【前世】第8章3話 黄金 未来
その頃
王城では
空気が
変わっていた
ふたりは察していた
アサド王は
ゆっくり隣を見る
ラブア王妃が
静かに頷いた
言葉は
もう多くいらない
アサド王が言う
「ラブア……」
短い間
「ありがとう」
短い言葉だった
「お前は
俺の誇りだ」
ラブア王妃は
静かに微笑む
「アサド……」
優しい声だった
「あの子は大丈夫です」
迷いはない
「だから……
あなたは最後まで
王でいてください」
王城に
煙が満ちていく
火ではない
匂いもない
ただ
視界だけを奪う灰色
アサド王は
玉座の間に立つ
剣は抜かない
構えも取らない
必要がないと
わかっていた
「……来い」
その瞬間
王の背後に
“何か”が立った
気配だけ
刃もない
音もない
見えない
だが
いる
――ドン
衝撃が
内側から
身体を折る
膝が落ちる
視界が傾く
それでも
アサド王は
最後まで前を見ていた
「未来は――ヴィヴィだ」
声が
血と一緒に落ちる
「すべてを託す」
その言葉を最後に
アサド王は
前へ倒れた
少し離れた場所で
ラブア王妃が
その光景を見ていた
逃げない
叫ばない
次は自分だと
わかっていたから
背後に
同じ圧が立つ
ラブア王妃は
倒れゆく王を
一度だけ見つめ
静かに微笑んだ
「……生きて……ヴィヴィ……」
祈るように
囁くように
「あなたは……
光……」
その祈りは
煙を抜け
膜の裂け目を抜け
遠い下層へ
“ピッ”と
小さな光震を落とした
――ドン
世界が
小さく揺れる
ラブア王妃の身体が
静かに床へ崩れた
煙の中で
低い声が響く
「……無価値な
均衡だ」
覇気だけがある
姿は
最後まで見えない
「……見ているか
……女神イヴ……」
その名だけが
重く残った
――静まり返った王城に
ひとつの足音が
遅れて届いた
ヴィヴィだった
アサド王
ラブア王妃
ふたりは
もう動かない
ヴィヴィは
立ち尽くす
喉が動く
それでも
声は出ない
拳を握る
爪が食い込み
血が滲む
痛みだけが
遅れて来る
胸の奥で
何かが
ゴゴゴ……と
低く鳴る
怒り
悲しみ
喪失
それだけじゃない
もっと深い場所で
黒いものが
ゆっくりと目を開けた
怒りに似ていた
悲しみにも似ていた
けれど
そのどちらでもなかった
音のない闇が
胸の奥で
静かに脈を打つ
ドクン……
ヴィヴィは
まだ気づかない
それが
敵の影ではなく
自分の中に
あったものだと
ただ
握りしめた拳だけが
震えていた




