92粒目
翌朝。
旅人は先に食堂へ来ており、朝からチーズとぶ厚めの肉を挟んだサンドイッチを、飲み込む勢いで食べている。
その旅人が、我等に見せたいものがある、自分の部屋に来ないかと誘っていると。
外だとまた人が集まってくるし、それはまぁいいのだけれど、まずは君たちを優先したいと。
上客と思われたのだろう。
我と狸擬きが揃って、あーむと大きいサンドイッチを頬張っている姿を見て、男が頷く。
そう、旅人からは、やはり、特に嫌なものも悪意も感じない。
朝食はサンドイッチの他は野菜スープに、朝は牛の乳たっぷりの甘いカフェオレ。
食後にそのまま旅人の泊まる一番端の部屋へ向かうと、狸擬きは狼たちのところへ行きたいと、前足をタシタシと動かして訴えてきた。
「よいの、向こうの者たちに迷惑を掛けてはいかぬの?」
『……♪』
合点承知と言いたげに、前足の片方をひょいとあげると、すったか階段を駆け降りていく。
(のの……)
しかし便利な通訳が居なくなった。
男はいるけれど、会話の邪魔はしたくない。
(まぁ良いの……)
旅人は朝から部屋に品物を少し運んでいたらしい。
小さな丸っこい木の椅子には、小さな狼のぬいぐるみが乗せられ、2台のうち、使われていない一台のベッドの上に、装飾品、アクセサリーがベッドの半分を使ってぴしりと並べられていた。
我よりも男が真剣に覗き込み、旅人にはぬいぐるみを持たせられたけれど。
「……」
特にこれと言った感情は沸かない。
代わりにぬいぐるみを抱いた我を見て、男がこれ以上ない程に目尻を下げ、
「可愛い、うん、凄く可愛いな」
と満足そうに頷いてはニコニコしているため、まぁ、足し引きなしのトントンだろう。
旅人が、細く長い櫛を片手に、片手には伸縮性のあるリボンを男に見せている。
男が、
「君の髪を弄りたいそうだ」
教えてくれ、
「構わぬの」
頷くと、旅人は胸に手を当て、片足の爪先を床に立てる洒落た一礼をしてから、我を宿の椅子に座らせて、髪を梳いてきた。
(おや、慣れておるの……)
髪結屋なのだろうか。
何か呟かれた。
「とても綺麗な髪だと、褒めてくれているよ」
「幼子だからの」
「珍しいとも」
「遠くに旅をすれば、珍しくもないのかも知れぬの」
「そうだな」
旅人の手の平が髪を掬い、
(のの?)
耳の上にまで持ち上げられ、整えられ、結ばれる。
片方も同じように結ばれると、男の目が見開かれ、
「あぁ、とても可愛い」
旅人が割りと精度の高い洒落た鏡を持ち、我の前に掲げてくれる。
「ふぬん?」
(のぅ)
髪型1つで、随分と印象が変わる。
あどけなさと幼さが際立ち、男が今にも抱き上げたいと言わんばかりに、そわそわと両手を伸ばしてくる。
「お主は煙草でも吸ってるの」
髪を下ろされ、今度は側面の髪を少しだけ掬い、また耳上で結ばれると、大人しく控えめな印象が増す。
(ふふぬ……)
三つ編みや、後頭部で1つに纏められたり、耳上での2つのお団子頭は。
(の、これは好きの)
巫女装束とも合いそうである。
男が、旅人に結び方を教わっている。
我でも出来るけれど、それはやはり、世話係の仕事なのだろう。
一先ず今の髪型はツインテールに落ち着き、男がベッドに並べられたアクセサリーを真剣に悩んでいる。
これは。
(時間がかかりそうの……)
と、思っていると、男が振り向き我を抱き上げてきた。
「どれがいい?」
と。
「のの?」
我も選べるのか。
「基本は赤と黒かな、でも白も合うか」
いや、口を挟む隙はなさそうである。
とりあえず、
「買う前に触れさせて欲しいの」
男に旅人にそう伝えて欲しいと頼み、旅人が快諾したため手の平に乗せて貰う。
「……」
(ぬん……)
大抵のもは、作り手の感情しか籠っていない。
喜ばればれますように、送った相手が笑顔になりますようにと。
どれも優しい願いと思いが込められている。
新品ばかりだ。
ただ1つ、黒いビロードに似た生地の首輪、チョーカーだけは、
(物悲しい気持ちが残っているの)
以前の持ち主の念が籠っている。
「……これが良いの」
