第5話:移動販売の「限界ワンオペ・ディストピア」
脱サラして念願のタコライス専門店「太陽のタコトラック」を始めた健太(31)は、オフィス街のランチタイムに絶望していた。
営業時間は11時半から13時半までのわずか2時間。
今、健太の目の前には、腹を空かせた会社員の行列が30人以上並んでいる。
車内の狭いスペースで、健太は調理、盛り付け、会計、接客のすべてを1人でこなす「限界ワンオペ」の境地に達していた。
「いらっしゃいませ! タコライス、チーズトッピング、お待たせしました!」
右手でレタスを掴み、左手でチェダーチーズを散らし、足元ではフットペダルを踏んで水道の水を出す。脳のCPUはすでに100%だ。
そこへ、スマートフォンの画面を見つめる今風の青年が注文にやってきた。
「すんません、タコライス。あ、トマト抜きで。あとご飯少なめで。あ、あとソースは激辛とマイルドのハーフ&ハーフってできます?」
(カスタム注文、入りましたァァァ!!!)
健太の脳内アラートが鳴り響く。行列のプレッシャーの中でのイレギュラー対応は、プログラマーのバグ修正より恐ろしい。
「かしこまりましたッ!」
健太は超高速でトマトを排除し、ライスを3割減らし、ソースのボトルを両手に持って「二丁拳銃」のスタイルで同時に絞り出した。職人技である。
「お会計、850円です!」
青年は財布を開き、「あ、千円札しかないや」と言って1000円札を出した。
健太はすぐさまお釣りを出そうと、小銭入れに手を伸ばす。――が、そこで凍りついた。
100円玉が、ない。さっきの客でお釣りの100円玉が完全に底を突いていたのだ。
(終わった。150円のお釣りが作れない。後ろには29人の行列。私はここで破滅するのか……!)
脳内で悲壮なBGMが流れたその時、青年の後ろに並んでいたベテラン風のOLが、懐からスッと50円玉を差し出した。
「お兄さん、私もちょうど850円あるから、この人の1000円札と私の小銭、両替してあげるわよ」
「女神様……!!」
キッチンカーという狭い密室で、健太は今日も街の優しさに救われながら、爆速でタコライスを盛り付け続けるのだった。




