【現世】第13章2話 紫 記録する
五月
球団のリハビリ施設から始まった
白い壁
機械音
数字
秒針のない時間
金城ヴィオ
想像していたより
静かな男だった
声も
動きも
無駄がない
何かを足そうとしない
何かを隠そうともしない
だが
見せたいわけでもない
その平坦さが
かえって目につく
医師の説明は端的だった
「年内は打者として復帰
投手は来季です」
一拍
「ただし
回復速度は……かなり早い」
そこだけ
眉が動いた
本人は
数字とスケジュールだけを
受け取っている
表情は
ピクリとも動かない
(不思議な人)
傷の話をしているのに
傷の匂いがしない
どこかで
見たことがあるような
気のせいね
私は
資料へ視線を落とした
その時だった
コツ……
控えめな足音
小さな影
花束を抱えた女の子が
そっと近づいてくる
空気が
フワ……
と緩む
ヴィオが
すぐに気づいた
「ああ……」
その声だけで
場の温度が変わる
「あの時の子か
無事でよかった」
女の子が
こくりと頷く
ヴィオは
膝を折った
目線を合わせる
その高さへ
ためらいなく降りる
「来てくれてありがとう」
短く
飾らず
「君が笑ってるなら
それで十分だ」
カメラが回る
レンズの赤点が灯る
ヴィオは
ゆっくり立ち上がり
レンズの前へ立った
「ちょっと
休むだけだ」
私は
その声の軽さを測る
きれいな謝罪でもない
悲劇の主人公でもない
乾いた風のような声だった
「一年」
間
「座ってるのは
性に合わない」
誰も動かない
空気だけが
少し深くなる
「でも」
視線はブレない
「必ず戻る」
一呼吸
「――次は
誰も追いつけない速さだ」
そこで
一拍だけ
空白があった
「止まるつもりはない」
その瞬間――
ピシィ……
マイクの音声が
一瞬だけ歪んだ
鈴の表情が
わずかに揺れる
今の宣言
その言葉だけが
一瞬
浮いて聞こえた
まるで
違う場所から
貼り付けられたみたいに
空気へ
馴染んでいない
気づいたのは
私だけ
私は
何も言わない
ただ
記録する
残せるものだけを




