まあ、おいしいお茶をいただけたから許してやろう」
ルーナは満足げに微笑みながら、白いコップを口へと近づけた。ツインテールの茶色い髪には、先の部分に細かな雪の粒がついていた。
「この調子じゃと、山のほうはもっと降っておるかもしれんのう」
「既にこれだもんなあ。レシオン、さっきの山なんだろ?」
「ああ、そのはずだ。入り口は決まっていたはずだが……」
「ええ。村の先にございます」
黒いひげを生やした男性が、部屋の奥からゆっくりと歩いてきた。厚手のセーターを身につけ、背中まで伸びた髪を一つに束ねていた。
「しかし、おどろきました。まさかレシオン皇子がお忍びでこられるとは」
「無理を言ってすみませんね。どうしても来たかったもので。やはり、難しそうですか?」
「ええ。申し訳ありませんが、たとえ皇族の方といえども、案内できない決まりでして。今年の謁見の時期も終わりましたので、あまり気は進みませんが、試しの見行を受けていただくしかありません」
「試しの見行?それはいったい……」
ルーナはテーブルの上にコップを置き、男性の顔を見つめた。
「大賢者に会うために、旅人が行う儀式のようなものです。山のふもとで名前と目的を告げ、それが邪心や偽りのないものであると判断された時には、山に入る事ができるのです」
「判断?それは、だれがするんですか?」
「山の中に住む、大賢者です。方法はわかりませんが、どうやらそれが可能らしいもので」
「まるで神様じゃのう。遠くから心でも読めるのか?」
「どうだろうな。邪心や偽りのない目的、か……確か、命を落とした人もいたんでしたね?」
「はい。過去には聖職者のふりをした盗賊が、入り口で雷に打たれた事がありました。追いかけてきた兵の方も、おどろかれていましたよ。それこそ魔法でもない限り、あり得ない事だと……」
男性はテーブルの傍に立ちながら、静かに息を吐いた。
「なかなか危険な儀式のようじゃな。思わず、よこしまな事を考えてしまいそうじゃわい」
「それはロンさんだけだと思いますが……しかし、嘘が通じないのは怖いですね」
「よし、試しの見行は、おれが受けよう。みんなは少し後ろで見ていてくれ」
「いいのか?何かあったら、レシオンだけ攻撃されるんだろ?その、雷とかで」
「仮にそうなっても、なんとか致命傷を防ぐ事はできるさ。それに私利私欲でやって来たわけではないからな。ここに来た目的を、包み隠さず伝えてみよう」
「ええ、それがよいかと思います。数は少ないですが、大賢者に許され、山に入る事ができた人間もおりますので。変に皇族のお力を利用されようとするよりも、そのほうが良いでしょう」
男性はうなずきながら窓の外に目を向けた。白い雪が地面へと降り、足首くらいの深さにまで積もっていた。
「少し弱くなってきたか……この調子なら、夜には止むと思います。明日の朝近くまでご案内しますので、今日はゆっくりと休んでいって下さい。小さな村でして、あまり豪華なおもてなしはできませんが」
「いえ、泊めてもらえるだけでありがたい!雪の中の野宿はこたえますからね!皇子だからと、特別な対応はしなくていいですよ。なんて言ったら、余計にプレッシャーになってしまうか!ハッハッハ!」
レシオンは右手で頭をかきながら、大きな声で笑った。暖炉から伝わる心地の良い熱気が、部屋の中をゆっくりと温めていた。
「サーッ…」
下から吹き上げるように吹く風が、地面の雪を空中へと運んでいった。さらさらとした雪が風に乗り、レシオンの目の前を通りながら、空へと昇り続けていた。
「ふう……」
レシオンは二本の木の柱の間に立ち、うつむきながら静かに息を吐いた。灰色のマントが体を覆い、長く伸びた青い髪は、ゴムでまとめた先が背中にくっついていた。太い毛先がツンツンと上に逆立ち、額の両端から左右にかぶさるように、長い髪が首元の辺りまで伸びていた。
「なんだかわしのほうが緊張してきたわい。ほんとにだいじょうぶじゃろうか」
「レシオンほどの腕なら、何かあっても回避はできるでしょうが……賢者と言われるだけに、少し心配ですね」
「せめてザラが感じれたら……ルーナ、ほんとに何もわからないのか?」
「ああ。おそらくシラメリアの時のように、何か遮断する結界のようなものがあるな。まったくザラを感じない」
レシオンから少し距離を取るように、アル達三人は横並びになりながら、雪の上に立っていた。村の奥にある山の入り口には、アル達の他に人の姿はなく、二本の木の柱の奥になだらかな山道が広がっていた。
「……よし!」
「お、いよいよ言うようじゃな」
「しっ!ロンさん、静かに!」
「山の中に住まう、大賢者ソルシャイン殿よ!私の名はレシオン!ゲルニス帝国の皇子にして、国のため、自らの意志で旅をする者である!」
レシオンは顔を上げ、大きな声を発した。拳を握りしめ、真剣な表情で白い山を見つめていた。
