【前世】第14章1話 紫 魔法
「魔法か」
ヴィヴィが
低く呟く
呟きは
コツン……と石壁へ触れ
音もなく消えた
新王子任命式から七日
もし――
紫の魔女がいなかったら
あの戦いは
成立すらしていなかった
拳を握る力
判断の速さ
盾の重み
そのどれもが
決定的に
――足りていなかった
胸の奥で
黄金が
ギ……ッとかすかに軋む
ジンと
シューはいない
任命式の翌日
二人はそれぞれ
修行へ出た
三十日
それを残して
自分だけが
止まっている
その感覚だけは
誤魔化せなかった
足りない道は
ひとつ
ヴィヴィは
マリアへ
置き手紙を残した
言い訳は書かない
止めるなとも書かない
ただ
行く先だけを残した
夜明け前
世界がまだ
眠りきった時間に
ヴィヴィは
城門を抜ける
向かう先は
北の魔法地区
術式と理が
折り重なる
世界の裏側
そして――
あの紫の魔女のいる場所
――幾何紋の刻まれた石畳が
ス……ッと紫光を滲ませる
巨大な紫の魔法陣
夜の中で
それだけが
冷たく息をしていた
その中央に
ひとりの女性が立っている
艶やかな紫の髪
肩口で揺れる
しなやかな曲線を描く肢体が
夜気の中で
妖艶に浮かぶ
――ユジャ
視線が合った瞬間
場の支配権が
向こうへ移る
「……ずいぶん無鉄砲ね」
声は静かだ
だが
一歩も譲らない
「王子が単身で
ここまで来るなんて」
ヴィヴィは
止まらない
「先日は助かった」
視線を逸らさず言う
「この地の魔法は
あんたのものか」
ユジャは
口元だけで笑った
「正解」
一拍
「それと
踊り子のリンダは妹」
わずかに首を傾ける
ヴィヴィの胸が
ドクン……ッと鳴る
(……視線が鋭い)
(どこまで
見抜かれている)
ユジャの目が
スゥ……と細くなる
品定めではない
もっと深い
どこで折れるかを
測る目だった
ヴィヴィは
視線を据える
「足りない」
「だから
ここに来た」
守るために
必要なものがある
「魔法を教えてくれ」
ユジャは
しばらく黙っていた
やがて
静かに言う
「教えてあげる」
「ただし――」
紫が
足元で揺れる
「壊れる覚悟が
あるなら」
その声音に
脅しはない
事実だけがある
ヴィヴィは顔を上げる
「覚悟はある」
一拍
「遊びで来たんじゃない」
一歩
踏み込む
「止まるつもりはない」
ユジャは
フッ……と肩をすくめた
「言葉だけは一流ね」
だが
その目の色は少しだけ柔らかい
「嫌いじゃないわ」