「あぁ、ドレスにも似合っている、今着けてみようか」
「の」
先に小さな赤い石が留められ、控えめに揺れている。
男に首の後ろで留められ、
「ぴったりだ」
旅人も拍手までしてくれる。
おだて上手の。
(あぁ……)
これを着けてきた娘は、悲しいことがあったのではなく、すくすくと成長し、首も長く若干骨も成長し、気に入っていたにも関わらず、純粋にサイズが合わなくなってしまったのだ。
そういう意味では、我はいつまでも着けていられる。
我のものになれば、不思議と劣化もしないため、
(お主は、永遠に我のものの……)
そっと石に指先を触れれば。
男はまたアクセサリーを眺め長考に入り、旅人はウキウキと相談に乗っている。
朱色や白や黒のリボン、黒いレースの手袋。
他にも何やら買った男は、ツインテールの我を見ては、また破顔する。
そんな男に、旅人が何か、話と言うか提案している様子。
男が少し考える顔をすると、旅人は商品を片付けながら迷ってくれていいと言った仕草をし、
「の、我はアイスクリームが食べたいの」
我の言葉に、男が、
「食後のデザートか」
と笑い、旅人も商品をしまった鞄を片手に付いて来た。
狸擬きは、どうやら狼たちと山へ入っているらしい。
宿を出ると、大爪鳥が街のある山の方へ飛び立っていく姿が見え、アイスクリーム屋もちょうど開店したところで、若い娘がこちらに気付き、笑顔で手を振ってくれる。
更に男の姿に、若干華やいだ笑みを浮かべ、
(まぁ、我は大人だからの)
男の首にぎゅむりとしがみつくだけで、何も言わぬ。
「どうした?」
「の、ただの甘えん坊の」
「うん?」
耳の際を指の背で撫でられ、くすぐったい。
今日は外に小さなテーブルが並べられ、旅人は甘党でもあるのか、我と同じく、牛の乳と葡萄の両方を頼み、うんうんと満足そうに頷きながら匙を口に運んでいる。
「の、こやつは先刻何を言った?」
「山の向こうの街まで戻る、案内するから街まで一緒に来ないかと提案された」
「ふぬん」
旅人は話している内容を察したのか、口を挟んでくる。
「食事は自分でしっかり補充していくから安心しろと」
のの。
こちらの懸念の1つを解っているらしい。
旅人が、腰に着けた鞄から、この辺りの地図を広げて見せてきた。
低めに連なった山を越えると街があり、平地が広がっている。
矢印がいくつかあり、その1つの道にバツ印があり、
「雪解けの土砂崩れがあったらしい」
「の」
なんと。
「つい最近で、まだ地図も書き換えられていない」
「ふぬん」
嘘ではないのだろうけれど、一応、後で狸擬きにでも頼もう。
と、思ったら。
「フーンッ!フーンッ!」
こちらに一直線に駆けてくる狸擬きの姿。
一応は人目を気にして、光速ではなく、獣としては真っ当な速度で走って来たことだけは認める。
それでも村人の女性の重めのスカートですら、ふわりと浮き上がらせる速度は出ているが。
山を降りてから、獣の勘でか、我がアイスクリームを食べてることに気づいたらしい。
いや、もしかしたら山の中ですでに勘づいていたのかもしれない。
目の前で止まると、フンフンを催促されるも。
「アイスクリームを食べさせてやるから、仕事の」
「?」
地図を見せ、土砂崩れが本当に起きているか、起きているなら規模を確認して来くるの、と伝えると、
「先にアイスクリームが食べたい」
と前足を高速でタシタシと地面に叩きつける。
「その食い意地は、やはり主の我譲りかの……」
男に頼みアイスクリームを追加で買って貰い、椅子に腰掛けてアイスクリームを食べる狸擬きを、旅人がまた楽しそうに覗き込んでいる。
男は煙草に火を点け、この旅人は吸わないのと思うと、
「その分も食べる方に回したいそうだよ」
なるほど。
こちらでは割りと安価なものだけれど、それすらも食べる方に回したいと。
ご機嫌にアイスクリームを食べた狸擬きは、我に空の器とスプーンを渡すと、
「……♪」
尻尾を立ててから、ふわっと飛ぶように道を抜けて行くと、視界から消えて行った。
少しして狼たちが、
『アイスクリームはどうですか?』
