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フィーネ・クリスタル  作者: 青空ミナト


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209/215

隔絶


「ボオオッ…」


 くしに刺さった肉の表面を、燃え上がる炎がゆっくりとがしていた。


「なんじゃと?百五十年前に本を書いた人間が、まだ生きておるのか?」


「ああ、そういう事になる。おれもまだ会ったことはないが、ゲルニスには代々、その山の近くで暮らす一族がいてね。ソルシャインなる男性が存命ぞんめいしているかどうかは、一年に一度、一族の者を通じて伝わってくる決まりだ」


うそだろ?どんなじいさんだよ、いったい……」


「さすがに、人間の寿命じゅみょうを超えているが……レシオン、さっき言った国宝というのは?」


 ルーナは目を大きく開きながら、興奮こうふんを表に出さぬようにつとめていた。


「ゲルニスに古くから伝わる聖剣せいけん、ゲーニッシュのつるぎだ。かつてゲルニスの国が誕生した時に作られたとされる国宝で、帝都ていとの北にある神殿に安置されている。国をたばねる者でも簡単に目にする事はできず、国家の滅亡めつぼうの危機にしか、その封印をいてはならないとされている」


「封印か。ラウのかがみておるのう」


「そうだな。その神聖さゆえに、現存するのかどうかも、ほとんどの者にはわからない。伝承では、約二千二百年の間、一度も封印はかれていない」


「そうか…!皇帝こうていが、その剣を!」


「さすがだな、ルーナ。その通りだ。どうやらあの男は、ゲーニッシュのつるぎの封印をこうとしているらしい」


 オレンジ色の炎に照らされながら、レシオンの表情がくもっていった。


聖剣せいけんには強い魔法の力があると伝えられていて、国の危機に封印をく事を、ゲルニスでは開天かいてんと呼んでいる。神殿へのいのりと結界けっかいの解放のため、りすぐりの術士達が長い時間をかけなければ、儀式は終わらないとされている。いかに皇帝こうていめいといえども、すぐに終わらせる事はできない」


「どういう事だよ。何がなんだか……もしかしてその剣が、魔石ませきの封印をくのに必要なのか?」


「その可能性は高い。あの男はおそらく、聖剣せいけんを自分の野望に利用するつもりだ。おれがラフィーナで見た石碑せきひには、ラウリヌスの鏡の事しか記されていなかったが、あの男にはわかっていたんだろう。魔石ませきの秘密が……フォルデルグとは別に、あの男に情報を伝えている人間がいるはずだ」


「なるほどのう。点が線につながってきたわい。それが、リピステスという事か」


 ロンは右手で白いひげをさわりながら、けわしい表情を浮かべていた。 


「ああ。特務隊の中には仲間にも顔をかくした、幻鵺げんやと呼ばれる諜報員ちょうほういんがいる。ロン達がシラメリアで会ったというその男は、おそらく幻鵺げんやだろう。やつなら、かげであの男とつながっていても不思議ではない」


「あいつが、マリーさんを…!」


 アルはうつむきながらこぶしにぎりしめた。


「ラウリヌスのかがみに、アルの首飾くびかざりの石、そして、聖剣せいけんゲーニッシュのつるぎ……大賢者だいけんじゃソルシャインなら、何か知っているはずだ。おれは、彼に会って話がしたい。簡単にはいかないだろうが……」


 レシオンはゆっくりと顔を上げ、空を見つめた。暗い雲の隙間すきまから、緑色の星が小さな輝きを放っていた。


賢者けんじゃ下界げかいの争いに介入かいにゅうせず。下界げかいの人間は、賢者けんじゃの領域に介入かいにゅうせず……ゲルニスの中では、たとえ皇族こうぞくであっても、ソルシャインと直接的な関わりを持つ事はきんじられてきた。国同士の争いに、自分の存在を利用されたくないという想いが、彼にはあったらしい」


「それで、山の中に?」


「おそらくは。国でもっとも魔法にくわしい人間であるにもかかわらず、魔道新書まどうしんしょ以外で、自身の知識を伝えようとはしない。軍事の面でも、彼の存在はきわめて重要ではあるが、強行的にとらえようとすればどんな反撃をくらうかわからないので、たがいに不可侵ふかしんの状態が続いてきた」


やぶをつつく事になる、か。未知の魔法は脅威きょういじゃからのう」


「ああ。彼の損失はゲルニスにとって大きい事もあいまって、あの男でさえ静観せいかんを続けている」


「なかなか厄介やっかいな相手のようだな。だが、確かに大きな秘密を知っているかもしれない」


 ルーナは銀色のコップをゆっくりと口に近づけた。


「今、ゲルニスには彼の力が必要だ。おれが旅したラフイーナの遺跡には、こんな一文いちぶんが記してあった。魔石ませきの封印がかれる時、二つのとびらが開かれる。繁栄はんえいとびらと、ほろびのとびらが、と……少し遠回りになるが、彼に会って情報を集めたほうがいいと、おれは思う」


