第4話:夜間警備員の「大いなる錯覚」
ベテラン施設警備員の松坂(45)は、誰もいない午前2時の深夜のオフィスビルを巡回していた。
懐中電灯の光だけが、暗闇の廊下を照らす。
元ラガーマンの松坂は、不審者など一歩も恐れない。彼が本当に恐れているのは――「お化け」だった。
コツ、コツ、コツ……。
静まり返ったフロアに、自分の足音が響く。
(……待てよ。今、俺が足を止めたのに、0.5秒遅れて足音が聞こえなかったか?)
背中に冷たい汗が流れる。
松坂の脳内フィルターは、深夜のオフィスにあるすべてのものを恐怖の対象に変換し始めていた。
* ハンガーにかけられたスーツのジャケット ⇒ 天井からぶら下がる人影
* 自動で動き出したお掃除ロボット ⇒ 足のない何者かの急接近
* 給湯室の冷蔵庫の駆動音 ⇒ 呪いの怨嗟の声
「ふ、ふん、気のせいだ。俺はプロだぞ……」
自分を鼓舞しながら、役員室の前に差し掛かった。その時、暗闇の中に「白い二つの光」が浮かび上がり、こちらをじっと見つめていることに気づいた。
(出たァァァァァァ!!!)
松坂は心の中で絶叫し、極限の恐怖から護身用の警戒姿勢をとった。いつでもタックルできる構えだ。
じりじりと近づき、懐中電灯の光を当てる。
そこにいたのは、昼間、社長が孫からもらったという「目がピカピカ光る、等身大のタヌキの信楽焼」だった。
「……ただの、タヌキ……」
腰が抜けそうになりながら、松坂は無線機を握りしめた。
「こちら松坂。3階役員室前、不審な……いえ、非常にかわいらしいタヌキの置物を発見。異常なしです」
中央監視室から「お前、声が震えてるぞ」とツッコミが入る。松坂の、長すぎる夜はまだ明けない。




