【前世】第18章3話 蒼 修復
マリアは
祈りの姿勢へ戻る
両手を胸へ重ねる
指先はほどけない
震えない
吐息は浅い
けれど
乱れない
唇だけが
小さく結び直される
「蒼よ……
魂の糸を……結んで……」
声は細い
なのに
蒼が濃くなる
床の蒼紋が
スゥゥ……と浮かび上がる
石と石の間を伝い
空気の輪郭を撫でていく
……ピシィ……!
裂け目が反応した
見えない硝子が
もう一度
割れようとする
その寸前の音
礼拝堂の端で
光が
一拍だけ
四角く滲んだ
四角い
不自然な光
そこだけ
世界の切り抜きみたいだった
その奥――
破れている層の暗がりから
赤い目が
ひとつ
端に浮かぶ
見たこともない異質な文字
――REC
……視線
見ている
こちらを
祈りを
誰かじゃない
何かが
ただ
見ている
それだけなのに
背筋だけが
冷えていく
マリアの蒼が
いま
裂け目を押さえている
邪魔はできない
ここで割り込めば
たぶん
裂け目は広がる
ふっ……
嫌な綻びほど
目が離せない
あの目は
奪うために見ていない
ただ
見ている
マリアの息が
静かに深く
石床へ染み込んでいく
祈りはもう
言葉の形をしていない
魂を紡ぐ
蒼い縫い糸
『蒼よ……
結びて』
その掠れた響きだけで
世界の膜が
正しい位置へと引き戻される
蒼い糸が
裂け目の縁を撫でる
寄せる
合わせる
押し込む
割れが
割れのまま終わらず
噛み合う
縫い合わされるんじゃない
思い出すみたいに
元の位置へ戻っていく
空気が戻る
光の四角も消える
赤い目も引いた
RECの文字だけが
最後に
一拍遅れて消える
礼拝堂へ
静けさが戻った
だが――
元通りではない
確かに
一度
向こうが見えた
――マリアは
顔を上げない
ただ
一拍だけ
肩で息をして
小さく呟いた
「……よかった」
何が良かったのか
彼女は言わない
言わないことで
赦しが守られる
妹は何も聞かない
聞かないことで
自分を守る
私もまた
何も言わない
知っていることほど
口にしてはいけない夜がある
口を開けば
この静寂は崩れる
言葉はいらない
祈りは
祈りのままに
裂け目は
裂け目のまま
縫い目さえ見せない方が
この世界は保てる
最後にひとつだけ――
ごく小さく
修復された音が鳴った
……キュッ
それは
糸を最後まで
引き結んだ音だった




