第38話 繰り返される訓練、異世界での日常
そこは城内の訓練場、勇者として召喚された異世界の若者たちはそれぞれの才能に合わせた訓練プランが組まれ、専属の指導者の下この世界での戦闘技術を磨いていた。
“キン、ガキンガキンガキンガキン、キン、ピタッ”
「そこまで、勝者、後藤雄一殿!!」
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、流石は後藤殿、完全に追い抜かれてしまいました。残念ですがこれ以上の手合わせは後藤殿にとっては無駄な時間となってしまいます。基礎も応用も身につけられた、後は実戦の中で勝負勘を身に付けていかれることが最善でしょう。
ですがパーティーでの動きというものは個人の剣技とは異なります。皆さんに分かり易い言い方をすれば個人技の上手いサッカー選手がチームの要になるとは限らず、優秀な選手を集めたからといって必ずしも勝てるとは限らないということです。
勝てるチームとは個々が優秀なことは勿論、チーム内の連携が上手く機能してこそだということを忘れないでください。
繰り返しになりますがこれはゲームではありません。傷付けば痛いし腕が切られれば失われる、魔法の治療による回復もありますが、死ねばそこでお終いです。
私は優れた新兵がその才能故に早死にしてしまう光景を何度も見てきた、あなたは異世界から無理やり呼び出された人間だ、こんな所で命を無駄にすることのないよう呆れるくらいの慎重さを身に付けてください」
そう言い一礼をして訓練場を下がる指導騎士、後藤雄一は騎士からの忠告を弱者の戯言と切り捨て、訓練場の端に寄り剣を振るう。
「ふん、あんな弱者でもいないよりかはいた方がマシだったか。やっぱり打ち込みにはサンドバッグ役が必要だよな、弱っちい連中なんかどうしようがこっちの勝手だろうに、能力別訓練だなんて余計なことをしやがって」
後藤雄一は異世界に召喚されたことで手に入れた力に酔っていた。変わらぬ日常と学校という閉塞空間、若者特有の苛立ちを燻らせていた彼の心は異世界という未知の環境と他人とは違う特別な力という裏付けにより、自身を選ばれし特別な存在であると確信させるに至った。
「フンッ、剣を握り始めて一月も経たない俺に手も足も出ない低能が生意気にも説教か? マジで聞いて呆れる。大体アイツらは自分たちでどうにもできないからって別世界の俺たちに縋りついてきたんだろうが、だったらそれなりの態度で誠意を示せって言うんだ」
次第にそれは傲慢さと終わることのない不満を呼び、彼を異質なものへと変えていく。
「まぁいい、今は大人しくしておいてやるよ。生きていくには生活基盤が必要だ、ただ寄越せと騒ぐのはガキのやる事、絶対的な力は全てをねじ伏せるってな」
後藤真一は今日も剣を振るう。それは魔物の脅威に怯える人々を助けようとする正義感でも、見知らぬ世界に連れてこられた不安からでもない。
己が力を振るい己の欲望を叶える為、必要な力は手に入れた、だが絶対的なものかと聞かれればそうとは言い切れない。
「ここは剣と魔法の異世界、ならば剣でも魔法でも負けない力を手に入れてやる」
後藤雄一の仄暗い欲望は、彼をただの高校生から召喚された勇者へと変えていく。それがどういう結果を齎すのか、この時点ではまだ誰にも予測できないのであった。
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“ゴソゴソゴソゴソ”
そこは王城の一角、様々種類の低木が植えられた季節の彩を見せる庭園。そんな美しい庭の木々の影にしゃがみ込み、積もった枯れ葉を手で払い目的のものを探し続ける。
「よし、ダンゴムシゲット。これで十匹目、中々好調。でもな~、メイドさん方が虫を嫌がって遠回しに文句を言うんだよな~。後でこのポイントを教えてくれた庭師のおっちゃんにお礼を言わないと、それと裕子にお願いして野菜くずを分けてもらわないとね」
この世界のダンゴムシは大きい、小振りのものは日本のものと変わらないけど、環境によってどんどん大きくなるらしい。
「しかし本当に親指サイズのダンゴムシがいるとはね、子供の頃初めてカブトムシの幼虫を見た時も驚いたけど、このサイズのダンゴムシを見ればやっぱり日本じゃないって思うわ。
