第45話 生まれて初めて恋をしたのが、白鳥でよかった
―――浪side
ガララ……と扉が開いて、そして閉まる音が聞こえた。その際、「ありがとう」と声も聞こえた。
白鳥が、行っちゃったってことか。白鳥の、好きな人のところに。
窓の外を見る。空はオレンジがかっていて、若干暗くなりつつある。こういうの、芸術的な景色っていうのかな。
きれいな景色だな。それにグラウンドでは、キャンプファイヤーの準備が始まっているみたいだ。
「……終わっちゃったなぁ」
それが、文化祭のことを指しているのか……別のことを指しているのか、わからない。
でも、終わったんだ……これで、私。
『想いが届かなかったからって、築野さんの気持ちに甘えるようなことはしないよ』
「別に……甘えてくれても、いいんだけどなぁ」
白鳥は、私を勘違いしてる。多分、白鳥は……私がもっと、清い心の持ち主だって思ってる。
でも、それは違うよ。この景色みたいに、きれいなんかじゃない。
もしも白鳥が詩乃さんにフラれたとしたら、私は白鳥にアタックするだろう。もちろん、あからさまなことはしないけど、多分。
きっと白鳥は、フラれたって私に振り向きはしない。白鳥は、フラれたからって私の気持ちに応える人じゃない。
でも、傷心の白鳥に献身的に尽くすことで……なんて、打算的に考えている自分がいる。
なんなら……詩乃さんにフラれてしまえ、と思っている自分もいる。私、こんな汚かったっけ。
……それとは別に、うまくいってほしい気持ちもある。なんだろうな、この複雑な気持ち。
「詩乃さんがもっとヤな人だったら、こんな気持ちにならずにすんだのかなぁ……」
海で、お祭りで、文化祭で。詩乃さんと過ごして、遊んで、お互いの連絡先も交換して。
すごくいい人だっていうのが、わかる。弟や妹も、すごく懐いてた。
……いい人、か。そりゃそうだ。私が好きになった男の子の、好きな人だもん。
うん、そりゃ……いい女性だよね。
「……あれ」
頬を、なにかが伝う。それを指ですくうと……指には、水滴が浮かんでいた。
これって……もしかして、涙?
それを認識した瞬間、水をせき止めていたダムが決壊するように……涙が、溢れてくる。
おかしいな……拭っても拭っても、目から、ポロポロ涙が、止まらないよ……
せっかく、さっきまで耐えてたのに……
「フラれたから、泣いてるの? ……バカだな、わかってたことじゃん」
指では埒が明かない。手のひらで、涙を拭う。
でも、止まらない。拭っても拭っても、次々と涙が流れてくる。
私は白鳥に告白した。白鳥に好きな人がいると知って。私の気持ちには応えてくれない……わかりきった気持ちを抱いて、それでも。
白鳥の好きな人も、知っていた。きっと詩乃さんも、白鳥のことを好ましく思っている。もしなにかあれば、二人は付き合ってしまう……そうも、思った。
「……白鳥が行った後で、よかったかな……」
私の想いは、実らない。わかっていたことだ。わかって告白した。
これは、ただ私が……私が言いたかったから。伝えたかったから、伝えただけのこと。これが、私なりの、気持ちの付け方ってやつだ。
実らない恋心を抱き続けても、つらいだけだ。側で見ているのは、きっと苦しい。
それをきっぱり諦めるために、私は勇気を出した。
「私……ぢ、ぢゃんど、できてだ……かなぁ……?」
言葉に、ノイズが混じる。溢れる涙と嗚咽のせいで、うまく喋れない。
白鳥とうまく話せたよね? ちゃんと、やり切れたよね?
……フラれちゃうなんて、知っていた、はずなのに……!
だから、こんなの、なんともない、はずなのに……!
「……うぅ……ひっく……」
どうして……止まってくれないの。
わかりきってたことなのに……今日話があるって言われて、覚悟してたのに……なんで……!
「ぅあ……あぁ……!」
……実らないと知っていても。好きだったこの気持ちに、間違いはないから。
溢れる涙は、私の気持ちが本物だったことの表れだ。だから……悲しいけど、誇らしく思う。
誰かを好きになれて。涙を流すくらいに本気で好きになれて。生まれて初めて恋をしたのが、白鳥でよかった。
そう思えて、嬉しくて……嬉しいと同じくらい、悲しくて。涙が、止まらなくて。もしかしたら、部屋に誰かが入ってくるかもしれないのに。
そんな気持ちは、涙と一緒に流れていった。今はただ、この気持ちを吐きだしたくて。
「ぅえ……えぇえええ……ぁあああ……!」
その場に立っていられなくて、私はしゃがみ込む。
目からこぼれる涙を、拭って拭って……それでも、溢れる涙をひたすら拭って。
こんなに泣いてしまったのは、いつ以来だろう。楓を助けてもらった……白鳥と初めて会った、あの日以来かもしれない。いや、あの日以上に泣いている。
お祭りが終わった校内に、私の泣き声が響いてしまわないように。教室を出ていった白鳥に、届いてしまわないように。
手のひらで口を押さえ、声を押し殺して、泣いた。
……私は人生で初めて、自分の恋が散ったことと、こんなにも涙が出るんだということを知った。
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