第39話 過ぎる日々、現れる悪意
各々の訓練が行われるようになって三カ月が経った。ある者は担当教官に認められ教官を含んだ兵士数名と共に魔獣討伐の経験を積み、またある者は特定の生徒同士でパーティーを組み魔獣討伐を含んだ実戦的な訓練を行いとそれぞれの能力に合わせたカリキュラムが組まれ、私たちは否応なしにこの世界の現実に馴染まされていった。
「ダンジョンでの合同訓練ですか?」
「はい、勇者様方にはそれぞれの能力に合わせたパーティーを組んでいただき、より実戦に即した形の訓練を行っていただくことになっております。場所はバルザック管理ダンジョン、兵士や冒険者の訓練用に使われる王家所有の管理ダンジョンとなります」
その知らせを聞かされたのは私が城内に与えられた今は使われていない倉庫でダンゴムシの餌やりをしていた時であった。正確には“虫を飼うのなら他所でやってくれ”と宿舎の部屋を追い出された末に行きついた場所がここだったというだけなのだが。
「それで、私の他のパーティーメンバーですが」
「はい、川崎玲奈様の配属されるパーティーは加藤幸一様、佐藤学様、小林裕子様の合計四名のパーティーとなります。出立は二日後となりますので、それまでに準備をお願いいたします」
知らせに訪れた兵士は部屋の中の様子を見てギョッとした表情になるも、必要なことを伝えるとそそくさとその場を離れていく。私は何をそんなに驚くほどのことがあるのだろうかと首を傾げると、改めて部屋の中を見回す。
そこには大小様々な箱とその中に敷き詰められた落ち葉や枯草、そして箱の中で蠢くダンゴムシの姿。それぞれの箱は与えた餌によって成長の違いがあるのかを調べる為に棚によって区分されていたりするのだが、興味のない者にとってはただダンゴムシが蠢く異様な光景に見えた事だろう。
艶めく外骨格、ピクピク動く触覚、ムカデほどではないもののモゾモゾと動く多くの足は不気味というよりも可愛らしい。・・・可愛らしいよね?
ムカデはな~、やっぱり毒虫はちょっとまだ抵抗が。
ラノベの主人公で虫使いといったら毒虫を身体中に這わせて防御と攻撃を兼ねるのが基本なんだろうけど、現実でそれは無理。ムカデの顔は怖いし、こっちの世界のGは大きいし、私が無難なダンゴムシに逃げたのは悪くないと思う。大体城内で虫を捕まえろってミッションが無理ゲー、外に虫を捕まえに行きたいと願い出ても人手の関係とか言って後回しにされるし、そんな状態で外れ勇者と陰口を叩いて蔑むし、私にどうしろと。
“ドタドタドタドタ、ガチャッ”
「玲奈~、聞いた? ついに事態が動き出したよ、追放イベント発動、これまでの準備が解放される時が来たよ!!」
廊下を掛けて走り込んできたのは裕子、この子は一体何をこんなに興奮しているんだか。
「裕子、興奮しているところ水を差すようで悪いんだけど、裕子と加藤君が言う追放イベントって、要は私たちが城から追い出されるってことでしょう? これって何の後ろ盾もなくいきなり知らない外国で放り出されるようなものよ? なんでそんなにワクワクできるのか意味が分からないわよ。
まぁ加藤君はなんやかんや言ってどこでも生き延びそうだけど、裕子は・・・裕子もどこでもやっていけそうね。あれから調理スキルは伸ばし続けているんでしょう?」
私の問い掛けに胸を張って鼻高々といったドヤ顔を見せる裕子、「厨房の影の支配者とは私のこと」とか言いながら下拵えなら任せろとサムズアップを決めてくる。
それっていいように使われているだけじゃ・・・裕子が幸せそうなら良しとしておきましょう。
「でも問題は玲奈のダンゴムシよね、これどうするの? おそらくだけど、今度のダンジョン合同訓練に出掛けたらこの部屋の中のダンゴムシはすべて処分されちゃうと思うよ? 城内で玲奈の評判は最底辺だし、“虫飼いの穀潰し”とか呼ばれてるもん。
まぁ私たちは悲劇の主人公様の添え物として一緒に処分される運命なんだろうけどね」
「あ~、佐藤学君だっけ。美人で頭のいい幼馴染と可愛いクラスメート女子の間で揺れ動く青春ラブコメ主人公。幼馴染さんも今回の召還に巻き込まれちゃったんだよね」
「そうそう、そんで我ら落ちこぼれ三人衆と同じ外れスキル持ち。幼馴染さんと可愛いクラスメートは三田村君とパーティーを組んで揺れる乙女心の真っ最中って感じ? まぁ三田村君ってば紳士だしね~、気遣いができる上に周りの人のことを考えて立ち回る、そうそうできることじゃないよね。
