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91粒目

宿は年期が入り、こぢんまりしているけれど、風呂も付いており、

「ぬぬー♪」

久々の風呂を堪能する。

こちらは猫足風呂は、そう珍しいものではないらしい。

しかしあまり浸かっていると、男が浸かれなくなる。

「お先の」

肌着とカボチャパンツで髪を拭きながら出ると、窓際で煙草を吹かしていた男が、

「すぐに上がる」

「冬でもないし、ゆっくりでよいの」

灰皿に煙草を押し付けると、短い足をジタバタさせる狸擬きを小脇に抱えて風呂場へ消えていく。

「ぬぬ、少しばかり久しいベッドの」

ふかふかはやはり良き、とベッドに腰掛け、数回尻で弾んでから、頭をわしわし拭きながら。

(アイスクリーム屋は、夜は早々と閉まるのかの)

ひんやりと口の中で溶けていくアイスクリームを反芻する。

デザートに食べたいのだけれど。

「……」

ベッドから降り、ぺたぺたと歩き、男のいた窓際に向かうけれど。

(……ぬぬ、何も見えぬの)

頭の上に窓がある。

宿は村の中心の通りだけれど、街ではないため、人より獣や家畜たちの気配が濃い。

風呂から上がった男に髪を乾かされ、若干埃や何やらにまみれた巫女装束ではなく、黒いゴスロリドレスに着替え、靴下をベルトで留めていると、男にじっと見られる。

「あの旅人に、夕食を一緒にと誘われた」

「よいの」

ここに泊まっているのだろう。

とても細っこいけれど、あの大道芸の男のような長身ではなく、背もこの男よりも低い。

肌は日焼けにより浅黒く、素の顔からしてニコニコ笑っており、人懐っこいイメージがあった。

そう言えば、春なのにもう麦わら帽子を被っていた。

(夏が好きの……?)

ヘッドドレスは食事時にはいらぬかのと思ったけれど、

「首ではなく後ろに巻けばいい」

男にうなじでリボンを結んで貰う。

「あぁ、少し印象が変わってまた可愛いな」

自分で言うのもあれだけれど、大人しそうな幼子から、耳が見えることで、少し堅そうな利発そうな雰囲気になる。

(ま、雰囲気だけだけれどの)

抱っこされて下の食堂へ降りていくと、食堂はだいぶ広く、酒場にあるようなカウンター席もあり、そのカウンターの内側壁には酒が並んでいる。

どうやら村の食堂や酒場も兼ねているらしく、宿の受付から入るドアとは違う、道通りに沿ったドアもある。

旅人はまだ来ていなかったけれど、男に椅子に座らされると旅人が外から入ってきた。

男より我を見て、お?と少し驚いた顔をして、何か言ってくる。

自分の服を摘まみ上げ、うんうんと頷いているところを見ると、ドレスを褒めてくれているらしい。

我の向かいに座った狸擬きにも特に驚かず、狸擬きに、隣をいいかと訊ねている。

狸擬きは澄ました顔でスンと鼻を鳴らし、旅人はニコニコと席に着く。

厨房から、宿の青年が、酒の絵が書かれた厚紙を持ってきた。

旅人が一杯だけ付き合ってくれ的に指を立て、男は我を見てから、頷く我を見て肩を竦めて、適当な酒を指差している。

我と狸擬きには、葡萄のジュース。

「ぬぬん、甘くて美味の」

「……♪」

フンフンと同意していた狸擬きが、旅人の話をかいつまんで教えてくれる。

この旅人ほ、山の向こうからやってきた。

ここが終着点だったけれど、違う場所からやってきたらしい、毛色の違う我たちを見て、興味が沸き話を聞きたくなったと。

男は、花の国の方から来たとだいぶはしょり、その間に酒と食事が運ばれてきた。

「の……?」

(鍋?)

テーブルにコンロが置かれ、その上に少しだけ深い鍋が置かれる。

覗き込むと、なみなみとチーズが注がれている。

「???」

根菜や肉が一口大に切られて皿に盛られたものも隣に置かれる。

パンも一口大に切られ、柄の長い細いフォークが添えられている。

男を見上げると、

「チーズフォンデュだ」

「ちーずふぉんでゅ」

読んでいた料理本でもあまり、ほぼ見た覚えがない。

狸擬きは、なんと知っているのか、椅子の上で後ろ足で立ち、長いフォークを前足で掴むと、燻製肉を刺し、鍋のチーズにぬぽりと沈め、チーズを絡めとりながら、口に運んでいる。

(ぬぬ、どこで覚えた)

猫舌とは無縁らしく、首を振り子の様に左右に振って、

「♪」

とても美味しい、と伝えてくる。

「君は何がいい?」

「お任せの」

「少し大きいな」

ナイフで小さくしたパンを、フォークで刺すとチーズに沈め、フーフーと吹いてから口に運んでくれる。

(過保護極まれりの)

