第6話 至れり尽くせりで、お姉ちゃん泣いちゃう
「おー、今日の弁当もうまそうじゃん、甲斐!」
明るい声が飛ぶ。俺に声をかけるのは、正面の席に座っている空光 空也だ。
髪を金色に染め、耳にはピアスまでしている。一見不良で最初は怖かったのだが、付き合ってみると気のいい奴だとわかった。
ここは学校で、今は昼休み。みなそれぞれの時間を過ごしている中で、俺たちは一緒に昼食を取っている。
「なに物欲しそうな顔してるのよ。白鳥のお弁当じっと見つめて、いやらしい」
「そこまで言う!?」
俺と空光の他にもう一人、女子生徒がいる。短めにしてある赤茶色のポニーテールを揺らす、築野 浪さんだ。
彼女の睨みつけるような視線が、空光を刺す。この二人、幼なじみらしい。
気兼ねない関係だが、それゆえか築野さんの対応は雑だ。
「でもうまそうなのは事実だからしゃあないだろ、その唐揚げとか」
「……一つ食うか?」
「マジ!? ちょうだい!」
俺は唐揚げを箸でつまみ、まるで餌を待つ雛のごとく口を開けている空光に食べさせる。
ぱくっと食べ、頬を緩ませもぐもぐしている姿は、まるでリスだ。
「んー、うめー! ほい、お返し!」
「じゃ、遠慮なく」
空光はサンドウィッチを差し出してくる。その端に、かじりつく。
この三人は、一緒に昼飯を食べることが多い。唯一空光は、購買で買ってくることが主だ。
なので、手作り弁当が恋しいのだろう。
「ん、どうかした? 築野さん」
ふと、築野さんからの視線を感じた。
……クラスの中で、彼女は四、五番目にかわいい、という評価だ。
本人は、その評価を知らない。俺はたまたま、男子たちが陰で話しているのを聞いてしまった。
ランク付け……と言うのか。あまりよくないと思うんだがな。
しかも、順位が……微妙だ。
「……空光の意見に乗っかるわけじゃないけど、白鳥のお弁当おいしそうだなって、そう思っただけよ」
築野さんも弁当持参だが、女子においしそうと言われるのは気分がいいものだ。おかずをあげたくなる。
そして評価を聞きたい。
「この卵焼き食べる?」
「え、本当に……いや、やっぱりいい」
箸で摘まんだ卵焼きを、築野さんは目をキラキラさせて見ていたが……急に落ち着いてしまった。
どうしたのだろう。
「だってその箸であーんしてもらったら……空光と間接キスになっちゃうじゃん……」
「?」
「あぁでも、貰うだけなら自分の箸で取れば……でも断った手前、やっぱり欲しいなんて食い意地張ってると思われる……そもそもなんでナチュラルにあーんしようとしてくるのよぉ……!」
よく聞こえないが……今彼女の中で、なにが起こっているのだろう。
聞くのも怖いので、そっとしておこう。
「それにしても、ここ最近の甲斐の弁当は、いっそううまいよな!」
「……そんなおだててもなにも出ねえぞ。ウインナーやるよ」
「お前のちょろいところ嫌いじゃないぜ」
確かに以前より、気合いの入ったラインナップが並んでいる。
それにはもちろん、理由がある。
「心境の変化でもあったのか?」
「……やっぱり食事は、気合い入れてこそ、だよな」
「?」
――――――
それは、詩乃さんが「味噌汁食べたい」発言をした日の晩のこと。
俺はいつも七時前後に晩ご飯を食べる。一人暮らしを始める前からそのスタイルなので、時間が近づくと腹が減る。
それを確認した詩乃さんは、自分も同じ時間にここに来ると言うのだ。
「俺は構いませんけど……時間通り来れるもんなんですか?」
「大丈夫!」
疑問はあったが、自信満々に問題ないと返ってきた。
仕事を定時で上がり、真っ直ぐ帰ってきたら六時くらいになる。諸々の準備をすれば、七時くらいに来られるらしい。
もちろん、自信満々であっても……予定通りに行く保証なんて、どこにもない。
そのため、帰れそうになければ、あらかじめ連絡をすることになった。
ただ、どうせ二人分作ろうと思っているのだ。
