評価
その日の帰り。
寮の廊下は、練習後の静けさに包まれていた。
スパイクの音も、掛け声もない。
ただ、遠くで誰かのシャワーの音が響くだけだった。
嶋口が部屋に向かって歩いていると、後ろから声がかかる。
「嶋口」
振り返ると、米内舞と三谷碧が立っていた。
ユニフォームのまま、軽く汗を拭っている。
米内「嶋口、ベンチ入りか。すごいな」
嶋口「……そうなんですか?」
三谷は少し笑う。
三谷「そうなんですか、じゃないだろ」
三谷「春大はベンチ入りすら一年が入らない年もある」
米内「普通は“練習要員”で終わる」
米内「そこで名前が呼ばれるってのは、それなりに評価されてるってことだ」
嶋口は少しだけ視線を落とす。
嶋口(評価、か)
だが、素直に喜べる感情でもなかった。
嶋口「でも試合には出ないです」
三谷「監督の判断だろ」
三谷「それも含めて“序列”だ」
米内は壁にもたれながら続ける。
米内「まあ、最奥が投げるしな」
米内「エース枠はあっちだ」
その名前に、嶋口の目がわずかに動く。
嶋口(最奥海斗)
嶋口(今の安条の“答え”か)
三谷は少しだけ嶋口を見た。
三谷「でもさ」
三谷「ベンチに入る1年ってのは、だいたい後で化けるやつだよ」
嶋口「根拠は?」
三谷「勘」
米内「軽いな」
三谷「でも当たる」
少しだけ空気が緩む。
嶋口は小さく息を吐いた。
嶋口「まぁ、出番ないならないでいいです」
米内「ふーん?」
嶋口「見てる方が学べることもあるんで」
その言葉に、三谷が少しだけ目を細める。
三谷「いい顔してるな」
嶋口「は?」
三谷「“出られないやつ”の顔じゃない」
米内「それはちょっと分かる」
嶋口「うるさいですね」
軽く返すが、どこか落ち着かない。
そのとき、廊下の奥から声がする。
凛「嶋口ー」
嶋口「……なんでいるんだよ」
凛「寮見学」
三谷「自由だなこの学校」
米内「関係者なのか?」
凛「未来の関係者」
嶋口「意味わかんねぇ」
凛は嶋口の横に並ぶ。
凛「ねえ」
嶋口「なんだよ」
凛「ベンチってさ」
凛「一番冷静に試合見れる場所だよね」
嶋口は一瞬だけ黙る。
嶋口「……それ慰め?」
凛「違う」
凛は少しだけ笑う。
凛「“準備席”」
その言葉が、少しだけ胸に残る。
三谷が廊下の先へ歩き出す。
三谷「じゃあな、準備席の一年」
米内「頑張れよ」
二人の背中が遠ざかる。
凛は小さく肩をすくめる。
凛「ほら、悪くないじゃん」
嶋口は廊下の窓の外を見る。
グラウンドのライトが遠くに見える。
嶋口
嶋口
嶋口(全部見える場所だ)
そして、ゆっくり歩き出す。
次に自分が立つ場所を、もう一度確かめるように。




