存在感
試合当日。
春季大会・二回戦。
対戦相手は壁南高校。
球場には朝から独特の緊張感が漂っていた。
⸻
後攻・安条高校。
守備位置へ散る選手たち。
そして——スタメン発表。
「一番、ショート 三谷碧(三年)」
「二番、レフト 柳田隼人(二年)」
「三番、セカンド 馬能龍太(三年)」
「四番、キャッチャー 飯塚義信(三年)」
「五番、ファースト 成宮要(三年)」
「六番、センター 米内舞(二年)」
「七番、ライト 矢部愛斗(二年)」
「八番、ピッチャー 最奥海斗(三年)」
そして——
「九番、サード 中尾銀(一年)」
⸻
昨日の予告通りのオーダー。
それでも実際に放送されると、空気は変わった。
⸻
観客A「マジで一年入れてるじゃん」
観客B「しかもスタメン……9番とはいえヤバいな」
⸻
スタンドがざわつく。
スコアボードの前で、視線が一点に集まる。
中尾銀。
⸻
ベンチでは飯塚が腕を組む。
飯塚「いいか、最初は“空気”を作る」
最奥「俺が全部抑える。お前らは点取れ」
三谷「了解」
⸻
その中で、中尾は静かにグラブを握っていた。
中尾(来たな)
中尾(ここが序列の“現実”か)
⸻
一方、スタンドの一角。
凛は腕を組んで見ている。
凛「やっぱりこうなるか」
⸻
球場アナウンスが響く。
「プレイボール!」
⸻
一回表。
壁南高校の攻撃。
最奥海斗がマウンドに立つ。
初球。
シュッ!!
ズバン!!
ストライク。
観客がどよめく。
観客「速い……!」
⸻
その裏。
安条高校の攻撃へ。
ベンチの空気が少しだけ張る。
中尾がバットを肩に置く。
飯塚「まずは流れ作るぞ」
三谷「一発で崩す必要はない」
⸻
そして、打席へ向かう中尾銀。
九番打者。
一年。
それでも視線は集まっていた。
観客「ほんとに打たせるのかよ……」
観客「監督、何考えてんだ」
⸻
中尾は一度だけ空を見上げる。
そしてバットを握り直す。
中尾
中尾(“ただの一年”かどうか)
中尾(見せてやる)
⸻
バットを構える。
相手投手・最奥海斗。
冷たい視線。
初球。
振りかぶる。
⸻
試合は、静かに動き始めていた。
中尾銀の初打席は、空振り三振で終わった。
球場の空気は一瞬だけ揺れたが、すぐに戻る。
「まあ一年だしな」
「相手ピッチャーがいい」
そんな声が、観客席のあちこちから漏れていた。
⸻
それでも安条高校は崩れなかった。
むしろ、そこからだった。
守備が締まる。
内野が一歩もミスをしない。
外野が一歩も迷わない。
打線は派手ではないが、確実につないでいく。
⸻
6回終了。
スコアボードは静かに示していた。
6-0
完全に安条ペース。
⸻
ベンチでは飯塚が腕を組む。
飯塚「いいぞ、このまま終わらせる」
最奥「まだ投げられる」
三谷「守備は完璧だな」
米内「怖いくらいに噛み合ってる」
⸻
そして7回裏。
⸻
アナウンスが響く。
「サード、中尾銀くん」
⸻
一瞬、空気が変わる。
観客席がざわつく。
観客A「さっき三振の一年だろ」
観客B「また出すのか?」
⸻
中尾銀はバットを持って立ち上がる。
ゆっくりと打席へ向かう。
飯塚「気楽にいけ」
三谷「一本くらい当ててこい」
だが、中尾は何も返さない。
⸻
バッターボックスに入る。
砂を踏む音。
静寂。
⸻
相手投手が振りかぶる。
初球。
⸻
カキィン!!
⸻
一瞬だった。
誰も動けなかった。
打球は高く、高く舞い上がる。
左翼方向。
そのまま——
スタンドへ吸い込まれる。
⸻
静寂のあと、爆発。
観客「ええええええ!?」
観客「入った!?今の!?一年が!?」
⸻
審判の右手が上がる。
ホームラン。
スコアボードが動く。
7-0
⸻
ベンチが一気に立ち上がる。
飯塚「おいおい……!」
三谷「マジかよ」
米内「持ってるな、あいつ」
⸻
中尾銀は、ダイヤモンドをゆっくり回る。
顔は変わらない。
ただ一言だけ。
中尾
⸻
そして試合はそのまま動かない。
最奥海斗が最後を締める。
三者凡退。
⸻
審判の声。
「ゲームセット!」
⸻
7-0。
コールド勝ち。
⸻
歓声の中で、ベンチが揺れる。
飯塚「よし、まず一つだ」
三谷「危なげなし」
最奥「悪くない初戦だ」
⸻
その中心で、中尾銀はバットを握りしめていた。
嶋口がいなくても。
右がなくても。
⸻
中尾(俺はここにいる)
⸻
そしてその光景を、スタンドの凛が静かに見ていた。
凛「……面白くなってきたじゃん」




