名門安条高校!
秋の大会が終わってから、しばらくは静かな日々が続いた。
勝ったはずなのに、どこか心が落ち着かない。
理由は一つだった。
「左だ」
嶋口はオフ期間、ほとんど左投げの強化に時間を使った。
壁当て。シャドー。フォームの分解。
中尾も付き合った。
中尾「お前、右より左の方が考えて投げてるよな」
嶋口「まだ“武器”って呼べねぇからな」
中尾「でも形にはなってきてる」
そんな矢先だった。
5月。
練習試合の後。
中尾「……勝、足どうした?」
嶋口はベンチに座ったまま、右足を押さえていた。
嶋口「いや……ちょっと捻っただけだろ」
だが次の日、痛みは引かなかった。
診断は軽くなかった。
しばらくの離脱。
その一言で、中学最後の夏は静かに閉じていった。
グラウンドに立てないまま、時間だけが過ぎる。
中尾「お前がいない夏、つまんねぇな」
嶋口「勝てばいいだろ」
中尾「当たり前だ」
短く笑って、それ以上は言わなかった。
そして——卒業の春。
荷物をまとめた嶋口は、制服姿で校門を出た。
目の前に広がるのは、新しい世界。
白と黒の大きな校舎。
ネットの向こうに立つ“名門”。
⸻
「ここが……名門安条高校か」
嶋口は小さくつぶやいた。
横には、中尾銀。
中尾「勝、目標は一つだろ」
嶋口「ああ」
中尾「全国制覇だな」
嶋口は校舎を見上げる。
中学とは違う“圧”がそこにあった。
嶋口「当たり前だろ」
グローブを握り直す。
右でも左でもない。
“ここからの自分”として。
嶋口「行くぞ、銀」
中尾「おう」
二人は並んで、門をくぐった。
甲子園への本当の戦いは、ここから始まる。