「うむ。わしも賛成じゃ。マリーの件にゲルニスの皇帝こうていも関係しておるとしたら、無策むさくでは厳しいじゃろう」


「ええ。目的がはっきりわからなければ、後手ごてに回り続ける事になる。私も賛成だ」


「ありがとう。一族の者をかいする形にはなるだろうが、なんとか今の状況を伝えて、接触せっしょくしてみようと思う」


「……」


 アルはあぐらをかいて座りながら、じっと焚火たきびを見つめていた。


「アル、どうしたのじゃ?」


「いや……ロン、おれに、あの奥義おうぎってやつを教えてくれないか?」


奥義おうぎを?」


「ああ!前は簡単におぼえられないって言ってたけど、それでもいい!何もしないよりは…!」


「ふむ…」


「魔法を使えない以上、武術をおぼえるしかない。やってみなきゃわからないから、だから……」


 アルはこぶしを強くにぎりながら、ロンの顔を見つめていた。


「わるいが、それは無理じゃ。教える事はできん」


「どうしてだよ?確かに、おれにはできないかもしれないけど…!」


「ちがう。わしのほうが無理という意味じゃ。わしはまだ、全ての奥義おうぎを習得しておらん」


 ロンは真剣な表情で前を向き、焚火たきびの炎をじっと見つめていた。


極四帯拳きょくしたいけん奥義おうぎは、四つ全てを習得した者でなければ教える事はできん。不完全になるとされておる。最後の一つが、まだわしにはできんのじゃ」


「なっ!ロンさんでも?」


「わしの師匠ししょうは、他に並ぶ者のいない天才だった。伝承の途絶とだえた極四帯拳きょくしたいけん極意ごくいを、古い書だけを頼りに体得し、旅をしながらさらなる修行を続けておった。才能のないわしでは、永遠に追いつけん存在じゃ」


「才能……」


さいのある者が一つの奥義おうぎを体得するのに二十年……それが、大昔から言われてきた目安めやすとされておる。二つで達人たつじん、三つ体得する事ができれば、けんきわめた者として、人々からあがめられてきた。それより先は、人間のみ込める領域ではない」


 舞い上がる火のを見つめながら、ロンは静かに息をいた。


「気持ちはわかるが、わしにはまだ伝える事ができんのじゃ。すまんな」


「そんな……」


「確か、突然使えなくなったんだったな。ゲルニスでも聞いた事がないケースだ。今もザラは感知できないのか?」


「ああ。なんにも感じない。魔法をおぼえる前と同じだ」


「感知も無理となると、根本的に使えなくなったという事か。もしかしたら、首飾くびかざりの反動なのかもしれないな」

 

 レシオンは腕を組みながらうつむいていた。


「反動?」


「ああ。今まで、アルは首飾くびかざりの石をつねにつけていた。その状態で修行をする事により、おそらく通常よりもはるかに早い速度で、魔法をおぼえる事ができたんだろう。だがそれは、本来の成長速度ではない」


「きっかけとなっていた石を失った事で、アルがそれまでにた技術や感覚も、共に失ってしまったという事か?」


「そのような気がするな。強すぎる力には、必ず反動がある。一度失った力を取り戻すのは、初めから首飾くびかざりのない状態で修行をするよりも、時間がかかるかもしれない」 


「……」


 アルは口をかたく閉じ、けわしい表情でうつむいていた。


「っと。すまん、少し落ち込ませてしまったな。困難こんなんな状況ではあるが、何か方法はあるはずだ。大賢者だいけんじゃソルシャインなら、打開策だかいさくを知っているかもしれない。体は動くのだから、まだまだ希望はある……よし、そろそろいいだろう。ひとまず、げないうちにいただこう」


「そうじゃな。何をするにも、まずははらごしらえからじゃ」 


「ああ……そうだな!あ、ロン!だからおれのぶんを食べるなって!」


「フォッフォッ!早い者勝ちじゃよ!」


「フフッ。おれも早く食べないと、またたおれてしまいそうだな」


 レシオンはうれしそうに笑いながら、くしにささった肉を手に取った。げ目のついた肉を、オレンジ色の焚火たきびの光が優しく照らしていた。







「ヒュー…」


 冷たい風が吹く山道を、白いローブを着た人間が歩いていた。ゆったりとしたフードが表情をかくし、腕の先には、服のそでの部分に沿うように、緑色の線が入っていた。草木のない上り坂には、足首以上の深さに雪が積もり、生き物の気配けはいは感じられなかった。


「ザッ。ザッ」


 ローブを着た人間は一定の速度で前へと進み、坂の上を目指していた。茶色いブーツが雪にめり込み、地面にできた足跡が、はるか後ろまで伸びていた。灰色の雲からは白い雪が落ち、積もらずにかき消えてしまう程度ていど粉雪こなゆきが、風に吹かれゆっくりとってきた。


「……」


 上り坂の途中にある曲がりかどで、白いローブを着た人間は静かに立ち止まった。山の中腹にできたかどからは下に広がる村が見渡せ、緑の木々と小さな家が所々に見えていた。山道と比べると雪の量は少なく、あわ雪化粧ゆきげしょうが美しい景色を作り出していた。


「ドゴオッ!」


 山の上から大きな音が響いてきた。白い斜面しゃめんをすべり落ちるように、がれた雪のかたまりが、山道へと落ちてきた。巨大な雪は、小さな家なら軽く飲み込めそうな大きさをしており、岩のような角ばった形をしていた。あつみのある大雪は、ローブを着た人間の所へと勢いよく向かっていった。


「ジュオオッ!」


 突如、大きな雪のかたまりが、空中でかき消えた。熱にかされるように、ローブを着た人間の頭上でかたまりごと蒸発し、白い蒸気が空の上へとのぼっていった。蒸発する雪の下で、ローブを着た人物は微動びどうだにする事なく、じっと前を見つめていた。


「ザッ。ザッ」 


 冷たい風が吹く中、茶色いブーツが一定のリズムで音をきざみ始めた。ローブを着た人間は坂道を折り返し、再び山の上へと歩き出した。白いローブをなびかせながら、雪のる静かな道を、前へと進んでいった。











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