片や外れスキルな上に剣術もパッとしない落ちこぼれ、色々面倒を見てあげてはいるみたいだけど、この三カ月でかなり心が離れてしまっても仕方がないと言いますか何と言いますか。なんやかんや言って女は頼り甲斐のある男性には惹かれるって、これって真理、特にこんな訳の分からない事態に巻き込まれたらおさら。お約束的状況は揃いまくりって感じ?」
そう言いニヤニヤ笑う裕子、それって私たちの命が儚くなるってことだと思うんだけど? まぁいずれは処分されるだろう未来しか思い浮かばなかったから、この三カ月間コソコソと生き残る為の準備はしてきたけれども。
私はふと棚の上の木箱に目を向ける。まだ親指サイズの個体は拾ってきた場所に戻しても問題ないだろうけど、掌サイズに育ったダンゴムシは流石にその辺へ放つ訳にもいかない。
「連れていくしかないかな、大きい子はカバンに入れて小さい子は箱詰めにして。ダンジョンの周りの森にでも放せば生きていけるだろうし」
「そうだね~、それしかないよね~。<ディメンションスペース>だっけ? 結局魔力が足りなくて作れなかったもんね~」
裕子はそう言い肩を竦めると、「何か必要なものがあったら言って、出来るだけ協力するから」との言葉を残し帰っていった。私は部屋の中を見回しなるべく頑丈そうな中樽に目を向けると、「紐で括れば何とか背負えるかな?」と呟き部屋の中の荷物整理を始めるのだった。
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“ガタガタガタガタガタガタガタガタ”
揺れる幌馬車、荷台に詰め込まれた私たちは自分たちの荷物を端に積み上げ、何とか場所を作ると腰を下ろす。
「いや~、加藤君、ここまで扱いが露骨だとむしろ清々しささえ感じるのは私だけだろうか」
「そんな事ないぞ小林、これは他のクラスメートに対するアピールにもなるからな。自分たちには優れたスキルが備わっている、だから自分たちは優遇されている。これが全ての召喚勇者に同じ待遇を用意してみろ、なぜより優れている自分たちに厚遇を与えないんだとか言い出す馬鹿が出かねない。しかもそうした馬鹿に限って声がでかく拡散力も強いときているから始末が悪い、集団を纏めるにはスケープゴートが必要だというのは人間の真理なのかもしれないな。尤もスケープゴートに選ばれた方としては複雑な気分ではあるけどな」
そんな状況にあっても何故かワクワクした表情を浮かべる裕子と加藤君、この二人の異常なポジティブさは見習わないといけないのかなとも思う。思うんだけど、このノリにはついて行けそうもない。
「佐藤君、何か静かだけど体調が悪いようなら言ってね。庭師のおじさんから旅に行くなら絶対に必要って酔い止め薬と毒消し薬を貰ってきてるから」
「あっ、ありがとう。でも川崎さんは不安じゃないの? 僕は変な外れスキルだったし、剣術の稽古を付けてもらったけど教官からは武器の扱いに向いてないって言われちゃうし、本当にどうしていいのか分からなくって。パンテーン王国に呼び出されてから周りの人の目がガラリと変わっちゃうし、最近じゃ涼子と美春も全然口を聞いてくれなくなっちゃったし・・・」
「「あぁ~、佐藤君も気が付いちゃってたか~。そりゃ不安だよね~、分かる分かる」」
揺れる幌馬車の荷台で体育座りになり自らの思いを吐露する佐藤君、そんな彼に容赦ないツッコミを始めるお気楽傍観者二名。うん、裕子と加藤君、絶対楽しんでるわ。
佐藤君は訳が分からないといった表情で二人に顔を向ける。
「先ず前提な、ここは異世界でパンテーン王国の奴らは異世界人を強制召還することで強力なスキルを持った人材を確保したかった。幸いなことに聖剣の勇者様と聖女様と賢者様、それに剣聖候補まで手に入れることができた。他にもそれなりに使える勇者様方がゴロゴロ、王様としてはウハウハ状態な訳だ。
そうなると次にパンテーン王国はどう動くと思う? はい、佐藤君」
「えっ、あっ、えっ、えっと、もしかして他所の国に戦争を仕掛けるとか?」
急激に力を付けた国が調子づいて戦争を起こす、発想としては分からなくもないけど、それは些か早計に過ぎるだろう。戦争とは負の経済学、いくら国力があったとしても、小競り合いで済ませるのが正しい戦争の姿なのだから。