「今、我が国は、侵略を望む皇帝の意志により周辺の国々へと戦火が広がり、民の暮らしが犠牲になっている!我が父ジオルサは、魔法の力を封印した五つの魔石の封印を解き、聖剣ゲーニッシュの剣をその手におさめる事で、古代に失われた魔法の力の全てを、自らのものにしようと企んでいる!私は、そのゆがんだ野望を止めたいと考えている!」
大気を伝うように広がるレシオンの低い声が、冷たい山のふもとに響いていた。
「また、ここにいる、アル、ロン、ルーナは、皆ギル国の者である!皇帝の野望に大切な仲間を巻き込まれ、ゲルニスへと連れ去られてしまい、その救出のために私と行動を共にしている!大賢者ソルシャインよ!ゲルニスの国の未来のため、ここにいる者達の純粋な願いのために、あなたの知識を貸していただきたい!」
空へと声を発するレシオンの姿を、アル達は固唾を呑んで見守っていた。
「そして、この山に立ち入る無礼を、どうか許していただきたい!大賢者ソルシャインよ!我が願い、聞き入れて下さるのなら、そのご意思を今、ここに!」
レシオンは口を閉じ、山の頂上をじっと見つめていた。生き物の声は何も聞こえず、とがった山の先端から吹く風の音が、レシオンの周りに小さく響いていた。
「ザッ。ザッ」
雪の降り積もる山道を、アル達は一列になりながら進んでいた。先頭はレシオンが歩き、後ろにぴったりとくっつくように、ルーナとアルとロンが縦になって並んでいた。
「おどろくほど何も起きんのう。変わった事といえば、雪が少し多くなってきたくらいか」
「ああ、足もとには気をつけてくれ。小さな山だが、上のほうは降り積もっているかもしれない。たまに体が埋まる事もあるからな。ふもとからの景色から見て、もう少しで着くはずだ」
「賢者か……許可はもらえたという事だろうが、やはり直接会うまでは気が抜けないな」
ルーナは小柄な体を素早く動かしながら、レシオンに離されないよう、後ろを追いかけていた。
「ほんとに見てたのか?なんか、怪しいよなあ」
「ただの迷信だと?」
「ルーナはそう思わないのか?何も起きなければ許可が出たって言うけど、ただ見てなかっただけのような気がするぜ」
「まあ、どうとでも言えるかもしれんのう」
「フフッ。だとしたら、おれの緊張を返してほしいね。ただ、山に入ってから、明らかにザラを感じるようなった。山の至る所から」
レシオンは後ろを振り返りながら、辺りを注意深く見回していた。
「ああ。少し不気味な感じだ。大きくはなく動きもないが、数が多い」
「だれかが潜んでおるという事か?」
「そこまではわからないが、注意はしておいたほうがいいだろう。よし、あれだ!」
「あれは……家?」
雪道を踏みしめながら、アルは目を細めた。傾斜のついた道の奥に、三角の屋根がついた、茶色い建物が見えていた。アル達は辺りを見回しながら坂を上りきり、白い雪の中にたたずむ建物の前で足を止めた。
「ほう!なかなか趣のある家じゃな!」
「ログハウスか。特に変わったところはないが……」
ルーナは腕を組みながら前を見つめていた。丸太によって作られた家は、縦に伸びた三角の屋根によって雪がたまりにくくなる造りをしており、屋根から滑り落ちた雪が両端に積もっていた。入り口のドアは、地面から少し高さのある位置に作られ、広いデッキから伸びる階段がアル達のいる地面へと続いていた。
「ここ、って事だよな?」
「うむ、窓の奥から灯りが見えるのう」
「よし、まずはおれが入ろう」
レシオンは薄い雪が積もった階段を登ると、背筋を伸ばしながら、右手で木のドアをたたいた。
「すみません!」
「ドサッ!」
屋根の上から、白い雪のかたまりが横へと滑り落ちた。レシオンは分厚いドアを何度もたたきながら声を発したが、ドアの奥から返事はなく、冷たい風の音だけが辺りに響いていた。
「なんにも起きないな」
「さすがに気づきそうなものだが、どこかに出ておるのじゃろうか?」
「レシオン、どうする?」
「このままではどうにもならないな。無礼は承知で、入ってみよう」
レシオンはドアをゆっくりと開くと、家の中へ足を踏み入れた。広い部屋の中は茶色い壁に囲まれ、黄色いランプが天井からいくつもつり下げられていた。丸太によって作られた壁は隙間がなく、部屋の奥には、レンガ造りの暖炉が備え付けられていた。
「パチチ…」
暖炉の中では乾いた薪がゆっくりと燃え、黄色い炎と共に、部屋の中へ暖かい空気を送り出していた。真ん中の辺りには長方形の絨毯がしかれ、こげ茶色の布地を、穏やかなランプの光が照らしていた。
「なかなか広い部屋のようだ。木の材質も、そんなに古くはないな」
「うむ。人はいないようじゃが、それにしてもこの匂いは……」
「ロンさん、あれです」
ルーナはロンの隣に立ちながら、顔を左へと向けた。




