強豪大京高校
三日後。
安条高校・グラウンド。
春季大会三回戦前日。
空気は一回戦とは違っていた。
「勝ち残ったチーム」の重さが、全員の肩に乗っている。
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古田監督が、スタメン表を手にする。
一人ずつ、淡々と読み上げていく。
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「一番、ショート 三谷碧(三年)」
「二番、レフト 柳田隼人(二年)」
「三番、セカンド 馬能龍太(三年)」
「四番、キャッチャー 飯塚義信(三年)」
「五番、ファースト 成宮要(三年)」
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ここまでは変わらない。
だが次で、空気がわずかに動く。
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「六番、サード 中尾銀(一年)」
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中尾銀は一歩だけ前に出る。
表情は変えない。
でも、目の奥が少しだけ鋭くなる。
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(下位じゃない)
(“中軸に近づいてきてる”)
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「七番、ライト 矢部愛斗(二年)」
「八番、センター 米内舞(三年)」
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そして——
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監督は一瞬だけ間を置く。
視線が、少しだけベンチの奥へ向く。
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「九番、DH 嶋口勝」
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一瞬の静寂。
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観客がいるわけではない。
それでも、空気が変わるのが分かる。
中尾銀の視線も、わずかに動く。
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(来たか)
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さらに続く言葉。
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古田監督「そして」
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「ピッチャー 最奥海斗」
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ざわつきは起きない。
代わりに、納得の沈黙。
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古田監督「連戦にはなるが頼んだぞ、エース」
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最奥「……はい」
短く、低く。
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ベンチの空気が締まる。
三谷が腕を組む。
三谷「DHか、嶋口」
米内「打撃だけで使うってことだな」
飯塚「試されてるな」
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その少し離れた場所。
嶋口勝は、バットを握っていた。
何も言わない。
だが、内側でははっきりしている。
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(打てるかどうかじゃない)
(使われるかどうかでもない)
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(結果を出す場所が、変わっただけだ)
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中尾銀が横目で見る。
中尾「おい」
嶋口「んだよ」
中尾「やっと“仕事”来たな」
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嶋口は軽く笑う。
嶋口「ああ」
嶋口「待ってただけだ」
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そのやり取りを見て、飯塚が小さく息を吐く。
飯塚「いいバッテリーじゃなくて」
飯塚「いい“二枚看板”だな、あいつら」
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ベンチの外では風が吹く。
まだ春なのに、少しだけ熱い。
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嶋口(DH)
嶋口(打つだけなら、シンプルだ)
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嶋口(なら——)
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嶋口(見せるだけだ)
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試合前夜。
チームは静かに、次の一戦へと準備を進めていた。
三回戦。
対・大京高校。
スコアは三回裏。
0-0。
息の詰まる投手戦が続いていた。
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そして——
三回裏。
安条高校の攻撃。
ツーアウト。
ランナー一塁。
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球場の空気が、少しだけ重くなる。
観客席が静まり始める。
「ここ、動くぞ」
そんな予感だけが漂っていた。
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アナウンスが響く。
「DH、嶋口くん」
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一瞬、ざわつく。
観客A「また出た」
観客B「DHってことは……打つだけか」
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嶋口はベンチから立ち上がる。
バットを握る手は、いつもより軽い。
(シンプルだな)
(打つか、終わるか)
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ベンチでは飯塚が小さく声を出す。
飯塚「ランナーは動かすな。まず一本だ」
三谷「回せばいい。こいつならいける」
中尾銀は何も言わない。
ただ、打席を見ている。
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嶋口がバッターボックスに入る。
対峙するのは大京高校のエース。
ゆっくりと投球動作に入る。
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初球。
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シュッ!!
速い。
外角高め。
嶋口は見送る。
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審判「ストライク!」
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観客「おお……」
空気が少しだけ引き締まる。
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嶋口(速いな)
嶋口(でも——見える)
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二球目。
内角低め。
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振りかぶる。
嶋口
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踏み込む。
バットを振る。
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カァン!!
乾いた音。
打球は鋭く、三遊間へ。
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ショートが飛びつく。
グラブに当てる。
しかし——弾く。
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ランナー動く。
三塁コーチが腕を回す。
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中継プレー。
一塁送球。
ギリギリのタイミング。
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審判「セーフ!!」
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一塁ベース上。
嶋口は静かにガッツポーズを小さく握る。
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スタンドがざわつく。
観客A「今のうまいな……」
観客B「DHなのに守備崩すヒットかよ」
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ベンチが一気に立つ。
飯塚「よし!繋いだ!」
三谷「ここからだ!」
中尾銀は、バットを軽く叩く。
中尾(やっぱ持ってるな)
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そして嶋口は一塁上で空を見る。
嶋口(打てる)
嶋口(どっちでも、結果は出せる)
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風が少しだけ強くなる。
試合は、まだ動き始めたばかりだった。




