【前世】第20章1話 橙 夕映え
「来るならおいで」
ラヴィが
二丁拳銃を抜く
黒い耳が揺れる
「――子どもたちには
指一本触れさせない」
声は低い
だが
迷いはなかった
――ラヴィット族の谷は
薬膳の湯気と
干し野菜の甘い香りに
包まれていた
子どもたちの笑い声が
風へ溶けていく
誰も
今日が最後になるとは
思っていなかった
――ズ……ッ
ワイバーンだ
ただの飛行影じゃない
誰もが息を呑む
“来る”
本能でわかる急降下
「上等だよ」
ラヴィが
短く吐く
黒い耳が
風へ逆立った
「ラヴィ……ねぇ……」
背後で
レイラの声が震える
「……あれ……
本当に鬼族なの……?」
レイラ
ラヴィット族の中でも
数少ない戦闘派
長い耳を後ろで束ね
機関銃を抱える姿は
谷の子どもたちの
憧れでもあった
だが――
その指先は
小さく震えている
ラヴィは
空を見たまま答えた
「音で縛られている」
一拍
「……私たちが知っている
鬼族じゃない」
――ヴゥゥゥゥ……
谷の空気が軋む
低く
地の底が唸る
「ソォラァ……シシシィ……」
青鬼の族長
ヒューガの笑いが落ちた
谷全体が
弦みたいに張り詰める
大地まで
音へ引かれて軋み始めた
谷を砕き
土が跳ね
柵が折れる
――ゴゴゴゴゴ……
悲鳴が
遅れて追いつく
空気が
音階を変える
――ピィ……ピピピ……
鬼族の目は虚ろだった
生気がない
歩くたび
青黒い残響だけが揺れる
ラヴィの銃口が空を追う
「……音で縛ったって」
一拍
「……私の心は奪えない」
「ラヴィ……だめ」
レイラの声が裏返る
「行かないで」
ラヴィは
ほんの一瞬だけ笑った
優しく
けれど
どこか諦めたみたいに
「下がっていなさい
レイラ」
静かな声
「……あたしが
最後まで守る」
次の瞬間
ラヴィは宙を舞った
焼けた残像を引きながら
撃ち抜く
――パァンッ!!
――パァンッ!!
銃声が
青い唸りへ食い込む
レイラも
得意の機関銃で応戦する
――ガガガガガッ!!
だが――
敵は尽きない
落ちる
湧く
また落ちる
「もう……」
レイラの膝が沈む
「もう無理……
身体が震える……」
――ヴゥゥゥ……
低周波が
足元へ絡みつく
谷そのものが
音へ捕まっていた
ラヴィが叫ぶ
「怖くても逃げちゃダメ!」
その声で
レイラが前を向いた




