第9話:専業主婦の「静かなるタイムアタック」
専業主婦の恵子(35)は、平日午後1時のリビングで、恐るべきミッションに挑んでいた。
それは「生後8ヶ月の息子が昼寝をしている隙に、全ての家事と夕食の支度を終わらせる」という、1分1秒を争うタイムアタックである。
「ターゲット、入眠。作戦開始」
恵子は音を立てずにベッドから抜け出す。ここからの彼女の動きに無駄はない。
まずは洗濯機を回し、その隙に掃除機をかける。いや、掃除機の音はターゲットを起こすリスクがある。ここはクイックルワイパーによる「サイレントお掃除モード」だ。
続いてキッチンへ。夕食のハンバーグを仕込む。
玉ねぎをみじん切りにする包丁の音すら、今の恵子にとっては爆音に聞こえる。
トントントントン……。
(うるさい! もっと静かに、かつ高速で刻むのよ!)
忍者のような身のこなしで玉ねぎを刻み、ひき肉をこねる。
その時、リビングのインターホンが鳴り響いた。
ピンポーン!
(バカなッ……! この絶妙なタイミングで誰だ!?)
インターホンの音で、寝室から「ふぎゃあ……」と不穏な声が聞こえる。起きるか、起きないかの瀬戸際だ。
恵子はダッシュでインターホンの受話器を取り、小声で吠えた。
「誰ですか! 今、子供が寝て……!」
『あ、宅配便です! 置き配にしときますね!』
配達員は察してすぐに立ち去った。寝室の息子は、少し寝返りを打ったあと、再び深い眠りに落ちた。
「ふう……セーフ……」
恵子はすり鉢で大豆を潰すような静けさで、再びハンバーグをこね始めた。主婦の日常は、いつだって特殊部隊の作戦行動なのだ。