『美味しいですか?』
トテトテとやってきた。
「とても美味の。アイスクリームのために、滞在を伸ばしたいくらいの」
と答えてから、狸擬きを使いに出したと伝え、土砂崩れのことを訊ねると、
『おっとそうでした』
街へ抜ける山は、大型の獣などはいないらしく、滅多に行く事もなく、関心も薄いらしい。
『もう行かれてしまうのですか?』
「のの、まだの」
アイスクリーム屋が併設している、今は仕込みで2日程閉めている甘味屋が、明日から開くと、ついさっき聞いたのだ。
男の膝から降りて、
「わほー♪」
また狼のほわほわの胸に顔を埋めさせてもらっていると、すったかすったかと不自然でない程に速度を落として、行商人の馬車をすり抜けて戻ってきた狸擬きは、
「……」
土砂崩れはある、規模は大きめ、行商人たちは別の迂回路を通っており、そちらは道は悪いけれど、特に大きな問題はなさそうだと報告してくれた。
(ふぬ)
狼たちはもう少ししたら、人間たちと山苺を摘むために、また山へ入ると言う。
「働き者の」
『楽しいので問題ありません』
「それは何よりの」
男は旅人と何か話している。
狸擬きは、男たちの話は通訳する程でもないのか、何も伝えて来ない代わりに、しかし耳だけはしっかり傾けている。
集会所の方からやって来た村長も混ざり話し始めた。
狼たちは狼たちで、2頭で顔を寄せて何やら話していたけれど、2頭揃って椅子に座る我を見上げた来たため、
「の?」
なんのと問えば。
『重ね重ねのお願いになりますが』
「の」
『大爪鳥に会って貰えませんか?』
「のの?」
『我等のように、ここで働く大爪鳥からも、人間に伝えたいことを聞いて貰えないかと』
「ふぬん」
それは構わぬが。
「大爪鳥はプライドが高くないかの?」
面倒事は背負いたくない。
『?』
『??』
大爪鳥には、以前に一度、喧嘩を売られたと目を細めると、青年狼にはジリッと前足を引かれ、少年狼は尻尾と耳まで下げている。
(あれは石の街だったかの)
『身、身の程知らずがいるものですね』
『恐れ多い……』
お気の毒に……と呟かれ、更に頭まで下がり。
「……の?」
どうやら我が屠ったと思われている様子。
「そやつはちゃんと生きておるの、喧嘩も買ってはおらぬっ」
むぅと頬を膨らませると、
『おっと、それは失礼いたしました』
『そうでしたか、そうですよね』
取り繕うように、狼的な笑みを浮かべられ、
(むぅ)
こいつらは我を何だと思ってるのか。
(あぁ……)
そう言えば、赤茶けた狼の毛皮の束を、荷卸の際に邪魔だと下ろし、それを狼たちも、ちらと見ていた。
仕事は早い方がいいだろう。
まだ旅人と村長と熱心に話している男に、
「我は鳥舎へ行くの」
と伝えると。
男は我に両手を伸ばし、当然のように付いてこようと、いや正確には連れて行こうとしていたけれど。
「お主は、まだこやつらと仕事の話があるのだろうの」
「俺は君が大事だし、何より君を優先する」
真っ昼間から真顔で言うなの。
「我等の大事な旅の路銀と食料のためにも、お主はお主の仕事をするの」
村長と旅人。
顔付きからしても、世間話には思えず、何か仕事の話ではあるのだろう。
「……」
男の半分程度しか納得していない顔。
言葉は解らずとも、顔付きや身振りでなんとなくの会話は、男たちにも解るのだろう。
旅人と村長が苦笑いしている。
敷地も広さも他よりも格段に大きな、屋根も他の建物より数倍高い鳥舎の建物の方へ向かうと、狸擬きが、
「フーン」
アイスクリームが食べたい、とせがんできた。
「さっき食べたばかりの」
当然無視して先へ進むと。
『……』
食べたい食べたいと地団駄を踏みながら付いてくる。
「そんなに食べたらぽんぽん壊すの」
『……』
そんなにやわな腹ではない、と聞こえてくるけれど、狸擬きの、獣の腹事情など、知ったことではない。
「……」
我だって、本当は食べたいのだ。
『……』
この広い世界、アイスクリームでできている国が、どこかに存在したりはしないのだろうか。
『……主様が作られれば良いのでは?』
心を読むな。