間に合わなかったら、保存しておけばいい。一緒に食べられないのは残念だが、帰ってきたら詩乃さんの分を渡すだけだ。
「逆に、甲斐くんがその時間帯に居ない時は……同じように、連絡してくれると嬉しいな」
俺にも用事がある場合、それを優先してくれと言ってくれる。俺にとっては、詩乃さんとの食事会が最優先事項だが……そういうわけにもいかないよな。
高校生になったら、バイトを始めたいと思っていた。そうなれば、毎日同じ時間に帰れるかはわからない。
その旨を伝えると……
「申し訳なさそうにすることないよ。むしろ、喜ばしいことじゃない。やりたいことはやらなくちゃ!」
親指を立て、笑って言ってくれた。
結局、時間についてはこまめに連絡をすることに落ち着いた。
当たり前のことかもしれないが、ちゃんと決めておくことが大事だ。
大事と言えば……
「材料費なんかは、折半でいきましょう」
「え? でも……料理だけじゃなくお買い物もほとんど任せちゃうから、手間賃も兼ねて私が多めに出すよ?」
これは切っても切り離せないことだ。
二人分作る以上、材料費は増える。だが、詩乃さんは自分が多めに出すと言うだろう。
そしてそれは、現実になった。そのため俺は、首を横に振る。
「いえ、手間って言っても買い物とか、俺は楽しんでやってますから。苦だと思ったことはないので、気にしないでください。
むしろ多めに出されるとこっちが申し訳なく思いますから。いいですね?」
「は、はい」
少し強めに言う。こうでも言わないと、延々巡りだ。
お金の問題は大事だ。この辺はしっかり線引きしておかないとな。
……まだ納得しきっていない顔をしているが、このまま押し進めてしまおう。
「ところで詩乃さん、実は考えていることがあるんです。
お昼ですけど、前日の晩御飯の残りを、お弁当に入れて渡すのはどうでしょう」
「お、お弁当?」
きょとん、と目を丸くしている。かわいい。
「俺はいつもそうやって、翌日の昼飯として学校に持って行ってるんです。詩乃さんの分も用意するのは、どうかなと。
一人増えてもたいした手間にはなりませんし」
「一度は言ってみたいその台詞」
ただ、この場合温め直したおかずを入れることはできても、作り立てではないのが残念だ。
一応、保温効果はあるが。
「そっかぁ、お弁当かぁ……えへへ、嬉しいなぁ」
手作り弁当。その響きに、詩乃さんは震えている。
そこまで喜んでもらえると、嬉しいな。
「じゃあ、早速明日の分から渡しちゃいますね」
「え、い、いいの!? いいんですか!?」
「もちろん。これ、詩乃さんのです」
俺は、空の弁当箱を持ってくる。
ご飯を食べに来たいと言った時から予想していたため、用意していたのだ。
今日の帰り道、急遽弁当箱を買ってきたわけで。
「わ、ピンク色のお弁当箱。かわいい」
「え、えぇと……姉ちゃんの、です」
「楓ちゃんのがなぜここに」
詩乃さんのために弁当箱を買った、なんて言ったら、弁当箱代を払おうとするだろう。
俺が勝手に買ったものだし、受け取るわけにいかない。気にさせないため、ちょっとした嘘だ。
……まさか、誰かのために弁当の用意をするなんて、思いもしなかったな。
「至れり尽くせりで、お姉ちゃん泣いちゃう……してほしいことがあったら、なんでも言ってね。今はとりあえず、これくらいしかできないけど」
ふと、頭の上が温かくなる。柔らかく、安心する手だ。
……頭、撫でられてる。
「い、いいですから……というか、"なんでも"なんて軽々しく言うもんじゃないです」
「?」
髪をかき分け頭を撫でる……その仕草が心地良い。
それはそれとして、恥ずかしさでいっぱいになってしまう。そんな複雑な男心だ。
――――――
これが、俺の弁当の中身が豪華になっている理由である。
一人だった以前より、詩乃さんと食事をする今のほうが豪華に決まっている。




