均衡崩壊
中尾は静かにサインを出す。
中尾(まずは力勝負だ)
嶋口は小さく頷く。
第一球。
シュッ!!
ドンッ!!
審判「ストライク!」
141km/h。
神谷はバットを振らない。
ただボールを見送った。
神谷「……速いな」
二球目。
中尾は外角低めを要求する。
嶋口が腕を振る。
シュッ!!
カキン!!
鋭い打球。
一・二塁間へ。
だが——
波田が横っ飛び。
グラブに収める。
そのまま立ち上がり、一塁へ送球。
審判「アウト!」
スリーアウト!
一回裏終了。
嶋口は三者凡退の立ち上がり。
スタンドから拍手が起こる。
観客A「さすが嶋口だ!」
観客B「右だけでも十分すごい……」
ベンチへ戻ると、中尾が笑った。
中尾「上々の立ち上がりだな」
嶋口「ああ。でも、まだ右だけだ」
中尾「分かってる」
中尾はマスクを外し、ニヤリと笑う。
中尾「本番はここからだ」
二回、三回と両投手は一歩も譲らない。
互いに無失点のまま、試合は四回表へ。
アナウンス
「四番、ピッチャー、嶋口くん」
嶋口が打席へ向かう。
一塁、二塁にランナーを置くチャンス。
ベンチがざわつく。
中尾「ここで返せ!」
星谷は淡々と投球練習を終える。
初球。
シュッ!!
外角高め。
嶋口は見逃さない。
振り抜く。
カキーン!!
乾いた快音が球場に響く。
打球は高々と舞い上がり、左中間へ。
伸びる。
伸びる。
そして——
スタンドイン!!
審判「ホームラン!」
中尾「よしっ!」
一塁走者、二塁走者が生還。
嶋口の3ランで、均衡が破れた。
決勝戦はまだ始まったばかり。
東海地区最強右腕・星谷。
そして、右と左を操る嶋口。
二人のエースによる投げ合いは、さらに熱を帯びていく。
四回裏。
スコアは3-0。
鷹浜ベンチには笑顔が戻り始めていた。
中尾がマスクを被り直しながら、マウンドへ歩く。
嶋口へボールを返し、小さく笑った。
中尾「よし、余裕も出てきたところだし」
少し間を置く。
中尾「解禁するか」
嶋口もニヤリと笑う。
嶋口「ようやくか」
中尾「ここまでは右だけで十分だった。」
中尾「でも、相手も二巡目。」
中尾「そろそろ混乱してもらおうぜ。」
嶋口はゆっくりと右手のボールを持ち替える。
左手。
スタンドがざわつく。
観客A「持ち替えたぞ!」
観客B「まさか……」
観客C「本当に左で投げるのか!?」
いはきベンチにも緊張が走る。
相手監督「……来るぞ。」
星谷もベンチから静かに視線を送る。
星谷「これが噂の……」
球審も一度嶋口を見つめる。
中尾がミットを低めに構えた。
中尾「見せてやれ。」
嶋口「おう。」
振りかぶる。
踏み込む。
左腕が大きくしなる。
シュッ!!
ドンッ!!
審判「ストライク!」
モニター。
117km/h。
球速は右より遅い。
だが——
打者は完全にタイミングを外されていた。
観客「遅いのに打てない!」
観客「右とフォームが全然違う!」
中尾はマスクの奥で笑う。
中尾(これがスイッチピッチャーだ。)
嶋口は静かに次のボールを受け取る。
ここから、決勝戦の流れが大きく動き始めようとしていた。




