表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/147

90粒目

馬車が停まり、

「○△○?」

幌の外から声がし、顔を覗かせると、若い男が、何か声を掛けてきた。

「何て言っておるか分かるかの?」

宿の裏の荷置き場に付いた。

これから馬を馬舎に預けてくるから、戻るまでここで待っていて欲しいと。

狸擬き曰くどうやらこの若い男は、村に1つだけあるこの小さな宿の息子らしい。

頷き、敷物の上で毛を櫛で梳いてやりながら、狸擬きの話を聞く。

『以前は、持久力はそこまでではなかったのですが、あの「おにぎり」のお陰でだいぶ走れまして、思ったより遥かに早く村に到着しました』

そして山の方にタイミングよくあの2頭がいたため、

「山の奥から現れた狸」

と言う事にして、一緒に過ごしていたと。

「不自由はなかったかの?」

『狸の振りをして口だけで食事をするのが少し大変でした』

「ご苦労だったの」

思わず笑ってしまうと、狸擬きも声を出さずに笑う。

「ここはどうの?」

『ご存じの通り、言うほど田舎ではありませんね。きっと先々の街は更に栄えているのでしょう』

「山は?」

『目的地として見えていた、村の裏手に当たる山の主は長年不在、奥にも山々が連なりますが、そちらもやはり、山の主、人の気配共にありません』

その先は、狸擬きにもわからないと。

「ふぬ」

後で地図を見よう。

珍しく、本当に珍しく、狸擬き自身も抜けないと言っていた毛が少し抜け、小さな布袋に詰めて、手帳の入った宝箱にしまう。


若い男、青年が戻って来る気配に、荷台から飛び降りると狸擬きも荷台から降りてくる。

青年は、我が同世代との幼子たちとの交流を特に望んでないと察し、我に手を差し出し、歩き出ながら、放牧されている薄茶色の牛を見せてくれたり、気性の穏やかな鶏たちが放たれる村の周りを案内してくれる。

「……」

青年をじっと見上げていると、

「?」

屈んで視線を合わせてくれたため、黙って青年の髪に手を伸ばして触れてみると。

「ほほぅの」

(男より遥かにふわふわの髪の……)

陽に当たると美しく透け、ふわふわで柔らかく。

「?」

青年は驚いた顔で我を見てから、少し困ったように笑う。

「とても綺麗な髪の」

言っても伝わらないと思ったけれど、にゅあんす、で言いたいことは伝わったらしく、

「□□△」

何か返事をされる。

狸擬きが、この髪は父親譲りだと言っていると教えてくれる。

(遺伝の)

我の小豆からの遺伝は、赤い瞳に現れている。

その瞳で村を見回し、裏手の山ではなく、街へ抜けるため方角にある、裏手より遥かに低い山の方から、厚い雲が流れてきているのを見上げていると、雲の中から、こちらに飛んでくる鳥の姿が見えた。

(ふぬ)

この世界は、

(飛べる鳥達が群を抜いて優秀の……)

青年に、ここにはいつまでいるのか聞かれた。

分からぬと首を傾げると、狸擬きがピクリと耳を立て、

「の?」

集会所の方へ鼻先を向け、どうやら、男が集会所から出てきたと思われる。

建物がある方を指差すと、青年は頷いて戻ってくれる。

男が我を探しながら、笑いもせずに探して走ってくる姿が見え。

(あの男は、どれだけ我の事が好きの……)

「……」

今回は。

我と男の気持ちが、それぞれに空振ったと言うべきか。

(人の男は、誰もが『ろまんちすと』らしいからの)

こちらに、我に気付いた男が、心底安堵した表情で息を吐きながら、青年に何か声を掛け、青年はいえいえ的にかぶりを振っている。

「おいで」

男に両腕を伸ばされ、

「んぅ」

拗ねながら両手を伸ばし、

「遅いの」

抱き上げられてぎゅうとしがみつくと、

「あぁ、そうだな、……俺が悪かった」

と、きつく抱かれた。

「お詫びのアイスクリームの」

「ふふ、仕方ない」

狸擬きもアイスクリームの言葉にぐるぐる尻尾を振り、テーンテーンとご機嫌に付いてくる。

アイスクリームの店は、店の奥でアイスクリームを作り、氷魔法を掛けた箱に入れて、街の方に大爪鳥に運ばせているという。

「これから夏に向けてが本番だそうだ」

それは素晴らしい季節である。

「物は売れたの?」

「あぁ、喜ばれたよ」

他にもやってきた行商人が、店先でおやつとしてアイスを食べている。

「牛の乳と葡萄の2つの」

「お腹壊すぞ?」

「お主と半分この」

「それじゃあ、仕方ないな」

狸擬きは1匹で2種類をねだってくるが、今回は仕方ない。

働きに応じなければ。

前足を伸ばしてアイスの器を受け取る狸擬きに、店の娘だけでなく青年も驚いている。

1本の前足で身体に添えるように器を持ち、テコテコと歩き、外のベンチに飛び乗り、器用に匙を使う姿にも。

まぁ、今まで狸の振りをしていたのだから当然か。

「あむぬ」

葡萄もまた少しのさっぱりと酸味と甘さが加わり美味。

「ぬふぬ、大変に美味の♪」

「美味しいな」

話を聞くと、アイスクリームは風魔法と、手作業の両方でぐるぐる回して練っているらしい。

やはり人の風魔法だけでは無理だと。

(小さな容器で、男の氷魔法と我の疲れ知らずの腕力なら作れるのではないかの)

考えていたけれど、

「フルーツがない時はチーズだそうだ」

男の言葉に、

「チーズの?」

アイスに?

