【前世】第4章2話 翠 名前
その日
空気が変わった
兵士たちの靴音は
いつも同じだ
だが
その中に
ひとつだけ
異質な気配が混じっていた
檻の前に
幼い黄金の王族が止まる
――ヴィヴィ
その後ろには
幼い銀の騎士
――ジン
104号は
反射で牙をむいた
先に威嚇しなければ
命を奪われる
「大丈夫だ
何もしない」
黄金は
揺れない
逃げない
怒らない
「オレがここにいる」
104号の胸の欠落が
わずかに軋む
ヴィヴィが
檻の前で膝を折る
上から見下ろさない
同じ高さまで
降りてくる
命令じゃない
押しつけでもない
“合わせる”
という選択だった
「……こいつ
命令待ちの目をしてない」
ヴィヴィが
小さく呟く
104号は
唸り声を低くする
視線が絡む
逃げない
逸らさない
「オレの目を見ろよ」
その声だけ
不思議と痛くなかった
104号は
じっとその瞳を見る
ヴィヴィが
低く呟く
「何か変だ」
「胸の奥が
落ち着かない」
視線を逸らさない
「放っといたら
ダメな気がする」
ドクン
104号の胸の欠落が
初めて
音を持った
ヴィヴィが
わずかに笑う
「番号じゃ
呼びにくいな」
一歩
檻へ近づく
黄金の視線が
まっすぐ刺さる
「お前
名前ないのか?」
104号の呼吸が
止まる
名前
その言葉自体
向けられたことがない
必要とされたことも
意味を与えられたことも
一度もなかった
ジンが
低く言う
「……104号だ」
「それが
この区画の規律だ」
だが
ヴィヴィは止まらない
「嫌だ」
その一言は
あまりにも早かった
迷いがない
理屈もない
最初から
そうするつもりだったみたいに
「お前は
道具じゃない」
さらに一歩
近づく
「今日からお前は
シューだ」
ズン……
名が
落ちた
(……シュー)
音が
胸の奥へ沈む
番号ではない
捨てられても
代わりが利く記号ではない
ひとつだけの
呼び名
ドクンッ!
世界の輪郭が
初めて繋がった
ジンが
静かに呟く
「……この竜
他と違う感じがする」
視線は
シューへ向く
「前へ出る目じゃない」
一拍
「……受け止める側だ」
(受け止める……)
まだ
意味はわからない
それでも
その音だけは
離れなかった




