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【前世】第10章3話 濃桃 旅立ち

夜明け前


リンダは

ゆっくりと身を起こした


乱れた衣を整える


振り返れない


振り返ったら

終われなくなる気がした


二つの月明かりが

静かに差し込んでいる


薄い光が

肌の輪郭をなぞる


まだ残る温度だけが

そこにあった


ヴィヴィも動かない


天井を見たまま


ただ

息だけをしている


リンダが

小さく息を吐く


「……殿下」


ヴィヴィは動かない


「私といたかったんじゃない」


静かな声だった


優しいまま


少しだけ

寂しかった


「殿下は」


一拍


「逃げたかったんですね」


ドクン……


胸の奥が鳴る


リンダは続ける


「ずっと」


一拍


「頑張っていたんですね」


長い沈黙


ヴィヴィは否定しない


できなかった


リンダは

少しだけ笑う


寂しそうに


けれど

責めない


「それでも」


「今夜

ここへ来てくれて

よかった」


その言葉だけが


やけに重かった


ヴィヴィの指先が

わずかに動く


リンダは

それを見ない


見たら

離れられなくなる


「でも……」


小さく息を吸う


「殿下が」


「ひとりでいる姿は

寂しすぎます」


静かな声だった


「誰かを守るために

前へ出る人です」


一拍


「だから」


長い沈黙


視線が揺れる


涙は見せない


けれど


最後まで

願いだけは隠さない


「殿下が」


小さく息を吸う


「本当に

大切だと思える人と」


一拍


「ちゃんと

並んで歩いてください」


ドクン……


黄金が鳴る


ヴィヴィは

ゆっくり目を閉じた


今夜を選んだ


自分で選んだ


誰にも命じられていない


だが


自由になった気はしなかった


むしろ


自分が何から逃げたのかだけが

見えてしまった


王になる前の自分


強くなりきれない自分


何かが

少しだけ

重かった自分


全部が

そこにいた


リンダは

扉へ向かう


もう振り返らない


振り返れば

願ってしまうから


「……幸せになってください」


声が

少しだけ震えた


一拍


喉が詰まる


けれど


それでも笑った


ヴィヴィは

黙ったまま聞いている


リンダは

微笑む


寂しく


けれど

綺麗に


「私は」


呼吸が揺れる


それでも

最後まで崩れない


「好きになれて

幸せでした」


その一言だけは


最後まで嘘じゃなかった


扉へ手をかける


「だから」


一拍


「今夜は

私の宝物です」


カチャ……


扉が開く


月明かりが流れ込む


「さようなら

ヴィヴィ様」


扉が閉じる


静寂


ヴィヴィは

天井を見たまま動かない


胸の奥で


黒くなりかけていた黄金へ


桃色が

一滴だけ残っていた


消えない


だが


もう戻らない色だった

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