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【前世】第18章1話 紫 綻び

北の魔法地区から戻り

まだ数日


祝祭の旗は片付けられ


拍手だけが

石壁へ残っていた


だが――


空気だけが

もう冷えている


ヴィヴィとジンの帰還の余熱が

まだ廊下へ残っている


シューも

鬼族との修行を終え

王城へ戻ってきた


「いつも通り」


そう言い張れる配置は

揃っている


黄金

蒼

銀

翠


欠けてはいない


なのに――


どこか

噛み合わない


……ピシィ


乾いた音がした


いや……

した気がした


壁じゃない

扉でもない


空気そのものが

見えない指先で

弾かれたような音


それだけで

背筋が冷えた


……知っている


その音を

私は知っている


知らないふりを

しているだけだ


あの夜

空へ残った綻び


誰も口にしない


だから

私も言わない


……ピシィ


音だけが残る


あれ以来

ヴィヴィの胸の黄金が

時々ギン……と鳴る


本人は

「気のせいだ」で片づける


王子は

そうやって

自分を支えるしかない


口には出さない


言葉にした瞬間

壊れると分かっているから


――妹のリンダは

王族専属の踊り子として

廊下を歩いていた


桃色の布

白い薄衣


歩くだけで

視線が揃う


本人は笑う


笑ってしまえるところが

妹の強さで

同時に怖さだった


「姉さん――遅い」


リンダが振り返る


桃の布が

ふわり……と揺れた


「遅くない

お前が早い」


軽口


普通の会話


それが

余計に胸へ刺さる


妹は

好きになってはいけない人を

好きになった


あの一夜だけ


王子の隣へ立った


それだけで十分だった


視線でなぞれば

透けて見えてしまう


あの子が閉じ込めた

指先の震えも


息を殺して這わせた

夜の残り香も


なのに

今日も綺麗な“普通”を纏っている


哀しいほどに

型が良すぎるのよ


「マリア様が呼んでる」


そう言って

礼拝堂の方へ歩く


布の揺れは美しい


だが

歩幅の端だけが

少し硬い


その背を見ながら

何も言わない


言えば

守れなくなるものがある

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