【現世】第13章3話 紫 記録しない
七月
取材とは別に
wMAGICとヴィオで
会食の場が設けられた
仕事ではない
だからこそ
空気はかえって張っている
カメラはない
マイクもない
だが
撮っていない場ほど
人は本音を落とす
私は
この場では
“当事者”にならないと決めていた
椅子を半歩引き
グラスには触れない
鈴が
先に口を開く
「……あの時のスクープ
本当にごめんなさい」
声は小さい
だが
逃げない
「私……
正直に言います」
一拍
「もしかしたらって
本気で思ってました……」
小さく笑う
その笑いは
自分への苦笑だった
「期待もしてました」
指先が
グラスの脚を軽くなぞる
「ヴィオさんを
独り占めできるかもって」
場が静まる
誰も
助け舟を出さない
鈴が続ける
「でも……」
視線が
真っ直ぐになる
「ヴィオさんは」
息を吸う
「作られた物語の中に
――収まらなかった」
一拍
「だから」
そこで
初めて少しだけ揺れる
「それでよかったんです」
声は迷っていない
「私は
――ヴィオさんを推します」
静かに
断言する
「それは誰にも譲りません!」
ヴィオが
わずかに息を吐いた
「……正直
救われるな」
顔を上げて
所在なさそうにフッと笑う
「テレビで
俺を推すって言われるのは」
一拍
「悪くない」
だが
視線は逸らさない
「ただ」
空気が
静かに落ちる
「今は
守りたい奴がいる」
そこで
ほんの一瞬
言葉が止まった
視線が
どこにも向かない
誰かを見たわけでもない
だが
確かに
そこにいる誰かを
思い出していた
「でも……」
静かに続ける
「あいつを
巻き込みたくはない」
一拍
「俺の足が
まだ地についていないからな」
私は
ペンを止めた
鈴の表情が
一瞬だけ
ほどける
私は
書かない
その間を
記録しない
ここで補完すれば
それは“嘘”になる
私は
その編集点に
ひとりで立っていた




