【前世】第6章1話 翠 足音
エスターニャ・コモサス星
俺が
空を見上げていた世界の名だ
飛べなくなった俺は
番号すら呼ばれなくなった
104号
その音は
いつの間にか
誰の口からも消えていた
返事をする相手すら
もういない
呼ばれない
というのは
叱責より重い
命令より冷たい
――厩舎の奥
使われなくなった区画
本来なら
誰の足音も
届かない場所
それでも――
毎日
足音が来る
最初は
幻だと思った
だが
違った
黄金
蒼
銀
三つの気配は
いつも同じ順で現れる
ヴィヴィは
いつも同じ距離で立つ
近づきすぎず
だが
遠くもない
命令はしない
励ましもしない
「調子はどうだ」
それだけを聞く
それ以上は
踏み込まない
だからこそ
逃げ場がない
哀れみじゃない
監視でもない
ただ
ここに来る
それだけが
毎日
繰り返される
マリアは
檻の前で手を組む
目を閉じる
声は出さない
けれど
空気が
スゥ……とわずかに緩む
痛みが引くわけじゃない
骨が繋がるわけでもない
だが
胸の奥が
コト……
少しだけ
静かになる
ジンは
少し離れた位置で
全体を見ている
視線は鋭い
いつでも動ける位置
だが
今は動かないと決めている位置
三つの色が
毎日
ここへ来る
理由はない
義務でもない
命じられたわけでもない
――なのに
俺は
何も返せていない
役に立たない
守れない
飛べない
誇れることがあるとすれば
ひとつだけ
あの時
訓練空域で――
ヴィヴィを守り
盾になった
それだけだ
それ以外は
何もない
その時の俺には
それしかなかった
――マリアは
毎日
祈っていた
自分が何をしているのか
本人は
わかっていない
ただ
胸の奥が
そうしろと囁く
祈りは
術式じゃない
魔法でもない
だが
似ていた
傷を塞ぐのではなく
時間の上を
サラ……と撫でるような感触
折れた翼の奥
断たれた感覚の
さらに奥
忘れかけていた
“空の線”が
チリ……と呼び起こされる
俺は知らない
マリアも知らない
だが
その祈りは確かに
毎日
少しずつ
俺の中の同じ場所を
コツ……
コツ……と叩いていた
治しているんじゃない
呼んでいる
失われたはずのものへ
もう一度
触れようとしている




