36/92
【前世】第10章4話 翠 予兆
同じ頃
マリアは
蒼紋へ手を伸ばし
そのまま止めた
「……違う」
ひやり――
なのに
どこか暖かい
胸元の蒼石が
ギュ……と締まる
重い……
重力そのものが
落ちたように
マリアは
理由を探らない
ただ
祈りを深くする
見えない何かが
薄く
ずれている
それでも――
闇へ落ち切る寸前で
誰かが
ヴィヴィの手を引いた気がした
理由はわからない
だが
蒼だけが
それを知っていた
――通し稽古の前
シューが
足を止める
クン……
クン……ッ
焦げた灰が混じる
ここは練習場だ
戦場じゃない
なのに
“起きた後”の匂いが
“起きる前”にある
ゾワ……
背が逆立つ
吠えない
走らない
ただ
王子の影を外さぬよう
低く呼吸し
並走する
――違う
もっと先だ
三十日後
任命式の朝に
同じ匂いが立つ
灰の匂いは
まだ消えない
(……終わりじゃない)
(……来る)
胸の奥で
翠が
低く鳴った
ドクン……
誰もまだ知らない
灰の匂いは
まだ
消えていない
ドクン……
翠だけが
その方向を
見ていた




