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【前世】第10章2話 濃桃 想い

稽古が終わる


灯りが少し落ち

布の揺れだけが残る


団長が進み出た


「殿下

明朝から通し稽古を」


声が低く続く


「今夜はこちらへ」


王城へ戻れば


また

王子が始まる


視線

期待

責任


全部が

ヴィヴィへ集まる


そのどれもが

避けたいものじゃない


むしろ

背負うべきものだ


わかっている


だが


少しだけ

息が詰まった


王になる

未来を背負う

誰かの光になる


それは決めている


けれど


18歳の自分は

どこへ行く


ドクン……


胸の奥が鳴る


一晩だけ


王子じゃない自分で

いたかった


誰にも決められず

誰にも期待されず


ただ

ひとりの男として


呼吸をしたかった


ヴィヴィは

静かに頷いた


団員たちの視線が伏せられる


誰も何も言わない


だが


空気だけが知っていた


今夜は

ただの宿泊では終わらない


――灯りは弱い


布の影が揺れる


夜の匂いは

少し甘い


その中へ


リンダが来た


足音はない


気配だけが

先にある


「……殿下」


静かな声だった


媚びはない


だが

真っ直ぐだった


「私は知っています」


呼吸が薄くなる


「蒼の巫女――

マリア様のこと」


ズン……


空気が沈む


ヴィヴィは動かない


リンダは

ゆっくり続ける


「殿下は……もう決めている」


「誰と並ぶのかも」


「どこへ行くのかも」


長い睫毛が伏せられる


声は静かだ


「本当は……」


一拍


「そう思えたら

楽だったんです」


ヴィヴィの目が

わずかに揺れる


リンダは笑わない


誤魔化さない


「私は」


小さく息を吸う


「殿下が好きです」


静かな告白だった


けれど


その一言だけは

逃がさなかった


「好きにならない方が

よかったのかもしれません」


「でも」


指先が

わずかに震える


「好きでした」


長い沈黙


それでも


視線だけは逸らさない


「だから」


「今夜だけ

私の想いを受け止めてください」


「終わらせるためじゃありません」


一拍


「ちゃんと

好きだったと残すためです」


ヴィヴィは

静かに息を吐く


それから

一歩近づいた


リンダの髪へ触れる


やわらかい


香が近い


「……リンダ」


低い声だった


「誰に流される気もない」


「隣に立つ相手も」


「生き方も」


「全部

俺が決める」


リンダの瞳が

わずかに揺れる


「だから――」


ヴィヴィの指先が

髪を滑る


「今夜ここにいるのも

俺が選んだ」


短い沈黙


リンダは

ゆっくり目を閉じた


拒まない


けれど


奪おうともしない


カチリ……


扉に鍵がかかる


触れた瞬間――


黄金が

トクン……と一度だけ鳴る


長いのか


短いのか


もうわからない


ただ


黄金の奥に

桃が一滴


静かに滲んでいた


それは

永遠を望む色じゃない


今だけを抱く色だった

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