でも魔の森と呼ばれるところのダンゴムシならスイカくらい大きいものもいるらしいし、夢が膨らむわね。目指せ、ダンゴムシマスター!!」
図書室で読んだテイマーの本には、魔物の成長を助けるものは魔力を含んだ食べ物と書いてあった。最初は知らない文字をスラスラ読めることに驚いたけど、加藤君によればこの辺は召喚される際のデフォルト設定とのことだった。
「でも加藤君が大昔創造神に召喚されて魔王をさせられていたとはね、しかもようやく魔王任務から解放されたと思ったら今度は勇者召喚って、加藤君もツイてないよね~」
加藤君によればこの世界はその昔加藤君が魔王として召喚され何度も殺されまくった忌まわしき場所なんだとか、そんでもって私が伝説の最後の勇者様とやらで、加藤君と一緒に創造神をぶっ殺したらしい。
「普通に聞けば電波系か感知してない中二病なんだけど、私も同じような記憶があるんだよね。世の中狭いこと」
「本当にな、まさか俺も転校先の高校で川崎に合うとは思わなかった」
ふいに掛けられた声に顔を上げれば、そこには自称元魔王の加藤君。
「よっ、ファーブル博士、昆虫採集は順調か?」
「フフ~ン、本日入れ食いでございます。何と親指サイズのダンゴムシが十匹も、これは中々の成果ではないでしょうか。ところで加藤君は何を?」
国王陛下との謁見後、それぞれの能力に合わせて担当者が付けられた。
剣術のスキルを持つ者であれば指導教官を、魔法のスキルを持つ者であれば現役の魔法使いを。そんな中戦闘とは関係のないスキルを持つ者たちは職業系の人間が担当者となり。
「これから斥候職の冒険者に指導を受けることになっていてな、所謂盗賊ってやつだ。課題は王城内のかくれんぼ、そんなことが何の役に立つのかとも思うが、逃走系のスキル持ちは派生で<隠遁>や<姿隠し>といったスキルに目覚めることがあるらしい。
ここの庭園もかくれんぼの範囲に入っていたから下見に来たって訳だ」
加藤君は斥候としての才を望まれているようです。
「ところで川崎の担当指導者はどうなったんだ? たしかテイマーの冒険者が指導についていたはずだろう」
「逃げられた」
「・・・はっ?」
「初日に“私には何もできません”って言われてそれっきり。後は図書室で自習、お陰で司書さんとは随分と仲良くなれました」
私の言葉に何故か可哀想な者を見るような目を向ける元魔王様、でも加藤君だってそこまで変わらない扱い受けてるんだからね?
因みに我ら味噌っかすチームの中で一番期待されているのは厨房の戦士裕子、既に調理人見習いとして現場で働いております。
「お~い、加藤く~ん、玲奈~、主人公様を見なかった~?」
「あら、噂をすれば何とやら」
「おっ、小林、使いっぱしりか?」
「おろ、私、お邪魔でしたかな? 異世界という環境に送り込まれることで芽生える恋、ヒューヒュー、アオハルかこの野郎!!」
「小林、料理の仕込み作業が大変なのか? ちゃんと寝れてるか? 勇者様方が増えたことで厨房は常に戦場らしいな、辛い事があったら言えよ、逃走ルートは確認済みだ」
いきなり始まる裕子と加藤君のコント、この二人は本当に仲がいいな~。やっぱり相性のいい相手というものは貴重なんでしょう。
「ってそうじゃないよ、佐藤君見なかった? タワシの在庫が減ってきてるからわらしべしてもらいたかったんだけど」
佐藤君というのは二人が主人公様と呼んでいる残念スキルの持ち主、因みにクラスの中の三大残念スキル持ちが佐藤君と加藤君と私。裕子は単純に雑用として有能ということで除外されています。
基本戦闘職以外は蔑みの対象とされる雰囲気があるんだけど、厨房は戦場だしね。スキルは使えば使うほど熟練度が上がるもののようで、裕子の皿洗いと野菜の下処理は相当なレベルに達しているらしい。
そんな裕子に抜けられると城の厨房が回らないということで、本来だったら様々な料理の修業をさせるところを下処理とお片付け専門勇者として、辣腕を振るっているんだとか。そうしてある程度発言権を手に入れた裕子は、主人公様育成の為積極的に佐藤君の<わらしべ長者>使わせているとのことでした。
「そういえばさっき見たな、クラスの男子生徒に絡まれてたはずだ。“不釣り合いな幼馴染に逃げられた気分はどうだ”とか“ハーレム崩壊ざまぁ”とか散々言われてたぞ」