驚いて思考が飛んだ。

「ほほぉ、それはハイカラの」

どんな味なのだ。

狸擬きが尻尾を振っておかわりをねだってきた。

「ぽんぽん壊すの?」

「……」

大丈夫と腹を擦るため、男に頼みおかわりを買ってやり、店の外で男が煙草に火を点ける。

知らぬ男が、宿の方から歩いて来たけれど、行商人ではなく旅人と思われる小柄で細身の男が、男に声を掛けてきた。

初めて男が、

「?」

首を傾げ、旅人が言葉を、言語を変えている。

男がそれに答え、旅人が我を見て、また何かジェスチャーを交えて話している。

「……?」

悪い感じはしない。

狸擬きも、器に鼻先を突っ込む勢いで食べている所からして、特に問題はなさそうだ。

旅人が手を振って宿の方へ向かい、あの旅人は何の用だったのかと訊ねようとしたけれど。

『すみません、お客人を放っておいて』

狼2頭が、我等がやってきた広い放牧場の方から駆けてきた。

「のの?気にするなの、お主等はお主等で仕事があるだろうの」

そもそも我等は、自分達を客人とは思っていない。

『恐縮です』

少年狼も尻尾をふりふりと揺らし。

(あぁ)

そうだ。

(そうの)

まだ仕事が残ってる。

「お主等の寝床や食事を用意している者はどこの?」

『こちらです』

食べ終わった狸擬きも、店の娘に器を返すと、トコトコ付いて来る。

馬舎や牛舎より建物の作りは小振りだけれど、狼の大きさを考えれば当然か。

狼舎の外で、柵の内側で他の狼の毛を櫛で梳いている若い、娘と言うには大人の、そしてほんのりふくよかな女がこちらに気付いた。元々人のよさそうなおっとりした顔を、更に目尻を下げて微笑み、それは狼たちにだけではなく、我等に対しての微笑みでもあり。

こう、なんというか。

(器の、懐の大きさ、母性?を感じるの……)

逆に、先刻しかと小さなことで拗ねたばかりの自分を思い出し、

「……」

なんとなしにばつが悪く、ぎゅむりと男にしがみつくと、男は、

「?」

と、理由は知らずとも、頭を撫でてくれる。

しかし女と話をするのに、我は若干邪魔であろう。

「降りるの」

と伝えると、けれど名残惜しそうなのは男の方。

女が、狼の毛を梳く動きを止めて男に向き直る。

狼たちが、知らぬ人間に寄り添うのも珍しいのだろう。

男は多分、若干だけれども獣と話の出来る我の事を話し、狼たちの話を伝えると、驚きはしたものの。

「そう、……そうだったんですね」

と狼たちの方を見て呟いた言葉を、狸擬きが教えてくれる。

「もしかしたら、そうなのかな?とは思っていたんだけど……」

そうなのか。

「あぁでも、帰ってきてくれて有り難うね、本当に」

女がその場に膝を付いて狼たちに伝えると、狼たちも尻尾を振っている。

「あなたたちが子を成さなくても何の問題もないのよ、そんなの人間だって珍しくないんだから」

と狼たちを抱き締めている。

「仲良しで、健康で居てくれたら、それで充分なの」

狼たちも女に顔を擦り寄せ、女は大きく息を吐くと、

「ありがとう、狼たちの言葉は私たちには伝わらないから、本当に助かりました」

立ち上がり、そう礼を伝えてきた。

黙ってかぶりを振ると、

『幼き人の子の姿を模したあなた様、本当に感謝します』

『帰ってきて、やっぱり出て行きたくないって思ってたから、嬉しいです』

狼たちにも、口々に礼を伝えられたけれど。

「お主等の役に立てたなら良かったの」

その言葉は嘘ではない。

それでも。

「……」

我は。

これからも、獣助けしながら旅をしよう、などとは欠片も思わない。

厄介ごとの元でしかない。

元より、狸擬きにも、目の前のこの女が、至極まともな人間かを、事前に確認して貰っていたし、実際対面しても、秘密を守れる人間だとは感じ取れた。

「自分で言うのも何ですが、簡単に信じますね」

男の言葉に、女は、

「ここは小さな村で、狭い世界でしょう、その割にお客様は多いから」

人を見る目は養えるの、とまた一層目尻を下げる。

「でもそれ以上にね、この子たちが、一番人をよく見ているから」

ほぅほう、まさに獣の勘の。

ならば、尚更。

「お主たちは、よく我等の馬車に声を掛けようと思ったの」

緊急時とはいえ。

狸擬き曰く、獣によっては、我は存在するだけで、脅威と見なす者もいると言うのに。

『あなた様から、非常に強き、冷静な匂いがしましたので』

冷静。

冷静とな。

『正しい対価を求める。見返りありきの親切は行う、と匂いがありました』

「……ぬ?」

『人の姿を持ちながらも、常に山にいる獣のような、損得で物事を判断している我欲の強さ、とでも言いましょうか』

の?

「の?」

それは、助けた相手に、我に、

「……喧嘩を売ってるのかの?」

ちらと目を細めれば。

『ち、違います、狼族の我等は臆病なので、いつでも、どんな立場でも平等を望み、逆に一方的な親切は警戒するのです』

少年狼が慌てたように弁解してきたが。

「ほうほうの」

自分で重々自覚はしていても、他者から、いや他獣から、利益なしでは、

「情では動かぬとんだ薄情者」

と言われるのは面白くない。

「……」

せいぜいニッコリと微笑んでやれば。

「……っ!?」

「兄様!?」

物凄い勢いで逃げられた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