【前世】第18章2話 蒼 赦し
礼拝堂は静かだった
扉を開けた瞬間
香の匂いが
薄く流れる
蒼い光が
床の石目をなぞっていた
私は
礼拝堂の柱へ寄りかかった
蒼の巫女
――マリアがいた
膝をつき
背筋を伸ばしている
顔は穏やか
声も穏やか
「お疲れさま……リンダ」
その声だけで
礼拝堂の空気が
少し柔らかくなる
「はい……
今日も務めを」
会話は普通だった
天気のこと
衣の擦れ
足首の疲れ
踊りの呼吸
ただ――
言葉の隙間だけが
異様に澄んでいる
澄みすぎて
触れたら割れそうだった
マリアは
リンダの手元を
ほんの一瞬だけ見る
それだけで
妹の指先が
わずかに固くなる
隠す気配はある
だが
隠しきれてはいない
マリアの呼吸が
少しだけ深く整う
知っていて
言わない
知っていて
赦している
あの夜
王子を繋ぎ止めた温度を
マリアは知っている
責めれば
傷になる
暴けば
戻れなくなる
だから――
マリアは
責めない代わりに
祈りを濃くする
それが
この城を保つ方法だから
「無理はしないでくださいね……」
言葉は
ただの気遣いに聞こえる
けれど
それだけじゃない
「大丈夫です……
わたしの役目なので」
リンダは
崩さない
「役目……」
マリアは
息を整えるみたいに微笑む
その微笑みには
痛みも
悔しさも
混じっていない
ただ
受け止める静けさだけがある
リンダの喉が
小さく動く
一拍だけ
息が詰まる
ここで
何か言えば終わる
何か聞けば
傷になる
でも――
二人は言わない
普通に話す
普通のまま
傷を包む
その沈黙の奥に
まだ乾ききらない熱があることを
この目はとっくに拾っている
リンダは
何か言いかけて
結局
口を閉じた
マリアは
その目を見て――
祈るみたいに
ほんの小さく頷いた
その瞬間
蒼の息が
一段だけ深くなる
礼拝堂の空気が
静かに整っていく
まるで
見えない裂け目の上へ
布を一枚
そっと被せるみたいに
……ピシィ
礼拝堂の空気が鳴った
二人は瞬きをする
だが――
ふたりとも
何も言わない
言った瞬間
その音に
形が生まれる
背筋を這う
冷たい感覚
来ている
裂け目が
ここへ寄ってくる
マリアは
気づいているのに
顔色を変えない
リンダも
気づかないふりがうまい
マリアは言った
「少しだけ……待ってて」
「はい……」
リンダは黙って座る
衣の端を整える
踊り子としての所作
王族専属としての型
指先だけが
少しきつく
布をつまんでいた
誰も動かない
何かが
礼拝堂の輪郭へ近づいている
見えない
だが
確かに近い




