最初から
翌日。
秋季大会・決勝。
会場は昨日以上の観客で埋まっていた。
スタンドでは、すでに噂が飛び交っている。
観客A「スイッチピッチャーって本当なのか?」
観客B「昨日見たけどヤバかったぞ」
観客C「安条のスカウト来てるらしいな」
グラウンド脇。
紺色のジャケットを着た数人が並んでいた。
その胸には——
“安条高校”
中尾「ほんとに来てんな」
嶋口「……気にすんな」
そう言いながらも、少しだけ視線を送る。
その中に、一人だけ空気の違う男がいた。
白髪混じり。
鋭い目。
安条高校・監督
黒峰 恒一。
高校野球界では知らない者がいない名将だった。
黒峰は腕を組みながら、静かに嶋口を見ている。
黒峰「……面白い」
隣のスカウトが小声で言う。
スカウト「右は完成級、左は素材型です」
黒峰「違うな」
黒峰の目が細くなる。
黒峰「あれは“完成途中”だ」
その言葉の意味を、周囲はまだ理解できなかった。
ベンチ。
伊能がスタメン表を閉じる。
伊能「今日の先発は——」
全員が息を飲む。
伊能「嶋口だ」
ベンチ「おおっ!!」
中尾が笑う。
中尾「だと思った」
伊能「ただし」
空気が締まる。
伊能「今日は最初から全部使え」
嶋口「……!」
伊能「右も左も、隠すな」
伊能「お前の野球をやれ」
その言葉に、嶋口は静かに頷いた。
嶋口「はい」
決勝の相手は、星谷率いる“いはき中”。
去年の県王者。
そして——
嶋口がずっと意識してきた投手がいる。
アナウンス
「一番、ピッチャー、星谷くん」
スタンドがどよめく。
観客「来たぞ……!」
星谷 悟。
最速137km/h。
中学最強右腕と呼ばれる男。
星谷はマウンドへ向かいながら、鷹浜ベンチを見た。
その視線が、嶋口で止まる。
星谷「……お前か」
嶋口も見返す。
嶋口「やっとだな」
中尾が二人の間に割って入るように笑う。
中尾「勝、燃えてんなぁ」
嶋口「そりゃな」
星谷がグローブをはめる。
星谷「聞いたぞ」
星谷「右と左、両方投げるらしいな」
嶋口「だったら?」
星谷は少し笑った。
星谷「半端なら、潰れるぞ」
空気が張り詰める。
だが嶋口は笑った。
嶋口「半端なら、ここまで来てねえよ」
観客席がざわめく。
安条の黒峰監督は静かに呟いた。
黒峰「……いい目をしている」
試合開始のサイレンが鳴る。
秋空の下。
“中学最強右腕”と、
“スイッチピッチャー”。
二人のエースが、ついに真正面からぶつかる。




