入学式当日
門をくぐった瞬間だった。
「あなたたちやっぱりね」
聞き慣れた声に、嶋口と中尾が同時に振り返る。
そこに立っていたのは——悪石凛だった。
制服姿。
手には入学許可証。
少しだけ風に髪が揺れている。
凛「私もここに通うことになったから」
嶋口「……は?」
中尾「え、マジで?」
凛は悪びれもなく肩をすくめる。
凛「言ったでしょ。甲子園に連れてってって」
凛「だったら同じ環境にいないと無理でしょ」
嶋口「いや論理飛躍してるだろ」
凛「飛躍してない。戦略」
中尾「いや戦略ってレベルじゃねぇだろ」
凛は軽く笑って、二人の間に歩いてくる。
凛「安条ってさ、思ったより本気の学校だよ」
凛「スカウトも、監督も、全部“上”見てる」
その言葉に、中尾の表情が少しだけ変わる。
中尾「知ってる」
凛は嶋口を見上げる。
凛「だからこそ、面白いでしょ」
嶋口は一瞬だけ黙る。
そして——
嶋口「……勝手に入ってくんなよ」
凛「もう入学しちゃったし」
中尾「止められねぇタイプだなこれ」
凛は小さく笑って、校門の奥を見た。
凛「ねえ、嶋口勝」
嶋口「なんだよ」
凛「約束、忘れてないよね」
嶋口は少しだけ目を細める。
嶋口「甲子園に連れてくってやつか」
凛「うん」
中尾が横から口を挟む。
中尾「それ俺らも同じだからな」
凛「知ってる」
凛はまっすぐ嶋口を見る。
凛「でも私は、“あなたの野球”が見たいの」
風が一瞬だけ強く吹いた。
校舎の向こう、グラウンドの金網が光る。
嶋口はグローブを握り直す。
嶋口「……じゃあ見とけよ」
中尾「入学初日からプレッシャーすげぇな」
凛「楽しみでしょ?」
嶋口と中尾は、顔を見合わせる。
そして同時に歩き出す。
中尾「全国制覇、まずは安条だな」
嶋口「ああ」
その後ろを、凛が当然のようについていく。
凛「ねえ、キャプテン」
中尾「俺?」
凛「よろしく」
中尾「勝手に決めるな!」
安条高校・入学初日。
グラウンドには新入生が整列していた。
「俺がここの監督の古田だ」
短い声。
無駄のない視線。
古田は全員を一度だけ見渡すと、続けた。
「ここでは実力主義だ」
それだけ言うと、すぐに体力テストの指示が飛ぶ。
「ポジションごとに分かれろ」
空気が一気に変わる。
ただの入学式じゃない。
“選別”だった。
⸻
中尾銀は捕手組へ向かう途中で声をかけられた。
「君が中尾銀?」
振り返ると、体格のいい男が立っている。
安条高校キャプテン——飯塚義信。
飯塚「俺もキャッチャーなんだ」
中尾「そうなんすか、よろしくお願いします!」
飯塚は軽く頷く。
飯塚「それと監督がお前に期待してる」
飯塚「だから銀とは俺と“特別メニュー”らしい」
中尾「特別メニュー?」
飯塚「まぁ見れば分かる」
飯塚はそれ以上言わず、先に歩き出した。
中尾(面白いじゃねぇか)
⸻
一方その頃。
「次、投げろ」
ピッチャー志望が次々とマウンドに立たされる。
球速、コントロール、回転数。
すべて記録されていく。
そして——
「嶋口、お前は走れ」
一瞬、静かになる。
嶋口「……は?」
古田監督は振り返りもしない。
古田「脚の状態を見る」
嶋口
だが拒否はできない。
トラックへ向かう。
スタンドの端で、中尾が笑っているのが見えた。
中尾「走れってよ、エース」
嶋口「うるせぇ」
凛も遠くで手を振っている。
凛「ちゃんと走ってねー」
嶋口は小さく息を吐いた。
嶋口(ここ、本気だな)
⸻
ピストルの音。
スタート。
嶋口は一気に地面を蹴った。
中学の頃の違和感はない。
痛みもない。
ただ——
「速い」
誰かが呟く。
古田監督の視線が一瞬だけ動く。
嶋口(走るのは専門じゃねぇ)
嶋口(でも負ける気もねぇ)
最後の直線。
さらにギアを上げる。
ゴール。
タイム表示。
周囲がざわつく。
「おい、ピッチャーだよなあいつ」
「普通に速すぎないか」
古田は一言だけ言った。
古田「……次は投げろ」
嶋口は呼吸を整える。
マウンドへ歩き出す。
中尾の声が後ろから飛ぶ。
中尾「見せろよ、スイッチ」
嶋口は振り返らない。
嶋口「当たり前だ」
そしてボールを握る。
安条高校の“選別”は、まだ始まったばかりだった。




