【前世】第4章3話 翠 選択
飛行訓練の日
空は静かだった
風がない
雲も低い
だからこそ
違和感が際立った
シューの背に
ヴィヴィが乗る
黄金の重さが
翼へ伝わる
嫌じゃない
むしろ
落ち着く
空へ出た瞬間
世界が開く
そのはずだった
だが
空の奥に
歪みがあった
黒と銀
混ざるはずのない色が
無理やり押し込まれている
層が
ズレている
世界そのものが
噛み合っていない
ドクンッ!
胸の欠落が
強く反応した
理由は
わからない
触れてはいけない
それでも
目が離せない
次の瞬間
風が裏返った
乱流
崩壊
人工的な歪み
翼が持っていかれる
姿勢が崩れる
ヴィヴィの身体が
浮く
落ちる
その光景だけが
異様に遅く見えた
(落とさない)
考えるより先に
翼を叩きつける
進路を
無理やりねじ曲げる
だが
間に合わない
ヴィヴィが離れる
落ちる
シューは
裂けた翼を
無理やり開いた
痛い
骨が軋む
肉が裂ける
それでも
止めない
追いつく
抱える
押し込む
胸の内側へ
ドクンッ!
その瞬間
理解した
離れれば
失われる
だから
離さない
理屈じゃない
命令もない
ただ
離したくない
それだけだった
(……離せない)
初めての感覚
同時に
恐怖
(……なくなる)
だから
壊れても
止まらない
これは
守ることじゃない
――選択だ
その瞬間
翠が爆ぜた
風が弾ける
色が散る
衝撃
激突
沈黙
音が消える
風も
光も
遠い
何も届かない
外側が消える
残るのは
内側だけ
重さ
温度
鼓動
それだけ
……
……
中心で
ヴィヴィは無事だった
シューは伏していた
翼は壊れ
もう
飛べない