「はふぬ、…ぬんぬん♪」

(のの、チーズからして大変に美味の)

とろとろチーズにシンプルなパンが合う。

茹でた野菜も、チーズの塩気が合う。

肉とチーズも、合わないわけがなく。

「あーむ。……ふぬ、とても美味の」

「うんうん、美味しいな」

しかし食べるのに忙しく、男が旅人話を始めたのは食事が終わってから。

カウンターには村の住人と行商人が数人陣取り、宿の青年が他の客に酒を用意しつつ、隙を見て、我と狸擬きにアイスを出してくれた。

「のの?ありがとうの♪」

「フーン♪」

なんとも、とても良い青年ではないか。

旅人は、度数の高めに思える酒を飲んでいるのに、全く酔う様子もなく、花の国の事を訊ねている。

興味があるらしい。

ここからは草原と山越えで早くても5日~6日はかかる、村はおろか、人も人っ子1人いない、何もないと伝える男の話に、旅人は流石に、

「うーん」

と考えている。

「花の国そのものはどうだ?」

「とても栄えてますね。南はどうですか?」

「南は、色々恵まれている。基本飢えがないからな、みんなのんびりしてる」

(ほほぅ)

「中もそこそこ栄えてる、遅れてるのは気候のせいか服だな、お嬢さんの、昼間のドレスも、そのドレスも、非常に珍しい」

確かに、気温の高い地では、こういう服は流行らないだろう。

「……お嬢さんの髪も、その瞳も、とても珍しい」

「そうですか?」

男の横顔が、僅かに警戒した笑みに変わる。

「花の国では普通なのか?」

「いえ、この子は、もう少し遠くから来ているので」

「そうか。……あぁ、俺は小物とか交換したくてさ」

男の警戒に気付き、すぐに話を変える旅人。

気儘な旅人かと思ったけれど、多少は仕事をしているらしい。

アイスを食べ終えた狸擬きが、通訳も飽きた、とテーブルを肉球でポテポテ叩く。

(そうの)

欠伸をして、男の服の袖を引っ張れば、

「おっと……すみません、お話はまた明日」

「あぁ、長旅だったらしいもんな、お疲れ」

狸擬きが椅子から降り、男に手を伸ばして抱っこされると、旅人が手を振ってくる。

「……」

小さく手を振り返しつつ、なぜこの旅人は、狸擬きには驚かないのだろうと不思議に思う。

(似たような狸擬きを見たことがある?)

南の狸擬きは、暑さ故に少し毛が薄かったりするのだろうか。

部屋で、ベッドに「んしょの」と腰掛け、ガーターベルトを外す姿をまた見られる。

「好きの?」

「……ギャップがいい」

ほう。

幼子の大人びた仕草が好きと。

「変わった嗜好の」

「君だからだ」

狸擬きが、ドアの前で前足を出し、足を拭いてくれとせがんでくる。

男が拭き上げると、窓際のベッドに飛び乗り、ひっくり返っている。

そう言えば、狸擬きもベッドはご無沙汰だろう。

そして折り紙はまだ荷台のため、少し手持ち無沙汰そうに、仰向けになりゴロゴロしていたものの、途中で動きを止めたと思ったら、そのまま眠っていた。

そう言えば、数日は狼たちと寝ていたのだろうが、どうだったか聞きそびれた。

男とベッドに横になると、

「ふかふかの」

「ふかふかだ」

クスクス小声で笑い合う。

「……」

小指を舐めて、男の唇に触れる。

ちろりと舌先で舐められてから、口に含まれる。

「甘い」

「アイスクリームよりもの?」

「あぁ」

唇から見える歯の先に、舌の滑らかな動きを見つめていると、

「ぬん……」

爪の付け根をくすぐるように舐められ、

「くふふっ」

くすぐったさに笑いながら無意識に指を引っこ抜くと、

「……足りない」

男の囁き。

「……のの、欲張りの」

男の唾液で濡れた小指を、

(ふぬ)

「あむ」

口に含むと。

「……」

ぬん。

(やはり別に甘くはないの……)

生ぬるい人の唾液、体液なだけ。

「……?」

と首を傾げつつ、唇から引き抜いた小指を、男はまた躊躇いなく口に含む。

妙なむず痒さに、足先をシーツに擦り付けると、

「……フーン」

狸擬きが、眠りながら、灯りが眩しいと訴えてきた。

「?」

男が眼差しだけで問いかけて来たため、狸擬きが眩しいと訴えてきたと答えると、男は苦笑いで起き上がり、壁に嵌められた、灯り台の石に風を吹き掛けて消す。

暗くなった部屋で、再び横たわる男の胸の中に潜ると、シーツを掛けられ、目を閉じるのは、牧場村の、静かな夜。


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