「う~ん、遥か昔、神様方が世界にちょっかいを出していた時代ならそうしたこともあったかもね。神々が人々に戯れに与える力は膨大、たった一人で敵軍を殲滅させることのできる力の持ち主がゴロゴロいたこともあったらしい。この辺は王城図書館の神代の歴史書の棚に記録が残されていたよ。聖剣の勇者三田村も確かに凄いとは思うけど、歴史書の記録にある勇者は剣の一振りで岩山を崩壊させたり海を真っ二つに切り裂くなんて神話に出てくるおとぎ話のようなことを平気でしていたらしいからな、そんな連中と比べたら今の勇者様方は可愛いものさ。
で、今の勇者様を戦場に投入したとして、大きな勝利を収められるかと言えばはなはだ疑問だな。集団の力、訓練された兵士の力は個人主義の烏合の衆でどうにかできるようなものじゃないからな。
じゃあどうするか、俺が国王だったら手持ちに優秀な勇者を残し、他は各国に派遣して外貨を稼ぐ。他国に送られた勇者たちも三千年ぶりの異世界勇者様ってことでそれなりに厚遇されるはずだ、互いにとってWIN-WINの関係、要するにパンダ外交みたいなもんだな」
加藤君の身も蓋もない言葉に言葉を失う佐藤君。無理やり異世界に連れてこられてその上外交の手駒にされる、現代人の高校生としては人権なりなんなりと騒ぎたくなっても仕方がないだろう。
「あぁ、人権だのなんだのって騒いでも無駄だからな? ここは異世界、俺たちには初めから人権なんてないんだ。連中にとって俺たちは都合のいいスキルを持った生物兵器以外の何者でもないんだからな。
でもそれは利用価値のある一定基準を満たした異世界人に限っての話だ。この世界の人間でも用が足りる、いくらでも代わりが利く、この世界の者より能力が低い。他国に貸し出せない不良品をどうするのか、そんな事言うまでもないだろう。
シナリオとしては訓練中の事故で儚くなるクラスメート、王国は責任を感じ、より一層の信頼関係構築に努める。
聖剣の勇者三田村に誠心誠意謝罪し、勇者パーティーの扱いも話し合いによって決定する。聖剣の勇者三田村はクラスメートを纏め上げ、強いリーダーシップで聖女と賢者を引っ張っていく。世界の平和はパンテーン王国と勇者パーティーを中心に再構築される。
完全に机上の空論だが、調子に乗った阿呆様方は実行せずにはいられないだろうからな。人の業って怖い怖い、佐藤も気を付けろよ?」
加藤君、言う言う。こんな脅し文句を語られて佐藤君の緊張が大変なことになってるんですけど。
「それじゃ僕たちは今回のダンジョン合同訓練で殺されちゃうってこと? 加藤君はなんでそんなに冷静でいられるのさ!!」
「佐藤、よく聞け。今までの話は俺たちがこの世界に送られてからの日々を通じて導き出した最悪のシナリオだ。パンテーン王国の考えを聞き出してといったものじゃないことはあらかじめ言っておく。
その上で高確率で手を出してくるだろうから用心に用心を重ねないといけない。馬鹿みたいに相手の言う事を聞いていたら何も出来ずに死ぬぞ?
かと言って今から抵抗できるかと聞かれても無理だろう? 所詮俺たちは廃棄処分を受ける程度のスキルしか与えられなかった外れ勇者、この幌馬車を警護する兵士の方が何倍も強いんだからな。
ピンチはチャンス、奴らは俺たちを侮っている。事故に見せ掛ける為に窮地に追い込んで放置ってのが最良なんだが、その辺は状況次第だ。
佐藤、諦めるな。誰かを信じ続けるのでもいい、一人で生き抜く決意を固めるのでもいい。希望だろうが復讐心だろうが、力になるものは何でも使え。昔ネトゲの友人が言ってたよ、キャラとスキルは使いようってな。
絶対生き残ってパンテーン王国の連中に一泡吹かせるぞ」
加藤君から差し出された掌、裕子は「ニヒヒヒ、加藤君格好いい~」と言いながらその上に手を乗せます。
「二人共、これがやりたかっただけでしょう。本当にこんなところだけ仲がいいんだから」
「「だってお約束だし」」
私は呆れた顔を向けながらその上に手を乗せます。
「佐藤、生き残るぞ」
「う、うん。絶対に生き残ろう」
佐藤君は慌てたように掌を乗せると、私たちに顔を向ける。
「ファイトーーー!!」
「「「「オォーーー!!」」」」
私たちは運動部の試合前のような言葉を掛け合い気合いを入れると、誰ともなく笑い出すのだった。
馬車は進む、ガタゴト音を立てて。私たちを乗せ、運命の地バルザック管理ダンジョンに向け、ただ真っ直ぐに。