「あ~、あの二人、賢者様と聖女様って言われてるんだっけ? この世界のステータスは職業性じゃないんだけど、強力な四大属性魔法のスキルがあったり、治癒魔法と神聖魔法を持ってたりすればちやほやされちゃうよね~。パンテーン王国としては聖剣の勇者三田村君とくっつけてハーレムパーティーを結成させる気満々みたいだし、物乞い勇者の佐藤君は排除対象だよね~」
スキルの有無によって本人の意思に関係なくこれまでの人間関係が引き裂かれる。それも呼び出した者たちの手によって分類配置され、意図的に対立構造を作り出すようにして。
裕子と加藤君は「これは追放イベントの仕込みに入ったか?」とか「この屈辱を燃料にして佐藤君の覚醒イベントが」とか言いながら盛り上がっている。今のとんでも状況に対してこれって、何気にこの二人って残酷だよね。
「それじゃちょっと探してみるよ、<わらしべ長者>スキルが覚醒する前に追放されちゃつまらないしね。個人的には<タワシ>の活用によって魔力枯渇を繰り返して膨大な力を手に入れるに一票」
「俺的には<わらしべ長者>が何かの上位スキルに変化することを期待している。逆恨みされても面倒だから佐藤の姿が消えたら速攻逃げ出すけどな。まぁその時が来たら俺たちもついでに消されるかもしれないが」
加藤君によれば、召喚者が勇者を間引きすることは割と普通に行われていたらしい。人代より前、三千年以前の神代の時代は随分と殺伐とした世界が広がっていたようだ。
「でも裕子、交換するにしても何を持って来たのよ。見たところ何も持ってないようだけど」
「フッフッフッフッ、厨房の雑用専門要員を嘗めてはいけない、特別なルートで廃棄処分の決定されている古いマジックポーチを手に入れたのですよ。これ、玲奈と加藤君にもお裾分け。そうはいっても他の勇者様方は最新のマジックバッグが支給されてるんだからそこまで大したものじゃないんだけどね。でも魔道具ってだけでテンション上がらない?
因みに生き物を入れると死んじゃうから玲奈は気を付けること、ダンゴムシを突っ込んだらアウトだからね」
ウ~ン残念、異空間の飼育スペース確保とか思ったらそうは上手くいかないようです。でも餌の確保には有効? 後で庭師のおじさんに頼んで落ち葉を集めておいてもらおう。
「でも考えてみると虫を使うのって虫と一緒に移動しないといけないんでしょう? 飼育スペースも確保しないといけないし、結構不便だよね」
「まぁね、テイマーは従魔の指輪っていう三体まで従魔を収納できる指輪を使うらしいんだけど、私の場合虫だから三体じゃすまないしね」
私と裕子が仕方がないといった顔をしていると、加藤君が口を挟みます。
「いや、手がない訳じゃないぞ? たしか精霊が“精霊の庭”という特殊空間を作る事ができたはずだ。これは通常森の泉や巨大な木の洞といった特別な場所に作られることが多いんだが、精霊って奴は気まぐれでな。鞄や箪笥に出入り口を作る場合がある。
“精霊の庭”の中は特殊な異空間になっていてな、普通に人が生活できるし昆虫の飼育だって可能だ。
だがそんなことは本当に稀だ、数千年に一度あるかないかってくらいまずお目にかかることがない。そこで人が考え出したのが、<ディメンションスペース>という魔法だ。これは特別な異空間を作り出す魔法で、空間大きさは魔力量に依存すると言われている。川崎は使っていなかったが、過去の勇者の中には<ディメンションスペース>を使って野営をする者もいたくらいだ。
ただこの魔法は設定に膨大な魔力を消費するようでな、使用者を選ぶ魔法と言われている」
加藤君の口から語られる希望の光、でもこういった者には必ずオチがある。
「・・・つまり私たちには?」
「今のところ逆立ちしたって無理って奴だな。ただ魔法文献には載ってるしはずだし、何かの役に立つかもしれないから原理や詠唱を調べておくのもいいかもしれないと思ってな」
う~ん、微妙に希望を持たす言い回し、加藤君、性格悪いぞ!!
その後それぞれの用事を済ませる為その場を離れる二人、残された私は十匹のダンゴムシを入れた小箱を眺めながら、「<ディメンションスペース>か~」と一人呟くのであった。




